来襲! パピメリオ
辺りから白煙が暴風によって押し出され、花畑もゆらりと姿を歪ませ消えると、どこからともなくパチ……パチ……パチ……と、緩慢で断続的な拍手が聞こえた。
ベリアルが警戒してニーナを背に庇う。
「何者だ!?」
消し飛ばした白い闇の中に、ゆらりと人影が浮かぶ。
それは燕尾服に蝶ネクタイ姿の少年風――月下蝶パピメリオだった。
探す手間が省けたようだな。
「ぼくの術に気づいた人間はきみが初めてだよ。ロン毛のおにーさん」
背中に広げた黒い蝶の羽を揺らすと、パピメリオの身体を、キラキラとした微細な粒子が包んだ。鱗粉である。
「湯気に紛れさせる工夫をしてまで……到底、吸い込んで良いものでは無さそうですね」
俺の言葉にベリアルがそっとニーナの口元を手で覆うようにした。ニーナはなにが起こっているのかわからないようで、キョトンとしたまま立ち尽くす。
ステラはというと、昨晩の出来事で知っていることもあってか、口元を手で覆うと帰還魔法を唱えようとしていた。
パピメリオは瑠璃色の瞳を細める。
「っていうか、昨日の夜に吸わせたはずなのに赤毛のお嬢ちゃんにも効いてないんだ」
洗脳効果でもあるのだろう。ステラも多少吸い込んでしまったかもしれないが、昨日遭遇した時には、俺の解毒魔法で中和することができた。
「ニーナさんには申し上げにくいのですが、旅行はこれまでといたしましょう」
俺がステラに帰還魔法発動を視線で合図すると――
ステラは背後からアコに取り押さえられた。
「す、ステラ様!?」
ベリアルが一瞬――突然の出来事に動揺してニーナから離れたところで、キルシュとカノンがニーナを取り押さえる。
勇者パーティーの三人の目は死んでいた。
パピメリオは満足げに頷く。
「うんうん、いいよ三人とも。これからもリピーターをいっぱい連れてくるんだ。いいね?」
蝶魔族の言葉にアコたちはゆっくり首を縦に振った。
完全に操られてしまっている。先ほど、パピメリオの鱗粉は吹き飛ばしたのだが、恐らくそれよりもずっと前に、すでに深層部分で支配されていたのだろう。
火山島でキルシュの技を使ってのレベル上げ中に、鱗粉をたっぷりと深呼吸してしまったのかもしれない。
通常、教会で蘇生された際には、そういった状態異常も回復しているものなのだが、パピメリオと遭遇するまでのアコたちにはほとんど異常は見られなかった。
なぜなら普段の振る舞いが勇者一行としては異常すぎて、奇行が目立たないのである。問題児どもめ。
ニーナを人質にされてベリアルも身動きが取れない。
パピメリオは再び、蝶の羽を揺らして鱗粉をまき散らした。
「じゃあ、もう一度ぼくの鱗粉に感染してもらって、きみたちには火山島の観光大使としてもっとたくさんの人を連れてきてもらうね……と、その前に、楽しんでくれた分の関税を今、支払ってもらおっかなぁ。まずは赤毛のおねーさん! 昨日は食べ損なっちゃったからね」
ステラが洗脳された勇者の腕の中で身をよじった。
「ちょ! アコ離して! セイクリッド! 助けっ……」
月下蝶は欲望を食らう。その際に、相手の欲望の光景が曝かれてしまうのを、昨晩、俺とステラは確認していた。
つまりはステラの欲望が白日の下にさらされてしまうのだ。
彼女の正体にパピメリオが気づいているかはわからない。
ステラを救おうとすれば、洗脳されたカノンとキルシュによってニーナが傷つけられかねない。
救えるのはどちらかだ。
と、ステラが俺に首を左右に振った。
「ニーナを……お願い」
ステラの欲望が解放され、魔王であることがバレてしまいかねなかった。
それを承知でステラは決断したのである。俺はカノンとキルシュに光弾魔法を放って吹き飛ばした。
ニーナが「ふぁっ!?」と、驚きの声を上げる。その間に彼女の手をとり背に庇ったが、鱗粉を止めるのは間に合わなかった。
「ステラ様に何をするッ!」
ステラを守ったのは俺ではなく、女騎士ベリアルだ。自ら鱗粉に飛び込んでいった。
「ぐああああああああああああああああああ!」
全身にまとわりついた鱗粉に絶叫すると、ベリアルは地面に膝を着く。
その背中に花の蕾のような幻影が浮かび上がった。
パピメリオは「ま、順番が変わっただけだし……っていうか、仲間を問答無用で吹っ飛ばすなんて、おにーさんちょっと危ない人?」と、驚いてみせる。
きちんと手加減はしている上に、無事“最後の教会”に戻った際には、アコともども耐洗脳特訓を施して72時間ほど睡眠禁止の精神鍛錬を施すと、たった今決定した。
ステラがしゃがみ込んで背を丸めるベリアルに腕を伸ばす。
「べ、ベリアル……だめ! しっかりして!」
苦悶の表情を浮かべてベリアルは細かく全身を振るえさせた。
「ステラ……様ぁ……GRUUUUUUUUAAAAAAAA!!」
野獣のような叫び声とともに、ベリアルの欲望の花が開く。
その光景が、心のありようが俺とステラとニーナの目の前に浮かび上がるのだった。




