ポンコツ魔族のしつけ方 担当:セイクリッド指導員
教会の私室にて上級魔族に襲撃されるのも、ここが“最後の教会”だからなのかもしれない。
全裸で仁王立ちする俺に臆することなく、リムリムは立ち上がると自身のお尻の辺りを軽くパンパンっと叩いてから、ニッコリ微笑んだ。
「チューチューペロペロしやすいように、脱いでるなんて神官は親切なのだ」
「私はシャワーを浴びようと思っていたのですが……」
リムリムはキョロキョロと周囲を見回してから首を傾げる。
「ところで、ここはどこなのだ?」
俺は裸一貫の姿のまま、そっと胸に手をあて一礼した。
「ここは魔王城前にある“最後の教会”です。こんな夜更けに当教会にどのようなご用件でしょうか。旅の記録ですか? 毒の治療でしょうか? はたまた解呪でしょうか? なんなりとお申し付けください」
ピンクのふわりとした髪を揺らして、リムリムは俺に飛びかかった。
「おまえを食べちゃうぞー! なのだ!」
ヒラリとかわすとリムリムは、俺のベッドに不時着してボヨンと跳ねる。
「わぁ! ボヨンボヨンで楽しいのだぁ!」
俺の聖なる力を吸収しようとしていたはずが、ベッドの上でトランポリンするのが楽しくなったらしい。
軽く咳払いをしてこちらに注意を向けると、俺は訊く。
「えー、リムリムさん。残念ながら、貴方の転移門は魔王城ではなく、その隣にある教会へと出口が移動させられてしまいました」
跳ねるのをやめてリムリムの青紫色の瞳が俺をじーっと見つめる。
「そ、そ、そうなのか? じゃあ、ここを魔王城攻略の拠点にするのだ」
「え、あ、はい」
なんということでしょう。それは正しい“最後の教会”の使い方じゃありませんか。
リムリムはベッドの縁にちょこんと座って、左右の足を交互にバタバタと揺らしながら俺に告げる。
「今夜はここをキャンプ地とするのだ。一晩じっくりコトコト聖なる力を吸ってやるぞ」
にししと笑う吸聖姫に、俺は小さく息を吐く。
「万人に教会の扉は開かれているのですが、それは困りましたね。それと、私の衣類やタオルなどを納めてあるクローゼットについてですが、開閉不能になってしまいました。これはどうにかならないものでしょうか?」
「裸で過ごせばいいのだ」
「それは困ります。ですので、早急に転移門を解除してお帰りいただけませんか?」
リムリムは口を尖らせ両腕をばたつかせると、ベッドに背中を倒してその場でジタバタしはじめた。
羽や尻尾もパタパタフリフリと、全身を使って駄々をこねる。
ただでさえ短いスカートだというのに、こちらに足を向けてばたつかせれば、白い薄布が見えてしまっても仕方なし。
「やだやだやだやだーなのだ! というか解除とかわからないのだ! パパが魔王城を攻めるために用意したやつなのだ! リムリムそういうのわかんないのだー!」
解除法は未熟なポンコツピンクにも不明とのことだ。
「では、私はクローゼットを利用できないままということですか……」
衣類に関しては、最悪の場合でも本日先ほど、聖堂で脱いで講壇の上に畳んでおいたものがワンセット残っている。
明朝、大神樹の芽を通じて教皇庁に衣類も含め、もろもろ送ってもらえば済むのだが――
リムリムはベッドから跳ねるように飛び起きて、俺の目の前にスタッと着地を決めた。
「さあ神官! 圧政を敷く赤毛のポンコツ魔王を、リムリムと協力して倒すのだ」
「私からみれば貴方も討伐対象と言えなくはありませんよ?」
「え? ど、どうしてなのだ?」
「貴方も魔王と同じく魔族ですし、私は教会に所属する神官です」
「じゃあ、神官なんてやめちゃえばいいのだ! リムリムに聖なる力を吸い尽くされて、悪堕ちすればいいのだ」
何を言っているのか理解に苦しむ。
「ところで、貴方の言う聖なる力というのは、魔法力とは違うのですか?」
リムリムはフラットな胸をグイッと張って自信満々に頷いた。
「違うぞ全然違うぞ! えーと……違うけど説明ってあんましたことなくて……えっとぉ……うんとぉ……困ったぞ!」
たっぷりなのは自信だけの模様。どうして……どうしてこの教会にやってくる女子はみな、こうも残念だったりポンコツだったりするのだろうか。(※幼女除く)
しかも「きゃーセイクリッドさんのエッチ! 服くらい着たらどうなの!」というわけでもないので、先ほどから生まれたままの姿で会話を続けているのも、自室とはいえいささか問題ありだ。
「リムリムさん。ちゃんと教えてくれなければ困ります。聖なる力とはどういったものなのですか?」
