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ニーナちゃんの一日三十時間遊びたい宣言

 月下蝶が去ってしばらく、カップルたちは目を覚ますとフラフラとした足取りで、ムーラムーラ村へと戻っていった。


 ゆらゆらと、まるで生ける屍のようである。恐らく朝には「悪い夢でもみていた」となるのかもしれない。


 俺とステラは無事、コテージに戻ることができた。


 念のため、各部屋をチェックする。まずニーナの無事を一番に確かめた。ベリアルやアコたちも無事である。


 月明かりの照らすリビングで、俺は不安げな赤い髪の魔王に告げる。


「今夜は私が見張っていますから、ステラさんも休んでください」


「ね、ねえセイクリッド。ちょっと早いけど、旅行はおしまいなの……かな」


「シャチやセミと同じですよ。私にお任せください」


 と、告げたところに小さな影がひょっこり姿を現した。


 大きな枕をぎゅうっと抱いて、幼女があくび交じりに目をこする。


「あれぇ、おねーちゃここにいたのぉ?」


 静かに無事を確認したつもりだったが、どうやらニーナを起こしてしまったらしい。


 ステラは困ったように眉尻を下げた。


「う、うん。ちょっと寝付けなくって」


「あ! そっかぁ……ニーナはお邪魔虫さんでした」


 俺とステラの顔を交互に見てから、幼女ははにかんだ笑みを浮かべた。


「ちちち違うわよ! 別にセイクリッドと添い寝しようとかそういうのじゃなくて! ニーナがいるのに、お姉ちゃんのあたしがそばから離れるわけないじゃない?」


「ニーナもおとなにならなきゃなー。独りで寝れる良い子になるのです」


 枕を小脇に抱えて幼女は「おー!」と拳を振り上げ意思表明した。


「大変ご立派ですニーナさん。ですが、甘えられるうちに甘えるのもお仕事のうちなのですよ。ここは一つ、私が添い寝をしてさし……」


 俺の前にスッとステラがカットインして、ニーナとの視線を遮った。


「はい、じゃあ寝ましょうね」


 赤毛の少女はニーナと手をつないだ。嬉しそうに幼女は目を細める。


「あのねあのね、明日はアコちゃんせんせーたちと、火山の方の温泉探すんだー」


「え? 危ないじゃないの」


「セイおにーちゃがいるから大丈夫って、アコちゃんせんせー言ってたよ。あとね、みんなでまたジュース飲むの。あとねあとね、お船にも乗りたいしぃ、時間がぜんぜん足りないのです。一日がもっともーっと長かったらいいのになぁ。そうだ! セミーンのお墓にお供えするお花も摘みたい!」


 防砂林にカノンが得意の光弾魔法ちけいかいぜんで穴をうがち、英雄ここに眠ると書かれた墓標とともにバーベキューのあとで弔ったのだが、ニーナのセミに対するこだわりはいったいなんなのだろう。


