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温泉を探して

 ムーラムーラ村から、一度廃村に出る。


 昨晩の異様な光景が嘘のように、村の跡地は閑散としていた。昼間に観光客がやってくることは希なようだ。


 一応、警戒はしていたのだが、パピメリオの気配は感じられなかった。


 すっかり現地ガイド化したアコが言うには、この廃村を抜けて山に向かう途中に、温泉地帯があるというのだ。


 赤茶色をしたゴツゴツとした山体――その麓から、ちょっとしたハイキングとなった。


 ニーナに歩調を合わせたこともあって、廃村から一時間ほどゆっくりと進む。


 手荷物は少なめだ。各自水筒と、温泉に入るのが前提ということもあって、タオル類などを鞄やザックに詰めてきた。


 アコが俺の腕をとって軽く引く。


「よーし! じゃんけん勝負しようよセイクリッド。負けたらボクの荷物を持って100歩ね」


「良いでしょう」


 勝負は一瞬――


 アコの手の動きを見きって俺は勝利すると、アコはカノンやステラにキルシュと次々勝負を挑んでは負けて、ほぼ全員分の荷物持ちをするハメになった。


 自業自得である。


 ニーナが両手一杯の荷物を抱えたアコに告げる。


「アコちゃんせんせー。ニーナがお手伝いする?」


「う、ううん。大丈夫だよニーナちゃん。トレーニングになるからね」


 やせ我慢のアコは100歩進むと、再び俺に挑んできた。


 返り討ちである。しかしまあ、俺だけでなく誰とじゃんけんしても負けるあたり、アコは勝負やギャンブルにまったく適性が無いと再確認させられた。


 そんなことを繰り返しつつ温泉を探す道中、片手の指で収まる回数ほど魔物の襲撃があったものの、ベリアルの一睨みで逃げ去っていったため、戦闘らしい戦闘も起こらずじまいだ。


 硫黄の匂いをたどって進むと、あちこちに間欠泉が吹き上がり、海辺の温泉とはひと味違った山の天然温泉地帯に到達した。


 ニーナが吹き上がる温泉を見上げて目を細める。


「うわあぁ……虹だよ! おにーちゃ! 虹! 虹!」


 しぶきに陽光が反射して、キラキラとした七色の橋があちこちにかかる姿は、殺風景な岩山をキャンパスに水と光が描いた美しい絵画のようだ。


 さっそくアコが、次々と地面の窪みにたまったお湯に手をつける。


 どうやら窪みは天然の風呂桶といったところか。


「熱ッ! こっちは……ぬっる! みんなもちょうど良いお湯探してみてよ!」


 間欠泉の吹き出し具合によって、適温の温泉が変わるようだ。


 カノンが眼鏡を曇らせた。


「いっそ光弾魔法でちょうどよい温泉を掘るでありますか?」


「それには及びませんよ」


 広さ深さが全員で入るのにちょうど良いものの、少々熱めの湯を見つけると、俺は初級氷結魔法で適温に調整した。


「こちらでいかがでしょう?」


 ニーナとステラが温度調整したお湯に手で触れる。


「あ! ちょうどいいかも。やるじゃないセイクリッド」


「ニーナもここがいいと思うのです」


 二人のお墨付きが出たところで、いきなりアコが服を脱ぎ払った。


「一番風呂いただき~! この温泉の効能は女子力アップだひゃっはー!」


 突然脱ぐとは大した女子力だ。と、思ったのだが、彼女はちゃっかり水着を着用していた。


「まったくアコ殿はしょうがないでありますな」


「脱いだらちゃんと畳んでおかないと、自殺するにしてもマナー違反ですよ」


 カノンもキルシュも服を脱いで綺麗に畳む。


 当然の如く、ステラたちもそれに倣った。


 ベリアルさえも、下に水着を着ていたのだ。


「皆さん、水着だったのですね」


 温水プールばりに女子たちが温泉に浸かる中、俺は立ち尽くす。


 ステラが首を傾げた。


「どうしたのよセイクリッド? 良いお湯加減よ?」


「そうですね。では……せっかくですので」


 俺はその場で服を脱ぎ去った。水着を着てくるという発想そのものが、欠落していたのだ。


 股間に魔法で光を集中させたところ、女子たちの悲鳴が上がった。


「私の事はお構いなく」


 顔を真っ赤にしてステラが甲高い悲鳴を上げる。


「お、お、お構いなくじゃないわよ! 水着ならいざ知らず、どうしてセイクリッドっていつもこうなの!?」


 ベリアルがニーナを抱えて端に逃げ、カノンの眼鏡はさらに白く曇る。


 キルシュはガン見し、アコは「あっはっはっは!」と俺の股間を指差しながら大爆笑だ。


 結局――


 今回もプリケツを晒しただけで、俺は温泉に入ることはできなかった。仕方が無いので女子一同が安心して温泉に浸かれるよう、周辺警備をすることにしたのである。


 全裸で。




 人生とは学ぶ事だらけだ。今後は、野外で温泉を探す場合、きちんと水着を着てくるなりもってくるなりするとしよう。


 ホカホカに温まった水着の女子一同は、タオルで軽く身体を拭くと、着替えを鞄やザックにしまって、水着のまま火山地帯から廃村に戻ろうとした。


 と、その時である――


「おにーちゃ! あっちにお花畑があるよ?」


 ニーナがそっと指差した。


 間欠泉が霧のように立ちこめて、ぼんやり周囲を白い湯気で包む中、その一部が二つに割れて道ができあがった。


 遠くに色とりどりの花が咲き乱れる、美しい花園が浮かんで見える。


 先ほどまで、周辺を見回っていたのだが、あんなものは無かった。


 それに間欠泉の湯気にしても、どこか身体にまとわりつくような違和感がある。


 どうやら俺たちに気づいて、仕掛けてきたようだな。


「みなさん、五秒程度でいいので呼吸を止めてお待ちください」


 告げながら俺は上級風刃魔法で、湯気に紛れて忍び寄った気配を吹き散らした。

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