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お風呂の中身が知りたくて

 ステラが俺の背中にしがみついてブルブル震える。


「ほ、ほらやっぱり言った通りでしょ? “何か”いるのよ。どどどどどうしようぅ」


「どこの世界にシャワーを浴びる幽霊がいるのですか。まったく怖がりすぎですよ」


「けど、ほら夜中にシャワーってだいたい、アレじゃない。化け物に襲われるのが定番っていうか」


「それならなおのこと安心でしょう。今回、シャワーを浴びている人物を私たちが襲うのですから」


 大浴場の脱衣室まで、ステラをずりずりと引きずりながら俺はやってくる。


 ここもまるで先日訪れた、ムーラムーラ村の温泉施設のように、いくつもロッカーが並んでいた。洗面台は六つもあり、大きな鏡にはどれも華美にならない程度の装飾がされている。


 他に湯上がりに休むのにぴったりな長椅子なども置かれていた。


 相変わらずシャワーの水音は止むことなく、奥の浴場に続く扉のガラス戸は、白い湯気に曇っていた。


 ステラが脱衣籠を確認する。


「これっておかしいわよね」


「なにがですか?」


「ロッカーは全部使われてないし……っていうか、あたしもニーナも使ったことないけど、普段はお風呂に入る時に、脱衣籠に服を畳んでおくのよ」


 見れば脱衣籠は空っぽだった。


「わざわざ脱いだ服を畳むだなんて、大変お行儀がよろしいですね」


 ステラは俺の前に回り込むと「それほどでもぉ」と、後ろ手に頭を掻きながら照れてみせた。


 が、すぐにハッと我に返る。


「そうじゃなくて、中で誰かがシャワーを浴びているのに、服が無いのがおかしいっていうわけ」


「大方、誰かがシャワーの栓を開きっぱなしにしてしまったといったオチでしょう」


 幽霊の正体見たりなんとやら。


 どうせ誰もいないのだ。奥のガラス戸を開いて、俺は大浴場に踏み入った。


 白い湯気の中にゆらりと影が浮かぶ。


 同時にステラが悲鳴を上げた。


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 すると――


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 湯気に隠れた人影も、同じく吠え声のような悲鳴で返す。


 二人の声が風呂場に反響した。


 湯気の中から飛び出してきたのは、薄褐色肌を水滴に濡らした魔王軍が誇るくっころ女騎士上級魔族ベリアルだった。


「な、な、な、なんれ!? 大神官なんれッ!?」


 ステラはともかく、俺がいることにベリアルは混乱している。その瞳には普段の凛々しさは欠片もなく、とろんとした酔眼に紅潮した頬と、どう見ても飲酒後です本当にありがとうございました。


 胸をぶるんと振るわせながら、ベリアルは俺を指差した。


「は、ははーん。これは夢らなぁ? 夢の中れまで、わたしの裸をのぞきにくるとは、とんだ破壊僧デストロイヤーらなぁセイクリッドよ!」


 ろれつが回らない口振りで、ベリアルは自身の胸を両手でゆっさりもちあげるようにした。


「ふははははぁ! きさまのロリコンを成敗してくれるぅわぁ!」


 ステラが俺の前に立って、ベリアルの見えてはいけないところを見せないよう、こちらの視線に合わせて反復横跳びする。


「だ、だ、だめよセイクリッド! なんだかわからないけど、見ちゃだめ!」


 ベリアルあらためベロベロウーマンは、ステラの背中に吼えた。


「そこをお退きくらさい魔王様! ふらちな神官は、このベリアルが圧殺してさしあげますからぁ!」


 いったいなにでなにを圧殺するつもりなのか、深く考えてはいけない。


 俺はステラに告げた。


「魔王様、甘い息をどうぞ」


「そ、そ、そうね!」


 直後――


 花の蜜のように心安らぐ甘い吐息で大浴場は満たされて、暴走したベロベロウーマンはゆっくりと膝を折ると床にうつ伏せになって倒れ伏すのだった。




 なぜ脱衣所にベリアルの服が無かったのかと言えば、簡単な推理が成り立った。


 彼女は自室で酒盛りしたあげく、普段通り「暑い! 脱ぐ!」となり、全裸で魔王城内を徘徊し大浴場に到着。


 シャワーを浴びていたところに、俺たちが出くわしたというのがおおよその真実だろう。


 俺は腕まくりをして倒れたベリアルを抱えると、脱衣場の長椅子にそっと寝かせる。


 ステラがバスタオルを抱えて俺に注意した。


「下見ちゃだめよ。セイクリッドはずっと上向いてて」


 というわけで、先ほどから天井を見上げっぱなしな俺である。


 その間に、ステラが手早くベリアルの身体からシャワーの水滴をタオルで拭った。


 上司に介護されて薄褐色肌の美女はなんとも心地よさそうに口元を緩ませる。


「んん~ムニャムニャ~酒もってこいぃ……ZZZ」


 寝言まで酒浸りか。


 ベリアルはよっぽど普段からストレスに苛まれているのかもしれない。天井の魔力灯を見上げながら俺はステラに告げた。


「あまりベリアルさんに負担をかけすぎもいけませんよ。自立してくださいね魔王様」


「あ、あたしは魔王としてしっかりしてるわよ。ベリアルが過保護なのもあるけど、ここまで飲んだくれて追い込まれた理由はきっと、近所に凶悪な大神官が引っ越してきたせいに決まってるわ」


「おやおや、これは手厳しい」


 と、そんなやりとりをしていると、ベリアルが再び寝言を呟いた。


「ああ、セイクリッド……どうしてこうも、わたしはきさまが気になって、気になって気になってしかたないのだぁ……」


 俺は溜息交じりに寝言に返す。


「門番が賊を気にするのは当然のことですから。しかし、私はベリアルさんにとって、外敵のままなのですね」


 ベリアルの身体や濡れた髪をバスタオルでぐるぐる巻きのミイラ状態にしたステラが、じっと俺を見据えて呟いた。


「ベリアルはセイクリッドのこと……たぶん、嫌いじゃないと思うわよ」


「はて、それはまたどうしてでしょう?」


「そ、それは……わからないけれど、なんとなくそう思うの! ほら、ここはもういいから、次を探しましょう?」


「お風呂をお借りできるのではなかったのですか魔王様?」


「べ、ベリアルが起きたら色々誤解されちゃうからいいの!」


 頬を膨らませ口元を尖らせるようにして、ステラは不機嫌そうに俺の腕を引く。


 脱衣所から魔王城の廊下に戻ると――


 奥の突き当たりを、蠢く“何か”が右に曲がっていった。


「おや、本当にいたみたいですね」


 ステラも同じく目撃したらしい。怒った顔が再び青ざめる。


「やだ、やだやだやだ今のなによー! っていうか、そっちはだめぇ!」


 怖がりながらも少女は俺の後ろに回ってぐいぐいと背中を押してきた。


「なにがだめなのですか魔王様?」


「あっちは寝室のある方なの。ニーナの部屋もあるんだから!」


 それは一大事だ。


 思った瞬間、俺は踏み出す一歩目からトップスピードで走り出した。


 後方からステラの「ちょ! 待って! ひとりにしないでええええ!」という悲鳴が追いかけてくるのだが、それを引き離す勢いで俺は突き当たりまで縮地移動すると、超高速右折で“何か”を追った。

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