「ううぅ……神官だからって持ってるとも限らないし、だけど吸聖魔族にとっては、とっても美味しいのだ! あああぁ……思いだしたらまた、ペロペロしたくなってきたのだぁ」
俺の裸を見てジュルリと舌なめずりをするとは、以前、湖畔の屋敷に招いてくれた王家の第十三王女クラウディアと良い勝負だ。
「美味しそうな身体なのだぁ」
やだなにこの娘怖い。
聖なる力というものには個人差があるらしく、俺や人間の母を持つニーナは持ち合わせているようだが、吸聖姫がステラに反応しなかったところをみるに、純粋な魔族は持たない要素なのかもしれないな。
俺の場合は含有量(?)が多いのか、多少吸われたところで痛くも痒くもないのだが、ニーナが吸われるとどうなるのかは未知数である。
そうならないよう、未然に防がなければならない。その意味では、転移門が俺の部屋に移設されたのは、不幸中の幸いだった。
尻尾と羽を激しく揺らして魔族の少女は鼻息も荒い。
「どこからペロペロしようか迷っちゃうのだ」
彼女の視線が俺の胸元からゆっくりと下方に向けられた。
これ以上はいけない。
もし腹筋の割れ目に舌を這わせられようものなら、修行を重ねた大神官たる俺でも平静さを保つのが難しいかもしれない。
リムリムは生ける屍のように、頭をゆらゆらと揺らしながらじりじりと距離を詰めてきた。
「さあ神官! リムリムがたっぷり味わってやるのだ。舐めて欲しいところがあったらちゃんと自己申告するのだぞ」
幼女じみた少女に舐めて欲しい身体の箇所ランキングは、危険と判断し発表を控えさせていただきます。
しかし、このまま舐められっぱなし(非物理)では大神官の威厳もなにもない。
ここはトラウマを植え付けて撤退後、二度と戻る気がしないようにしてくれよう。
俺は少女の脇を素通りして、ベッドの縁に腰掛けた。
「立ったままでは色々とやりにくいでしょう」
「おお! 観念したのだな神官! ではいただきますなのだ!」
くるりときびすを返し、カエルのようにジャンプしながらリムリムが俺の胸に飛び込んでくる。
かかったな。罠に。
俺はその身体を空中でキャッチすると、膝の上に少女の腹側を「よいせ」と乗せた。
膝枕ではなく、うつ伏せ膝乗せ状態とでもいうべきか。
この姿勢になると、ちょうど良いところにポンコツピンクのお尻がくるのだ。
「う、うわああ何をするのだぁ! これじゃあチューチューもペロペロもできないのだぁ!」
ジタバタと暴れるリムリムだが、左腕で彼女の背中を軽く押さえる。
「残念でした。罠ですよ。見抜けなかった己の観察眼の無さを嘆いてくださいね」
右手を振り上げ、スパーン! と少女の尻を叩く。
「ぐわああああ!」
「大げさですね。貴方が反省するまで私の手が止まることはないでしょう」
スパーン!
「や、やめるのだ! お尻が二つに割れるのだああ!」
「ここは私の部屋です。そして私が法律ですから、不法侵入者への量刑と執行も自由なのですよ」
スパーン! スパーン! スパーン!
「んは! やめ! ぎゃああああああなのだああああ!」
魔物や魔族をしばき続けることに定評のある俺としては、これでもかなり甘めな処罰である。
かくして全裸男に尻を叩かれる少女という、どちらが罪人か街角アンケートした場合に、100%俺側が不利な状況に相成った。
が、リムリムは中々に強情で「ごめんなさい。もうしません」の一言がでない。
「そろそろ私にごめんなさいしてもいいのですよ?」
「ま、負けないのだああ! んはああああ! こ、これくらいへっちゃらめえええ!」
もしや魔族の頭文字のMは負けず嫌いのMなのか?
しぶとさで言えばベリアルもかなりのものだが、リムリムの臀部と俺の手はお互いに熱く赤く腫れ上がっていた。
それでも責める手を緩めるわけにはいかない。
俺の部屋に転移門ができてしまい、それが閉じられぬ今――心を鬼にしてでも、彼女には「ああ、こいつには勝てないのだ。もう二度とあんな教会には行かないのだ」と、すり込まなければならない。
「さあ、もういい加減に負けを認めてはどうですか?」
スパーン!
「うう! お尻が壊れてもリムリムは負けないのだぁ!」
「ではお望み通り壊して差し上げましょう」
と、腕を大きく振り上げたその時――
「セイクリッド大丈夫!? さっき、ぴーちゃんが転移門を魔王城内からセイクリッドの教会に移したって……ちょっとな、な、なにしてるのよ!?」
赤面する魔王様に俺はこう答えた。
「教育的指導です」
全裸で。