セイとステラの紙書くし
ある日の午後――
ステラが独り教会に姿を現した。
聖堂の赤い絨毯をまっすぐ歩み、彼女はやってくるなり俺の顔をビシッと指さす。
「今日はお願いがあってきたの!」
「神官の私にできることでしたら、なんなりとお申し付けください」
裏を返せば無茶振り禁止とくぎを刺したのだが、効果は無かった。
慎ましやかな胸を張り、ステラは続ける。
「なら命じるわ! ここであたしを雇いなさい!」
「今日は大変良い天気ですね。普段より空を覆う雲が薄いように感じます」
「ちょっとサラッと流さないでよ! こっちは本気なんだから」
ほっぺたを膨らませる魔王に俺は小さく息を吐く。
「ハァ……教会で働きたがる魔王というのは問題しかないかと思うのですが」
「ベリアルには敵情視察と内偵って言ってあるから問題無しね!」
大ありだ。いきなり機密をバラすとは恐れ入る。というかベリアルが良く許したものだ。
と、視線をあげると開いたままの教会の扉の先で、城門前にアークデーモン姿のベリアルがゆっくりと正座の姿勢をつくった。
牛の顔の魔物の瞳が強く訴えかけてくる。
あーそーいうことね理解した。
ここは穏便にお引き取り願うとしよう。ベリアルが土下座る前に。
「わかりました。教会で働きたいとおっしゃるのですね無職のステラさん」
「無職じゃないわよ魔王よ! 副業にちょっとだけぇ興味がありましてぇ~~」
急にモジモジと膝をすりあわせるようにしながら、ステラは媚び媚びな甘え声だ。
「では、面接をしましょう」
「ほ、ホントに!? ねえコネって使える? いくら払えばいいの?」
もうこの時点で落としたい。これからのステラの活躍をお祈りしたい。祈り続けたい。
「ともかく落ち着いてください。ではまず、志望動機からお願いします」
ステラは首をひねるようにした。どうやら何も考えていなかったらしい。
「働きたいって言ってあげてるんだから、それでいいじゃない?」
「良くはありませんよ。雇用する側にも選ぶ権利があります。雇うとなれば優秀な人材を。でないと教会の激務はこなせませんから」
ステラがフフンと口を緩ませた。
「そうなの? いつも本を読むかお茶を飲むか昼寝してるばかりに見えるけど」
「それは歪んだ情報です」
危うく事実と認めるところだった。
俺は講壇の上にある聖典を手にする。
「この聖典の研究なども、神官のやるべきことなのです。丸暗記できますか?」
「えー。面倒ね。三日ちょうだい」
できるんかい。
これで八割門前払いできるのだが、通じなかったか。
ステラはすっかり合格したつもりでいるようだ。
「これであたしも聖者の仲間入りね。神官風のローブって王都で売ってるのかしら? ちょっと連れてってよ。あっ! お尻に穴あけなきゃね。手先は器用だからローブの尻尾穴のカスタムは自分でやるわ」
そういえば、妙に魔王らしくないところがある。ステラは裁縫上手だ。
「まだ合格とは一言も申しておりませんよ」
「ケチー!」
この我がまま魔王を力尽く以外の方法で、納得させ神官の仕事を諦めさせるにはどうしたら良いものか。
妙案が浮かんだ。
「いいですかステラさん。いきなり仕事に就きたいと願い出るよりも、まずは紙にご自身のプロフィールなどを書いて提出するのが良いですよ」
「人間って面倒なのね。いいわ! ちょっと待ってて!」
ステラは尻尾をフリフリしながら急ぎ足で魔王城に戻っていった。
このまま帰ってこなければいいのに。
十五分で戻ってきた。
おかしい。ステラのことだから、面倒臭がって諦めると思ったのだが。
彼女は立派に履歴書を作成して、自慢げな顔で提出した。
住所氏名年齢家族構成にスリーサイズ。体重は秘密である。
「虚偽の申告はありませんよね?」
「ぬ、脱いだらすごいんだから!」
バストサイズには言及しないでおこう。150%(※ステラ比)さばを読んでいたとしても。
読み進める。
志望動機は「徒歩圏内だから」……ってそりゃあそうだが、もうちょっとこう……あるだろ。
さらに文字を追うと――
