根深い穢れに神キラー(神官特攻)
聖堂内の大神樹の芽がぼんやりと光を帯びた。
懐中時計を手に時間を計測する。
すると――
「ハァ……ハァ……セーフ!? セーフよねセーフって言って!」
赤毛を振り乱してステラが教会の正面扉を開け放ち、きっちり後ろ手で締めて「閉鎖よし!」と指さし確認。その後、猛然と赤い絨毯を走る。
ゴールの大神樹は目の前だ。
「到着~ッ! ハァ……なんなのよもぅ」
「そろそろ一分を切れそうですね」
「タイムアタックじゃないから!」
タイムアタックスピード魔王略してTAMA。猫の名前のようである。
ステラがゼーハーと肩で息をしながら抗議するのを横目に、俺は二度、光る大神樹の芽に蘇生魔法を掛けた。
光が人のシルエットを作り、ステラを挟むように左右に少女たちが姿を現す。
勇者アコと神官見習いのカノンだった。
「いやー。また負けちゃったよ。けど、氷の牙城の第二層までいけたのは今回が初めてだし、ボクらがんばったよね!」
「それにしてもステラ殿の火力はとんでもないであります。自分も見習いたいでありますよ! やっぱり秘密はその尻尾に……あうぅ」
眼鏡を曇らせるカノンに、ステラが尻尾をピーンと立てて抗議した。
「神官のカノンがまお……黒魔導士のあたしを見習わなくていいでしょ!?」
アコは首を傾げた。
「それにしても不思議だよね。死ぬとボクとカノンはいっしょなんだけど、ステラさんとは別れちゃうなんて」
カノンも腕組みしつつ、うんうんと首を縦に振る。
「なんだか一緒に帰れないのは寂しいでありますよ」
死が移動手段になりだしたら危険な兆候。現金を金庫に預けるなどする小賢しい輩が、寄付金に貢献しなくなるパターンだ。
ステラは頬の筋肉をこわばらせながら、ニッコリ微笑んだ。
「そ、そうね。けど、途中で別れちゃうのはきっと、この大神樹の芽とかいう不具合だらけのポンコツのせいよ!」
不具合だらけのポンコツという意見には概ね同意だが、実際はこうだ。
ステラは死んでいない。
アコたちは厳密に言えば全滅を免れているのである。
では“何が起こって”いるのか?
答えは簡単。腐っても……失礼、さすがは魔王ステラである。
駆け出し勇者と見習い神官とは、そもそも基本性能からして違うのだ。
二人が倒されてステラだけが生き残った。ただ、それだけのこと。
ステラはアコとカノンを教会送りにした魔物を倒すなり、鳥魔物の羽というアイテムを使って、魔王城に“帰還”する。
このままでは魔王城の鳥魔物が、一体残らず裸に引ん剝かれてしまいかねない。
で、魔王城に戻ったところで全力ダッシュで“最後の教会”に滑り込み、しれっと合流。さも自分もやられてしまった的な雰囲気で、しれっとアコとカノンの仲間に加わるのだ。
この茶番が始まってもう三日ほどが過ぎた。
連日、アコはラスベギガスの街の北部に連なるホワイトロックキャニオンを根城にする有力魔族――氷牙皇帝アイスバーンに挑み続けているのだとか。
凍結した路面のような名前のこの魔族は、その名の恥じぬ氷の力を操る実力者だそうだ。
まだ一地方の有力魔族でしかないが、皇帝を名乗り勢力を拡大し、いずれは魔王の玉座に手を伸ばそうという野心家……とは、ベリアルの話だった。
人間とは敵対的で、ラスベギガス近隣のいくつかの集落や村は、まるごと氷漬けにされて「笑ったり泣いたりできなく」なってしまったのだとか。
おお、怖い怖い。
カノンが悔しそうにぎゅっと拳を握った。
「自分にもっと、ステラ殿のような力があれば。あ、あの……な、何センチくらいでありますか?」
顔を真っ赤にするカノンにステラが「はい?」と、真顔になった。
「ちょ、直径何センチくらいであの威力でありますか? 魔物の群を鎧袖一触でありましょうかッ!?」
「だから違うって言ってるでしょー!!」
アコが「まあまあ二人とも落ち着いて。ここで言ったらセイクリッドにお尻の穴の大きさがバレちゃうよ」と、追い打ちをかけた。
もうちょっと言い方に手心を加えましょう。勇者アコマイナス10点。
カノンは帽子をとって俺に頭を下げる。
若干、頭からゆらりぽわ~んと、湯気が上がっているぞ。
「も、ももも、申し訳ないであります! またしても全滅した上に、神官見習いながら……は、恥ずかしいことを言ってしまったであります!」
真面目なカノンがステラの力に憧れるのはわからないでもない。
しかし、さすがの戦術教科といっても学生レベルでは仕方ないか。
俺はそっとカノンの肩に手を添えた。
「いいですかカノンさん。それにアコさんも。お二人はまだ成長段階にあります。すでに超一流クラスのステラさんとは経験の差があっても仕方の無いことです」
途端に赤毛が嬉しそうに揺れた。
「え? ええ!? あたしのこと褒めてくれるの!? あのセイクリッドがッ!?」
「事実を申し上げたに過ぎません」
あのは余計だ。
調子に乗ってふんぞり返る……と、思いきやステラは身体をよじるようにして「嬉しい! もっとがんばるからね!」と、大変素直な反応をみせた。
拍子抜けである。
一方アコはといえば――
「ボクは別に気にしてないから心配はいらないよセイクリッド」
えへんと胸を張ると、服の上からでも大ぶりな果実がたゆんと揺れるのがわかった。
もう少し実力不足を気にして欲しいものだ。
