ポンコ2クエスト
リムリムが口元を手で覆いながら、ステラの顔を指さした。
「うっそだぁ~。魔王はもっとおっかないはずなのだ。そこの美味しい神官略して美味しん官の方がよっぽどなのだ」
本当の神官を味わわせてやるので、三日後、もう一度魔王城に来てもらおうか。
と、いうのは冗談だが、まあリムリムがそう思うのも仕方ない。
なにせステラは魔法力と攻撃魔法のセンスこそずば抜けていても、魔王の威厳も風格も備わっていないのだから。
いざ、魔王らしく振る舞おうとした時の口振りも、思春期真っ盛りな“中等部二年生”レベルでは、舐めらて当然である。
ステラの指先に爆発系の魔法力が集中した。結晶化した“撃ち抜く”ための魔法だ。
ビシッと人差し指と中指を立てて、狙いをリムリムに定めて魔王様は告げる。
「警告よ。今すぐ立ち去るというなら今回だけは見逃してあげる。あたしに撃たせないで」
しかし、かつて魔王様が戦い勝利を収めたアイスバーンやピッグミーに比べると、リムリムが女の子だからか、ステラの対応は甘いものである。
ヘビや豚より美少女(幼女)が優遇されるのも、世の理と推して知るべし。
リムリムも魔法の矛先を向けられて「やれるものならやってみるのだ!」と、退く気無し。
ステラが再び吼える。
「セイクリッドはあたしのだから!」
リムリムも負けてはいない。
「神官はリムリムのものなのだぁ!」
モテ期到来。ただし、上位魔族限定で。
俺は二人の間に割って入った。
「私のためにケンカはおやめください」
一度、言ってみたいセリフの第17位くらいのそれを、高らかと宣言するやいなや、ステラは顔を真っ赤にして俺めがけて凝縮した爆発魔法を放つ。
トパーズ色の透き通った結晶体が俺の胸めがけて飛翔した。すかさず抜いた光の撲殺剣で着弾寸前に弾くと、それた結晶化魔法は魔王城の壁に着弾と同時に、大爆発した。
とっさに、二人の上級魔族ごと防壁魔法で爆発の余波から守る。
リムリムの悲鳴が上がった。
「ぬうわああああああああなのだあああ!」
ステラは得意げに腕組みをして胸を張る。
「この程度で驚いているようじゃ、まだまだね」
俺の防壁に守られておいて、何を偉そうに。
魔王城の壁にぽっかりと穴が空いてしまった。魔獣モードのベリアルが、身をかがめればなんとか通れるくらいの大穴だ。
廊下は外ではなく、城の中庭に面していたらしい。リムリムは右腕と右足、左腕と左足を交互にあげて、ガチガチに緊張したまま独り、その大穴に向かって行進する。
「きょ、今日はちょっとお腹がぴーぴーなので帰るのだ。覚えているのだ爆発娘!」
すかさずステラが柳眉を上げる。
「誰が爆発娘よ! このポンコツピンク!」
言い得て妙だぞポンコツレッド。
ステラが俺の顔をじっと見つめた。
「今、なにかよからぬことを考えたでしょ?」
「いいえ、滅相もございません」
さらりと返しているうちに、ポンコツピンクこと吸聖姫リムリムは魔王城の中庭に飛び降りると、その場で魔法力を高めた。
リムリムは俺にウインクしてみせる。
「すぐにこんな恐ろしい場所から、リムリムの愛の巣に連れ帰ってあげるのだ! それまでがんばって生きるのだぞ!」
高めた魔法力は、転移魔法のそれと似て非なるものだった。ステラも追撃の構えはみせず「見逃してあげるわよ」と、大物ぶっている。
ピンクのポンコツ魔族は両腕を天に掲げた。
「ではさらばなのだー!」
俺は「おたっしゃで」と手を振る。
これにてひとまず、魔王城から危険は去った――
と、安堵したその時。
「おトイレあかないのおおおおお!」
幼女の悲痛な叫びが暗い夜の廊下をこだました。
ステラとともに、急いで現場に駆けつけると、トイレとおぼしき扉には魔法陣のようなものが描かれて、ドアノブをひねっても凍り付いたように扉はビクともしなかった。
ニーナが涙目でその場にしゃがみ込む。
ステラが大あわてだ。
「だ、だめよニーナ。廊下でしちゃ危険だわ!」
「あうあうぅ」
寝ぼけていることもあって、今のニーナがどう動くのかはまったく読めない。
最悪の事態を避けるため、俺は提案した。
「ひとまずステラさんはニーナさんを連れて、他のトイレかお風呂へ行ってください」
「わ、わかったわ。ほら、行きましょうニーナ」
普段は姉の言うことをよくきく良い子な妹君だが、しゃがみこんだままフルフルと首を左右に振った。
「もうもれちゃうぅ」
お尻をモジモジムズムズとさせて、幼女はもはや限界だ。
思わぬ窮地もさることながら、ステラたちのやりとりから察するに、このトイレは普段から“使えていた”ものである。
リムリムの登場に合わせて魔法陣で閉鎖されるとなると、無関係には思えなかった。
「こうなった以上は緊急事態ということで、強行手段を執行させていただきます」
俺は光の撲殺剣を手にすると、扉めがけて突きの構えをとる。
聖天抜棒流――奥義、鍵穴破壊。蝶番側を破壊するのが定番だが、今回はとりあえず撲殺剣を鍵穴にねじ込んで解錠(物理)することにした。
突きを放とうとした瞬間――
「お待ちくださいませセイクリッド様」
小さな影が背後から俺を呼び止めた。振り返ると、先ほどの騒動の間、ずっと姿を見せていなかったロリメイドがパジャマ姿で立っている。
絶望的な顔をしていたステラの表情に光明が差し込んだ。
「ぴーちゃんなら、ぴーちゃんならなんとかしてくれるわよね」
俺ではダメだというのか。
ニーナのお尻を振るリズムが早まった。鼻をスンスンとさせて、眉間に小さな皺を寄せて苦しげだ。
「あう、あう、あうぅ」
もはや一刻の猶予もなかった。