ぴーちゃんのフルモデルチェンジ
数日後の朝――
その者、背負い鞄より出でて、赤いカーペットの上に降り立たん。
亜麻色の髪をシニヨンにまとめたメイド服姿も凛々しく、彼女は俺を見上げて冷淡な眼差しで睨む。
その身長差、プライスレス。
両手を万歳させて、小さな身体を目一杯に伸ばしながら、ぴーちゃんは俺に抗議する。
まるでちびっ子が抱っこをねだるような動作だ。ふむ、こちらで開発部に出した要望は、概ねきちんと反映されたらしい。
「どうしてわたくし、背が小さくなってしまいましたの?」
俺は膝をついて視線の高さを彼女に合わせると、そっと目を細めた。
「予算の関係です。大きいということは、それだけ材料費がかかってしまいます。良い素材を凝縮した結果とお考えいただきたい」
小さな腕をぶんぶんと振るう、ぴーちゃんはまるで子供のような仕草を見せる。
ウム、俺に良し。
「これでは高いところのモノは取れませんし、炊事洗濯など身の回りのお世話もろくに焼けませんでしてよ?」
ヒラヒラとしたエプロンドレスも、今のぴーちゃんのサイズに合わせたミニマムな特注品だ。
俺はそっと、ぴーちゃんの頭を撫でる。
「高性能化とは何も大きくなることや、大出力になることばかりではありません。小型化も立派な性能向上ですから」
白いほっぺたをぷっくりと膨らませて、ぴーちゃんは平らな胸を張った。
「詭弁ですわ! これではニーナ様と同じではありませんこと?」
「ニーナさんは成長期ですので、明日も同じ身長とは限りませんね」
「ロリコンにあるまじきセリフ……ハッ!? も、もしかして、ニーナ様が成長なさるから、わたくしで欲望を満たそうとしてますのね!?」
俺はゆっくりと立ち上がって、首を左右に振る。
「はっはっは。それはとんだ邪推というものですよ、幼女メイドのぴーちゃんさん。小さな身体しかご用意できなかったのは、資金のやりくりをしたためと申し上げたではありませんか」
本日より、物理的身体を獲得して復活したメイドゴーレムは、ニーナと同程度の身長の幼女化を果たしたのだ。
「う、ううぅ! なんたることですの!? セイクリッド様には人の心というものがありませんのかしら? このような姿をニーナ様にさらすわけにはまいりませんわ」
顔を両手で覆うようにして、ぴーちゃんはその場でくるくると回る。
遠心力でふわりとスカートを花弁よろしく開きつつ、恥じらうように身をよじる姿には幼女と化した苦悩が垣間見られた。
人の金で復活しようなどと、都合の良いことを考えるからこうなるのだ。
出資者には仕様設計に口出しをする権利がある。行使するのも当然のことだろう。
まあ、小型化に加えて予算の都合もあって、転移魔法モジュールなど、いくつか装備を外すことになったのだが、ともあれ彼女の熱望したニューボディーには違いない。
俺は咳払いを挟んで告げる。
「よろしいではありませんか。これまで、ニーナさんを上から見下ろしていましたが、今後は同じ視線の高さに立って、ニーナさんをサポートできるのですから」
ぴーちゃんがぴたりと回転を止める。
「そ、そうはおっしゃいますけれど……いきなり、わたくしが小さくなって現れたら、ニーナ様も驚かれるのではなくて?」
「修行の旅を経て若返りを果たしたとでも言えば、素直なニーナさんはきっとわかってくれるはずです」
「ずいぶんと無茶をおっしゃいますのね」
諦めたのか、ぴーちゃんは大きく溜息をついた。
と、呼応するように講壇に立つマーク2が記憶水晶をチカチカと発光させる。
途端に――
「え、ええ。に、似合っているとマーク2様が仰るなら、しばらくはこの姿を甘んじて受け入れてさしあげましてよ」
ええぇ……出資者の俺に牙を剥いておいて、先輩(マーク2)の言うことなら納得するのか。
と、そんなやりとりをしていると、教会の正面入り口の扉が「うんしょ」という掛け声とともに開かれた。
「おはようございますなのです~!」
今朝も元気に挨拶をしながら、ニーナが聖堂にやってくる。
と、すぐに彼女の興味は、俺の前に立つ幼女メイドに向けられた。
「わあああ! ぴーちゃんお帰りなさいなのです」
