部屋の前に大神官がじっと立ってると怖い
「さあ、その腸をぶちまけて神の元へと旅立つのです」
暗黒水饅頭を光の撲殺剣で叩くと死ぬ。
二刀流の超高速モグラ叩きも、終焉間近だ。
俺が通った後には草一本残らない。水饅頭たちは黒い煙となって消えてしまった。
真社会性生物よろしく、個ではなく群で動くような印象に加えて、叩けば塵一つ残さず消滅するあたり、廊下を埋め尽くした連中が、そもそも生き物なのかというと微妙なところだった。
そして、ついにとある部屋の前まで俺は進軍したのだ。
扉に輝く金属製の“ニーナのお部屋”と書かれたプレートがキラリ。
そのプレートに付け足しで“ぴーちゃんもいます”と、おそらくニーナが手作り&手描きしたであろう、木片が追加でぺたりと貼られていた。
扉は固く閉ざされており、どうやら暗黒水饅頭たちは気づいていないのか、ニーナの部屋の前を素通りして、最後の一群が俺に触手の鞭で襲い来る。
「無駄無駄無駄無駄無駄ですよ!」
数十本の触手鞭のラッシュを両手の撲殺剣で捌ききり、水饅頭たちの輪の中に飛び込むと、その中心部で聖天抜棒流奥義――偏聖封大望風剣を放つ。
二本の撲殺剣の回転剣舞に巻き込まれた水饅頭たちは、一瞬で黒い煙となって消え去った。
「これでよし……と。念のため、ニーナさんの寝顔を拝見して、その無事を確認しておきましょう」
これは義務だ。成長期の幼女がスヤスヤと眠れているか、見守るのも大人の役目だった。
ニーナの部屋の扉の前に立ち、ノブに手を掛けたその時――
聞き慣れない少女の声が魔王城の廊下に響いた。
「ぐぬぬぬぬぅ! リムリムの産み出した暗黒のしもべたちが全滅なんて、ありえないのだ!」
そっと視線を廊下の奥に向けると、やはり初めてみる少女だった。
年の頃はステラよりも下だが、ニーナよりは上といったところだろう。
風も無いのに少女のピンクの髪がふわりと揺れた。軽くウェーブがかったボリュームのあるロングヘアーだ。
色白で、やや幼さは残るものの、整った目鼻立ちをしていた。青みがかった紫色の瞳は神秘的だ。
こちらに「ありえないのだ!」と怒りの矛先を向けた声の主は、ゆったりとした足取りで向かってくる。歩く度に彼女の背中で小さいながらもコウモリのような羽がぱたぱた揺れた。
同じくステラと似たような、魔族らしい尻尾も、彼女の小ぶりなお尻のあたりをうろうろと揺れている。
少女は五メートルほどの間合いで立ち止まると、俺をキッと睨みつけ問いただした。
「おまえがやったんだな? これは吸聖姫であるリムリムに対する挑戦だぞ」
名前を尋ねるまでもなく、彼女――リムリムは自己紹介を終える。
吸聖姫というのがなんなのかはわからないが、上級魔族だろうか。
マイクロミニのタイトなスカートもあいまって、ちょっとしたアクシデントで下着の色を確認できてしまいかねない。
ヘソ丸出しのビスチェ風のトップスは、水着か下着のようにも見えた。
兎にも角にも露出度の高さは、脱いでいない時のベリアル以上のきわどさだ。
ただ、彼女の胸はステラよりも板である。腰もストンとしていて、これで実年齢が一桁と言われれば信じてしまいかねい危険があった。
とりあえず、俺は自身の胸に手を添えて恭しく一礼した。
「初めまして。私はこの城の近隣にある教会で司祭を務める神官の、セイクリッドと申します」
告げた途端に吸聖姫が、ぱああっと明るい表情で瞳を輝かせた。
「なんと。なんとなんと。神官か。これはたまらないのだ」
舌舐めずりをする少女に、軽く背筋に悪寒が走った。
これは――悪い幼女だ。いや、幼女と言うには成長している感があるのだが、ともあれあまり友好的とは言いがたい雰囲気だな。
念のため確認する。
「えー……リムリムさんは魔王城の住人なのでしょうか?」
ムッとした顔で口元を結ぶと、ピンク髪をふわふわと左右に揺らしてからリムリムは薄い桜色の唇を開いた。
「ふっふっふ。住人? この吸聖姫のリムリムが住人程度で満足すると思ってるのか?」
「申し訳ございません。私の勉強不足で吸聖姫というのがどういった立場のお方なのか、存じ上げませんもので」
平板のような胸を反らして、リムリムは手の甲を口元のあたりにもっていくと、小指をピンッ立てながら笑う。