 ともあれ、ニーナはステラに明日のやりたいことを並べ続けた。


 二人が寝室に入ってからも、その声は途切れることがない。


 明日、急に帰宅するとなれば、幼女もさぞやがっかりするだろう。


 火山地帯にある硫黄泉探しか。パピメリオのアジトをただ捜索して警戒されるより、ニーナの願望をかなえつつ護衛も兼ねて威力偵察が良い落とし所だろう。


 もし真昼間からお出ましするようなら、そこはそれ威力偵察なので、その場でパピメリオに対して強行説得も止む無し。


 恨むなら温泉旅行のチケットを勝ち取った魔王ステラを恨むがいい。




 明朝――


 管理棟にある温泉の朝風呂でさっぱりとしてから、同建物内の食堂でブッフェスタイルの朝食を済ませて、一旦コテージに戻ってきた。


 リビングに全員集合し、今から少々危険を伴った火山ツアーに出発である。


 が、キルシュ独り、落ちこんでいた。


「あまり元気がありませんね。体調でも悪いのですかキルシュさん?」


「いえ、別に別にそんなそんな」


 焦ったように首を左右に振るキルシュだが、どことなく表情も毒気というか気の抜けた麦酒のようだ。


 カノンがキルシュの肩をポンポンッと叩く。


「らしくないでありますよ? あ! 火山方面だからカップルキラーできないのが残念なのでありますな?」


 キルシュは「ふううぅぅ」と、深い溜息でカノンに返した。


「ちょ! なんでありますか、その“これだから素人は”みたいなリアクションは!」


「あ、わかっちゃいました。っていうか先輩たち全然気付かないから、わたし自分がおかしいのかなって心配になっちゃって」


 これにはカノンだけでなく、アコやベリアルまでも首を傾げる。


 勇者の少女は黒目をぱっちり見開いた。


「ねえねえもったいつけずに教えてよ? なんだか知らないけどさ」


「まあ、皆さん暗殺の素人だから仕方ないですよね。さっきの朝食の会場に集まったカップル、みんな冷めてたっていうか、昨日のムラムラムレムレなフェロモンたっぷりのイチャつきっぷりが、すっかり素っ気なくなっちゃってて」


 アコは笑顔で「そんなの理由は明白だよ! 昨日の晩に一発や……」と、言いかけたところで、背後からベリアルに裸締めで頸動脈を押さえつけられ、一瞬でアコは気絶した。


 何事も無かったように無言でベリアルはアコをソファーに寝かせる。


 喋らないのが逆に怖い。


 言いかけたアコと強制停止させたベリアルに、一同軽く引き気味でいると――


 ニーナが気絶したアコの元に駆け寄った。


「アコちゃんせんせー……寝ちゃった! ど、どうしようみんなで行きたかったのに」


 これにはベリアルも責任を感じたのか「そんなつもりでは……」と、しどろもどろだ。


 俺は軽く咳払いを挟んでベリアルに告げた。


「気絶から回復させることも私には簡単ですから。心配には及びません」


 まったくトラブルをトラブルで解決させる以外の方法を知らないな、この門番騎士は。


 意識不明のアコに気付けの覚醒魔法をかけて目を覚まさせる。


 と、止まっていた時間が再び流れ出したように、アコは声を上げた。


「一発やってスッキリしたり意外と身体の相性が悪いことに気づい……」


 今度は俺がアコの背後に回り込んで、頸動脈をトンと手刀で叩く。


 あまり脳への血液供給を止めるとバカになるのだが、元から知力2程度のアコなら問題もあるまい。


「ベリアルさんは皆さんを連れて、先に外で待っていてください」


 ニーナが少し心配そうにしているのだが、ベリアルに手を引かれて玄関から出ていった。


 それにカノンとキルシュもついていく。勇者が暴走しようがマイペースだなパーティーメンバー。


 残ったステラが俺をじっと見つめた。


「大丈夫ですよ。むしろニーナさんがやりたいことは、全部やってしまいましょう。私の近くが一番安全ですから」


 オドオドした顔で、ステラは軽くツインテールの赤毛を左右に振った。


「そ、そうじゃなくて。い、一発って? 身体の相性ってなんの話なの? き、キスでしょ? キスのことなんでしょ?」


「あ、はい」


 極端に短い俺の回答に、ステラは「え? ち、違うの!?」とますます困惑するのだった。


 ステラをリビングから追い出して、誰もいなくなったところで俺はアコに再び覚醒魔法を掛ける。


「一発やってスッキリしたり意外と身体の相性が悪いことに気づいて……あれ? セイクリッドみんなは?」


「もう外に出てますよ。アコさんもお早く」


「うん! あー! 楽しみだなぁ」


 神よ。なぜアコに勇者の聖印を与えて、代わりに根こそぎ女子力を奪いたもうたか。


 アコの後を追ってコテージを出ると、俺たちは一度防砂林に向かった。


「いってきます」


 ニーナが、盛り土に木の枝を組んで作ったセミーンの墓標に手を合わせる。


 なんというか、墓参り的な風習もクリアするとは、夏の欲張りセットのような旅行になってしまった気がした。

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