駆け寄ってニーナは、ぴーちゃんの手を両手で包むように握る。俺はなんの説明もしていないのだが、金髪を揺らしエメラルド色の瞳を輝かせるニーナは疑いすらしない。
これには、ぴーちゃんの方が驚き戸惑ってしまった。
「あ、あの、ええと……わ、わた、わたくし」
「ぴーちゃん? どうしたの?」
「お、驚きませんの? わたくし小さくなってしまって……」
ニーナは首を傾げると「ああっ!」と、声を上げた。
顔を俺に向けて金髪幼女が確認する。
「おにーちゃ! ニーナもしかして、まだちっちゃい?」
「大きいか小さいかでいえば、まだニーナさんは小さいですね」
途端にニーナは「はあぁ」とゆっくり息を吐いた。
「そっかぁ。ニーナもなんだかそんな気はしてたんだぁ」
心配そうに、ぴーちゃんがニーナの顔をのぞき込む。
「いったいなにをそこまでガッカリしていらっしゃるのかしら?」
「あのねあのね、ニーナね、ぴーちゃんと同じくらいおっきくなったのかなぁって思ったの」
一晩で何センチ伸びるのだ成長期にもほどがある。
すぐに、ぴーちゃんは俺を見上げて顔を指さしてきた。
「このでくのぼ……セイクリッド様との身長差を考えれば、そう錯覚なさるのはおかしいかと思いますけれど」
ニーナは笑顔で返す。
「それはほらぁ、セイおにーちゃも大きくなったから、ニーナと差がちぢまないのかなぁって」
ちなみに、ぴーちゃんの頭身は幼女らしいフォルムになっており、大人状態のメイドゴーレムの時とは明かに違うのだが、その点をスルーしてしまうのも、夢見るニーナの幼女力の賜物か。
ニーナは聖堂内をぐるりと見回した。
「おにーちゃのちっちゃな教会も大きく立て直したのかなぁって思ったけど、ちがったんだね。ニーナのかんちがいでした」
ナチュラルに教会の大きさについて苦言を呈されたような気がしないでもない。
ともあれ、ニーナは無事にメイドゴーレムが小さくなったと認識を改めたらしく、ようやく「なんで? なんで、ぴーちゃんちっちゃいの?」と、好奇心をうずかせる。
質問されたメイド幼女は俺に視線で助けを求めた。
俺は再び、小さく咳払いを挟んでニーナに告げる。
「ニーナさん。夢とは叶うものなのです」
「は、はい」
突然、改まった俺の口振りに呼応するように、無邪気なニーナらしからぬ返事である。
ニーナはその場にピンッと背筋をまっすぐにして、俺を見上げた。
「ニーナさんにはいくつも素敵な夢がありましたよね」
「うんと、えっと、あります! セミが……」
「いえ、今日はセミではありません。ほら、思い出してみてください。ニーナさんは妹が欲しいとおっしゃっていたではありませんか」
それだけで察してニーナは太陽のような笑みを浮かべると、ぴーちゃんにぎゅーっと抱きついた。
「わああああい! ぴーちゃん、ニーナの妹さんだったから、ちっちゃくなったんだぁ!」
抱きつかれて困惑しながらも、メイド幼女は「え、ええ、そそそそその通りでしてよ」と、声を震えさせる。
ああ、幼女と幼女が抱き合う姿の、なんと尊い事だろう。
このセイクリッド、しかとまぶたの裏に光景を焼き付けた。
こうして幼女化したメイドゴーレムは、ニーナと手を繋いで魔王城へと帰っていった。
思いのほかニーナが喜んでくれたので満足度も高い。
今日まで過ごした仮の肉体だった赤い鞄は、なぜか持ち主のニーナではなく、ぴーちゃんが背負っていた。
そんな背中を見送って小さく息を吐く。
あくまで俺が「在りし日のぴーちゃんが忘れられず、彼女の面影を受け継いだ新規の展示用として発注」したのだが、開発部によって作成された小型ボディになんらかの仕掛けがあるのも自然な流れだ。
が、心配には及ばない。
早々に新たな身体に仕込まれた裏口を、ぴーちゃんは探り当てた。
そしてダミーの情報を流したとのことである。
しばらく赤い鞄状態で「ぴーちゃファイター」などの開発を続けたこともあり、それが、ぴーちゃんにとっては修行になっていたらしい。
今やメイドゴーレムは大魔導士級の魔導情報処理能力を得たのだとか。
しばらくローン返済のためにカジノの街ラスベギガスに通い詰める苦行が始まろうとも、きっと耐え抜くことができるだろう。
さて、午後は聖堂を案山子のマーク2に任せて、ひとつお布施箱から善意の寄付金を回収しに行くとするか。