「はーっはっはっは! 吸聖姫とは聖なる力を吸い上げて暗黒の力へと変換える能力を持つ、とってもとってもレアで強い魔族のエリートなのだぞ! そんなことも知らないなんて、神官は遅れているのだ」
はい、詳細な情報ありがとうございます。
先日、火山島で遭遇した欲望を吸い上げる魔族パピメリオに続いて、今度は“聖なる力(?)”を吸収する魔族の登場である。
キャラが被っていて新鮮味が無いので、マイナス15点な展開になりそうだ。
と、俺がさらに情報を引き出そうとしたその時――
「ちょ、誰よその女の子! あーもう、またセイクリッドが女の子と仲良くなってるんですけど、神様ちょっと神罰下してくださいお願いします。あとあなた、逃げた方が良いわよ! このロリコン超ヤバイから」
俺が暗黒水饅頭を蹴散らす間、怖がって(たぶん触手による拘束を恐れていたに違いない。絶対にそうだそうだろう)追ってこなかったステラが俺の背中を通り越して、吸聖姫リムリムの身を案じた。
あれ? 俺が悪役のような扱いになっていないだろうか。解せぬ。
リムリムはキョトンとした顔でステラに訊き返す。
「え? 本当なのか? ヤバイのか?」
「間違い無く世界屈指の変態ね。悪い事は言わないから、立ち向かうばかりが勇気じゃないわ。時には尻尾を巻いて逃げても恥じゃないのよ。生き残ってこその人生だもの」
リムリムが半歩後ずさった。
「ぐぬぬ、なんてやつなのだ。リムリムの進軍を止めるどころか、後退させるとは……」
下がりはしたものの、リムリムの青紫色の瞳はじっと俺を標的に据えたままだ。
振り返らず俺はステラに告げる。
「事実無根の風評を広めるのはおやめください。それよりステラさん。初対面のようですし、彼女は魔王城の住人ではないということでよろしいのですね」
「え、ええ! 知らない女の子よ! だからこうして危険神官警報を発令してるんでしょ」
魔族向けの防災訓練ですか、そうですか。
俺はいつから災害そのものに指定されたのだろう。こんなにも平和を愛しているというのに。
背後からルビーの視線が突き刺さるのをひしひしと感じながらも、俺は魔王様に進言した。
「どうやら彼女が、先ほどの暗黒水饅頭を送り込んできた張本人のようです」
ステラが間の抜けた声を出す。
「え? そうなの?」
リムリムが胸を反り返らせた。
「そうだぞ! それに暗黒水饅頭ではなくゼリーワームなのだ! このゼリーワームで魔王城を満たし、この城のテッペンを目指すんだぞ」
ステラの震え声が響いた。
「え、ちょっと、テッペンって……」
リムリムは八重歯のような牙をのぞかせて、目を細めるとニッコリ笑った。
「魔王になるのだ! このリムリムが!」
なるほど、魔王城の住人かと質問した時に、リムリムがムッとしたのはそういう訳か。
ようやく状況を理解して、ステラが俺の隣に並び立った。
「どうやら、この子を追い返さなきゃいけないみたいね」
倒すのではなく、追い返すで済ませるつもりなのであれば、魔王としては甘すぎるな。
「その前に、私に何か一言くらいはあってもよろしいのではありませんかステラさん?」
「べ、別に嘘じゃないでしょ? すぐ女の子と仲良くなる変態裸族大神官だもの。相手が魔族でも人間でも注意を促すのは被害者の会会長たる、あたしの務めなんだから」
知らぬ間に、俺を問題視する会が発足していた。
身構えるとリムリムも「ほほぅ。この城に住むという魔王の前に、まずはおまえらからやってやるのだ」と、両手に魔法力を込める。
狭い廊下。しかもニーナの部屋のすぐ前だ。ステラも大技が使える状態ではない。
とりあえず、首の辺りにトンと置く手刀あたりで気絶させようと、俺が縮地歩行で間合いを詰めようとした瞬間――
ガチャリと扉の開く音がして、部屋からパジャマにナイトキャップ姿のニーナが現れた。
エメラルドグリーンの瞳をこすり、大きなあくび混じりに幼女は寝ぼけた口振りで呟く。
「おしっこぉ」
トテトテと歩く幼女を見て、リムリムの青紫色の瞳に魔法力の光が灯った。
「おお! かわいいのだ! しかも聖気に溢れているのだ!」
突如興奮するリムリムと、ニーナの視線がぴたりと合ってしまった。
確かにニーナは魔族とは思えぬ清らかさで、教皇も認める聖属性感ありありである。
吸聖姫の見る目は確かなようだ。が、標的にさせるわけにはいかんでしょ。