すーぱーベリ子 ~ボンレス風味~
角を曲がったところで、どす黒い巨大水饅頭のような“何か”は、俺の追撃を察知していたように待ち構えていた。
壁と天井にバウンドして、凝縮されたゴム球よろしく俺の頭部めがけて飛んでくる。
身をそらして避けると“何か”は、慌てて追いかけてきたステラに向かっていった。
「危ないので自力でなんとかしてくださいステラさん!」
声を掛けると少女が悲鳴で返した。
「きゃああああああ! でたああああああああああ!」
跳ね回る球体の“何か”を、ステラはとっさの風刃魔法で切り裂いた――かに見えたのだが、空中で“何か”は、しゅるしゅると解けるように姿形を変えてみせた。
ステラの攻撃を避けて、今度はヘビか巨大ミミズのような姿になると、俺たちが追って来た道を“何か”は引き返していく。
ステラと合流して俺は確認した。
「アレに見覚えや心当たりはありませんか?」
「ないからビビッてるんでしょ! 察してよ!」
まるで夜中にキッチン回りでG的なものに遭遇して、パニックを起こしている普通の女の子だ。
自分でビビりをバラすほど、ステラは怯えていた。
俺はそっと告げる。
「こういうときこそ冥想の出番ですよ」
「どどどどうやっていいのかわかんないんだけど」
覚えたスキルさえ使う心の余裕無しか。
「では、大きく深呼吸してください。吸って……吐いて……」
「すうううううう、はあああああ」
ステラは小さな胸を大きく張って、何度も呼吸を整えた。やっと落ち着きを取り戻した少女に訊く。
「魔物の侵入くらいで大げさではありませんか」
赤い瞳を丸くして、少女は吼える。
「今までこんなこと無かったのよ! それに、魔物かどうかもわからないじゃない!」
この魔王城はステラやニーナにとって、絶対に安全な場所。それが脅かされたという事実が、侵入者(?)そのものよりも、ステラを不安にさせているようだ。
「なるほど。たしかに珍しい魔物でしたね。しかし良かったではありませんか」
「なんでよ? 全然良くないわよ」
「幽霊でもお化けでもなさそうですし。殺せる相手のようですから」
と、告げた途端にステラは「あっ」と小さく声を漏らすなり、両手に魔法力を集約させる。
「ともかく、あれを倒さないと今夜は眠れそうにないわ」
ようやく調子が戻ってきたものの、自宅を極大魔法で吹き飛ばしやしないかと、少々心配だ。
今度はステラが先導して、ヘビのように這って逃げた“何か”を追いかけようとした途端――
「なんだきさまやめろなにをすr」
大浴場の方から嬌声混じりに悲鳴が上がるのだった。
浴場前の廊下に戻るとそこには、全身を触手のような“何か”に搦め捕られた、ベリアルのあられもない姿があった。
ステラが巻いたタオルははだけて、全身にきつく“何か”が食い込んでしまっている。
「や、や、やめろおおおお! ん!? きさまなぜここにいるッ!? ハッ!? 見るな見るなああああああ!」
乳房や尻に黒い“何か”が巻き付いて搾り上げ、縛りプレイ中のベリアルは、俺を見るなり悶絶するように身を捩った。
ますます身体に“何か”が食い込み、ベリアルは苦しげに眉間にしわを寄せる。
ステラが困惑した。
「セイクリッド見ちゃだめ! だめだけど、どうしてベリアルっていつもこうなの……」
俺はそっぽを向きつつ魔王様に返す。
「そういう星の下に生まれてしまったのかもしれませんね。本人の努力ではどうにもならない事も、世の中にはあるものですから」
ベリアルが涙目でステラに訴える。
「このような痴態を神官に晒し、外敵の侵入を許し、あまつさえその侵入者にこうして人質に取られるとは不覚ッ! ステラさま、どうかわたしもろとも滅してください!」