「特技は極大爆発魔法とありますが?」
「ええ、読んで字の通りね。敵全員にダメージを与えるわ」
「その極大爆発魔法が教会で働くうえで、何のメリットがあるとお考えですか?」
「そんなの決まってるじゃない! 敵が襲って来ても教会を守れるのよ!」
初日に教会を破壊しようとした人物のセリフとは思えない。
「いや、教会に襲撃をかけるような輩は、貴方しかいませんよ魔王ステラ」
「でも、ちゃんと当たりさえすればだいたい勝つわよ」
「私に負けたではありませんか?」
ステラが眉間にしわを寄せながら口を尖らせた。
「あれあれ? あたしを怒らせていいのかしら? 使うわよ?」
「ご自由に。結果はわかっているでしょう。では、使って満足したらお引き取りください」
「あーんもー! セイクリッドの意地悪!」
俺が履歴書を突っ返すと、彼女はその場でビリビリと破り捨てた。
「どうしてそこまでして働きたいのですか?」
「だって、り、理由もなく教会に来たら変でしょ? ちゃんと働くって目的なら……いいかなって思って」
もじもじと彼女はうつむく。
「いいですかステラさん。本来なら理由があろうとなかろうと、教会に魔王が入り浸るのはおかしな話なのですよ」
「えっ!?」
真顔になるな。
と、ステラがぽかーんと半分口を開けたその時――
大神樹の芽が光を放った。
『あちゃー。めっちゃ強いよね冬将軍』
『まだ第一層の途中で中ボスとも戦ってないであります。それに将軍じゃないでありますよ。皇帝であります』
『やっぱりレベル足りないのかなぁ。ボクのレベル低すぎ!?』
『戦力不足は否めないでありますな』
魂の会話に俺は溜息交じりで、一度教会の正面口まで行くと、金属製の扉を閉めてから蘇生魔法を二度唱えた。
光が二人分のシルエットを描く。
勇者アコと神官見習いのカノンだ。
「やっほー! あれ? ステラさんじゃん! 今日はついてるなぁ」
「恥ずかしながら死んでしまったであります。ところで、ステラ殿は今日もその……お尻にそれを……あわわ」
アコは相変わらずあっけらかんとしていて、カノンはステラを見るだけで眼鏡が曇るほど恥ずかしがった。
「ちょ、ちょっとなんで眼鏡曇るくらい発熱してるの! あ、あたしを見て熱を上げないでよ!」
ステラの抗議にアコが微笑む。
「ボクはいつだってキュートなステラさんにお熱だよ」
「嬉しくないから!」
「フフフ……照れるところもまた可愛いなぁステラさんは」
俺は咳払いをして冒険者二人の視線を自分に誘導した。
「おお死んでしまうとは情けな以下略」
アコが目をキラキラさせる。
「ねえセイクリッド! 学割あるんでしょ? けど今日もボクは無一文なんだ!」
「じ、実は自分もであります。アコ殿にお金を貸すと返ってこないのでありますよ」
「大丈夫だよカノンは心配性だなぁ。そのうち三倍……いや、五倍にして返してあげるから!」
「ほ、本当でありますか!? さすが勇者アコ殿であります心強い」
誰だこの二人にパーティーを組ませたのは。完全にアコが“縛るやつ”になってるじゃないか。
と、そんな二人を見ながらステラが呟いた。
「そうだわ。働くのが無理なら利用者に……あたしも冒険者になればいいのよ!」
アコが途端に飛びつく。
「じゃあじゃあボクらとパーティー組まない?」
キャスケット帽の少女もうんうん頷いた。
「それは名案でありますな! ちょうど攻撃担当がいなかったであります!」
おいおいまさか、やめてくれよ。
お前はまがりなりにも魔王だろうに。
ステラは胸を張った。
「このまお……黒魔導士ステラの力が必要っていうのなら、考えてあげてもいいわよ!」
思いとどまれって。
勇者、神官見習い、黒魔導士(魔王)――
なかなかバランスの良いパーティーが編成されてしまった。
ステラが俺に微笑みかける。
「これで教会で働かなくても、あなたに会いに行く口実ができたわね」
頬を赤らめそっと呟く魔王よ……いったいお前はどこへ向かおうというのだ。
勇者パーティーにお忍び参戦、(魔王軍的には)無いと思います。