「はうぁ……が、がんばらないとでありますな」
カノンはますます萎縮して肩身を狭めるように縮こまってしまった。アコの自信を分けてあげてちょうど良いかもしれない。
勇者が大口を開けて笑う。
「わっはっは! いつかステラさんに追いついてみせるからね!」
ステラも対抗するように胸を張り返した。
揺れたり震えたりしないのは仕様である。
「その間にあたしはもっと先に行ってるけどね!」
びしっとアコの顔を指さして、どことなくだがステラは楽しげに見えた。
学生時代を思い出す。仲間たちとのこういったやりとりが懐かしい。
と、アコが俺に顔だけ向けた。
「ねえセイクリッド! 死んだ時どうにかステラさんと一緒に戻ってこられないかな? セイクリッドならなんとかできちゃうんじゃないの?」
さすがに死んでいない魂を大神樹に導かせるわけにはいかない。
それが魔王の魂ともなれば――
魔王が冷や汗混じりで俺をじっと見つめた。
「残念ですがアコさん。私にできるのは蘇生や解呪や毒の治療に旅の記憶を大神樹に留めることくらいですから。不具合ではなく仕様です」
魔法の言葉にアコは「そっかー。じゃあしょうがないね」と引き下がった。
カノンが眼鏡のブリッジを中指でそっと押し上げる。
「ど、どうするでありますか? もう一度挑戦でもいけるでありますよ!」
その表情は焦り、何かを取り戻そうと必死にも見える。
アコも察したらしく「今日はおしまい! 王都で何か美味しいモノでも食べようよ!」と、言いながら、勇者の手のひらが俺に向けられる。
「だからお小遣いちょうだいセイクリッド! 持ち合わせがないんだぁ」
今日も教会に寄付金なし。
「靴底でもかじってください」
「そんなぁ~! じゃあじゃあお金貸して! ボクに投資してくれたら金額に応じておっぱい揉ませてあげるよ! まずはこれでどう?」
なんのためらいもなく、三本指を立てる勇者の強気っぷりだけは褒めてやろう。
カノンとステラが悲鳴をあげた。
「そ、それはダメであります! 勇者殿の威厳と尊厳にかかわるでありますよ!」
ステラはどちらかといえば俺をにらみつけて――
「揉みたいって思ったでしょ!? 思ったわよねそうよねだってセイクリッドだって男だもんね! ふええええん! ニーナに言いつけてやるんだから!」
俺はローブの裾を正して返す。
「投資をお望みでしたら王都銀行本店にお送りしますよ」
勇者は「ちぇー。良いアイディアだと思ったのになぁ。セイクリッドも心がほっこりするような、幸せな気持ちになれてボクらもお腹いっぱいパンの耳が食べられるのに」と、普段の食生活のすさみっぷりを露呈させた。
カノンが「革靴なら煮込めば食べられると耳にしたことがあるであります!」と、俺の冗談にマジレスありがとうございます。
アコがステラに手を差し伸べる。
「これからステラさんも革靴鍋パーティーいっしょにどうかな?」
「い、いかないわよ!」
こうして嵐のようにアコとカノンは王都に戻っていった。
ステラとはまた明日、ラスベギガスで合流とのことだ。
教会に二人きりになると、肩の荷が下りたのかへなへなとステラは長椅子にお尻を着陸させた。
「ふえぇ……本当にあの二人といると大変なんだから。教会に引き籠もってるだけのあなたがうらやましいわね」
「その割には楽しそうにしているじゃありませんか」
「そ、そんなこと……自分の力を発揮して二人が喜んで、この魔王に屈服するのが気持ち良いだけよ。命を救うようなファインプレーも一度や二度じゃないわ」
三度目か四度目に失敗して、今日のような結果になったのだろうに。
ふと、疑問が湧いた。
「ところで同じ魔族や魔物を相手に戦って良いのですか?」
「人間だって魔族と似たようなものじゃない。同族同士で命の奪い合いをするところなんかそっくりでしょ」
「お説ごもっとも」
ぐうの音も出ないな。
実際、魔族の脅威があるから教会の威光は保たれ、人間の国々も団結できる。
もし無くなれば今度は人間同士で戦争を始めるだろう。
ステラが長椅子の背もたれにもたれかかって、胸をそらしながら聖堂の天井画を見つめた。
「けど、どうしてカノンってああなのかしら」
「私の後輩がなにか失礼を?」
「別にそんなんじゃないんだけどね、カノンってなんていうか……回復魔法使わないのよ」
「はい?」
「あと防御魔法とかも」
「では、彼女はなにを?」
「光の攻撃魔法でガンガン攻めるスタイルでびっくりしたわ。戦闘になると、あたしなんて可愛い子犬ちゃんよ。あの子、ほとんど狂犬ね。なんでも憧れの誰かさんを見習ってのことらしいんだけど。あれあれ~~セイクリッド何か心当たりでもあるのかしら~~?」
学生時代に蒔いた俺の種がカノンという姿で花開いた。時代のあだ花だ。
光系統の攻撃魔法を研究していた頃に、ついたあだ名が“光輝く破壊神”だった。
なるほど道理でアコたちが全滅しまくるわけだ。
「これは再教育……もとい、カノンさんに神官がどうあるべきか認識を改めてもらう必要がありそうですね」
カノン――まるで多声音楽のような美しい響きの名の彼女には、どうやら俺の知らないとんでもない一面があったようだ。
攻撃特化――恥ずかしがりながらもステラの尻尾に執着したところを見るに、これは案外根が深そうだ。