つい俺は本音を漏らしてしまった。
「魔王城の門番だというのに、失態のフルコンプリートですね」
「きさまあああああああああ!」
身じろぎすることもできないベリアルだが、殺意たっぷりの眼差しで俺を見据えてきた。
「ステラさんには、ベリアルさんごと攻撃などできないのですから、私への怒りの力を糧にして、窮地を自らの手で打ち破ってください」
「GRUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
魔獣の吠え声を上げて、ベリアルは魔法力を高めた。その肉体が膨れ上がり、一瞬――彼女は魔獣の姿になりかける。
城内の廊下はあくまで人間サイズ向けなので、そのままベリアルが巨大化すれば建物が崩れるか、ベリアルの身体が廊下の形に四角くなるかというところだが――
なんと、ベリアルは身長などはそのまま、その身体を風船のように大きく膨らませて留めさせた。いきなりおデブちゃんと化した薄褐色の美女(?)に、ステラが唖然とする。
「ベリアルそれはいけないわ! 完全に別人じゃないの!?」
ベリアルは籠もったような太い声で主人に返した。
「城を傷付けることなく、こやつを引きちぎるには他になかったのでどすこい」
語尾に何か余計なものがついている。
脹らむベリアルと、それに巻き付く黒い紐状の“何か”の姿は、まるでボンレスハムのようだった。
ブチンッ!
膨張したベリアルの腹太鼓によって“何か”は分断されると、シュワシュワと煙のように消えてしまった。
すぐさま、ベリアルの姿が元のプロポーションに戻る。
「知ったな……セイクリッド」
「いえ、私は何も見ておりません。神に誓って」
ベリアルがタオルで身を隠しながら「こ、こ、この胸は自前だからな!」と、しなくても良いのに弁明した。
ステラはほっと胸をなで下ろす。
「ふぅ……ともかく、これで一安心ね」
果たしてそうだろうか。どこから迷い込んだのか、俺たちはまだ突き止めていないのだ。
と、ベリアルが俺とステラの背後を指差した。
「な、ななな、なななななんだアレは」
そこで力尽きたのかベリアルはどさりと倒れてしまった。
嫌な予感しかしないのだが、振り返るとそこには――
先ほどの“何か”が数十匹。廊下を埋め尽くしていた。
どうやらコイツらの侵入口はニーナの眠る寝室方面にあったようだ。
両手に光の撲殺剣を構え、俺はブヨブヨフルフルと身を震えさせる暗黒水饅頭の群れの中心を歩く。
と、連中は俺めがけて一斉に飛び掛かってきた。
動きは速いが、こちらも迎撃態勢は整っている。
廊下や壁や天井を埋め尽くす“何か”をプチプチと磨り潰しながら、俺はニッコリ微笑んだ。
「ベリアルさんを捕らえるのは百歩譲って、そういった星の下に生まれたということで認めましょう。なにせ酔った勢いで城内を全裸で徘徊していたわけですし、酔い醒ましにシャワーを浴びた直後に暗黒触手プレイというレベルの高い変態ぶり。もはや才能と言わざるを得ません」
告げながら左右の腕を縦横無尽に振り回す俺の背中に、女騎士が「裸族はどっちだ!」と、怒声を飛ばす。
気にせず俺は無双モードで“何か”の群れに宣言した。
「ですが、ニーナさんに触れようものなら、私は貴方がたを許してあげられないかもしれません」
ステラの「もうすでに一匹残らず許さない勢いなんですけどぉ」というツッコミもスルーして、俺は廊下を進軍し続ける。
ニーナの安否はもちろん、俺が相手をしなければ再びベリアルや、あまつさえ魔王であるステラが暗黒触手祭りの危機なのだ。
たった独り、孤独に戦う俺だが不思議とモチベーションは高く保たれていた。
このまま暗黒水饅頭を潰していけば、ニーナの寝室の前へとたどり着けるのだから。