ボクは勇者に向いてない
翌朝――
ついに俺は神官服を着ることに成功した。
大神樹の芽を介してクローゼットの代わりが届いたためだ。衣装箱といった方が良いだろう。膝を抱えて座ったステラが並んで二人入るくらいの木箱だった。
中には衣類はもちろんタオルに布巾など、必要なものが一通り揃っていた。
衣装箱を私室に持ち込むと手狭になるため、聖堂の大神樹の芽の裏手に設置する。
ぴーちゃんの棺桶型調整槽もそのままなので、そろそろ裏手のスペースに余裕がなくなってしまったな。
と、そんな一仕事を終えた俺の隣で、ピンクの髪がふわりと揺れた。
「おはようなのだ神官……服を着てるなんてひどいのだ! これだとリムリムがペロチューできないのだ」
「おはようございますリムリムさん。まだ昨晩の来訪から八時間も経っていませんが……」
どうやら俺が聖堂で作業をしている間に、私室のクローゼットを通じてやってきたらしい。
あれからクローゼットを調べてみたのだが、転移門が壊されないようクローゼットそのものに強力な防御魔法が張り巡らされ、破壊するのは困難なようだった。
俺の意表を突いたことが嬉しいのか、リムリムはニヤリと笑う。
「ふっふっふ。昨日はお楽しみだったのだ。興奮とお尻のヒリヒリで目が覚めたのだ。そしたら朝からヒマになっちゃったので、こうしてやってきたのだ」
俺はしぶしぶ、彼女の臀部に触れるか触れないかというところで手をかざした。
「初級回復魔法を施しました。もうこれでお尻は痛くありませんね。帰って二度寝すると、きっととても気持ち良いですよ」
「おお! お尻が痛くなくなったのだ! これでまた叩かれても大丈夫なのだぁ」
上機嫌になった吸聖姫は、俺の顔を見上げて告げる。
「リムリムは悪逆非道なる魔王の手から、おまえを救いに来てやったのだ。光栄に思うのだ神官」
「いくら説得しようとも、私は貴方の軍門にも降りませんよ。もともと魔王の一味ではありませんし」
「では、同盟を組むのだ。対等なら問題ないのだ」
ポンコツピンクにしては、難しい言葉を知っていて少々面食らった。
「残念ですが当教会が魔族と同盟を組むことはありません」
「ええぇ~じゃあじゃあ、どうしたらリムリムのものになるのだ?」
「そもそも人をモノのように言うのはいかがなものかと。どうしてそこまで私に執着するのでしょう?」
リムリムの青紫色の瞳が輝いた。
「決まってるのだ! 聖なる力目当てなのだ」
あ、はい。身体目当てなのね。
リムリムを身をよじらせて甘い鼻声で鳴くように言う。
「ともかく~リムリムは独りで退屈なのだぁ。もっと構うのだ神官」
倒してしまっても構わないのだが、さて、どうやって今回はどうやって、お引き取り願おうか。
と、知恵を絞る前に、大神樹の芽が光り輝いた。
『カノンはボクのお母さんじゃないんだから、ほっといてよ!』
『そうはいかないでありますよ。勇者を正しい道に導くのも神官の務めであります』
『そ、そういう義務感でアレコレ押しつけてくるから、やる気が出なくなるのさ』
『褒めて伸ばすにも褒めるための伸びしろというか、余地がなきゃ無理であります!』
『ひ、ひっどーい! いいよーだ。どーせボクなんて勇者の素質ないんだから』
『拗ねるようじゃ世界を救う立派な勇者にはなれないでありますよ?』
『ボクだってなりたくてなったんじゃないし。選ばれちゃったからやってるけど、本当に魔王と戦わなきゃいけないのかな?』
『当たり前であります勇者殿。正義を成して世界に平和をもたらすことこそ、急務でありますよ。戦いたくないなんて言い訳は通じないであります』
これはいつになく、魂と魂がぶつかりあっているようだ。
普段は仲の良い勇者と神官見習いだが、時々ケンカをすることもあった。
ただ、どうも今回の二人は険悪なムードがこれまでになく漂っている。
二人の応酬に元暗殺者のカップルキラー――キルシュが『あのー、お二人ともケンカはそれくらいにしましょうよ。これ、セイクリッドさんに聞こえてるんですよね?』と、呆れた声で呟いた。
とりあえず事情を訊いてみよう。
「蘇生魔法×3」
ざっくりとした魔法の使い方で、まとめて勇者御一行様を復活させる。
大神樹の芽から光が解き放たれるや、それらは三つに分かれてそれぞれが人の姿に転じると、パッと弾けてアコ、カノン、キルシュになる。
が、アコとカノンは復活してからも、向かい合いにらみ合っていた。
独り、一歩下がったところで困り顔のキルシュに訊ねる。
「いったいお二人はどうしてしまったのですか?」
「あ~。聞いてくださいよセイクリッドさ……ん? あれ、また新人ですか?」
俺の隣で「なになに? なんなのだ? これはどういう集まりなのだ? なんか人がいっぱいいると、賑やかで楽しいのだ!」と、リムリムが尻尾を揺らして羽をパタパタとさせる。
俺がリムリムを紹介する前に――
カノンがリムリムに視線を向けてから、眼鏡を曇らせた。
「な、な、なんで魔族がここにいるのでありますか!?」
アコがムッと眉間にしわを寄せる。
「かわいい女の子じゃんか。ほら、尻尾も羽もアレだってステラさんのつけてるアクセサリー的なものでしょ? 神官見習いだからって、すぐに魔族とか言うのよくないよ!」
言うなりアコはリムリムに「こんにちは! ボクは勇者アコ。美少女大好きなピッチピチの十六歳の乙女さ」と、自己紹介して握手を求めた。
魔族相手に無警戒な勇者も、いかがなものか。
リムリムはといえば、スンスンと鼻を鳴らすと。
「ほえぇ……なんか、すっごく聖なる力を感じるのだ」
アコの顔をのぞき込んで舌なめずりをする。
勇者にも聖なる力が宿っていたのだと、驚き……もとい安堵したのもつかの間、カノンがアコとリムリムを引き離すように、二人の間に割って入った。
「アコ殿、まだ話は終わってないでありますよ」
「んもー、最近のカノンはどうしてそんなに焦ってるのさ」
ムッとしたまま二人の少女はにらみ合い、キルシュが「二人ともセイクリッドさんの前ですよ。あんまりギスギスしてるとまとめて昇天させられちゃいますよ?」と、心配げだ。
まて、キルシュは俺をなんだと思っているのだろうか。
「「キルシュはどっちの味方なんだよ(でありますか)!?」」
自然と声をユニゾンさせる呼吸ピッタリのアコとカノン。どうやらここは俺の出番のようだな。
大神官として人生の先達として、二人には詳しく話を訊いてみるしかなさそうだ。
と、不意にリムリムが呟く。
「ケンカできるなんて羨ましいのだ」
魔族の少女は寂しげに吐息を漏らした。