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怪しく蠢く月下蝶

 消えた男女連れたちの行方を捜すうちに、俺とステラは村の西端にたどり着いていた。


「大小の足跡が多数ありますね。まだ新しいようです」


 月明かりだけでは足りないため、光属性の魔法を光源にして俺は土を固めただけの農道を調べる。


 ステラは俺に身を寄せ背中に隠れるようにした。


「なんだか妙な寒気を感じるんだけど」


「夜風は涼しいですが、寒気というほどでもないかと」


 ただならぬ気配は村の外へと続いている。


 道の先は火山へと続くようだ。夜の闇にそびえ月明かりが照らす山体は大きく、頂きに赤いマグマを間欠泉のように吹き上げていた。


「ともかく、もし観光客たちが火山方面に向かったとするなら放ってはおけません」


「う、うん。そうね。追いかけましょセイクリッド」


 言いながらステラはさらに腰や腹を俺に押しつけ密着した。


「あの、もしかして怖いのですか?」


「は、はぁ? 怖くないですー全然怖くないですー」


 どうやらちょっとした肝試しになりそうだな。


 夏の夜にぴったりだ。もしかすれば、カップルたちの目的もそうだったのだろうか。


「実は地元の漁師たちに訊いたのですが、火山に続く道の途中には、かつて噴火に巻き込まれたというもう一つの村があったそうで……その無念が怨念となって村の跡地には出るそうなんですよ」


 途端に背後で少女がビクン! と、身体を大きく震えさせた。


 くっついているので丸わかりだ。


「へ、へー。出るんだぁ」


 声が細かくビブラートを奏でている。もはや俺にしがみつくような勢いの魔王様に、溜息交じりで返した。


「というのは冗談です。廃村の話も、たった今、思いついただけですから」


「う、嘘つきぃ!」


「勘違いなさらないでください。夜の闇を楽しむための、ちょっとした演出です。さあ、参りましょう。ここに大神官がともにあるのですから、死霊悪霊不死者吸血鬼、上級魔族や魔王が出ようと軽く説得してみせますよ」


「そうだったわね……って、魔王はあたしでしょ? 失礼しちゃうわ」


 やっと俺から離れて隣を歩くステラだが、足取りは重く及び腰は変わらなかった。




 十分も歩いたところで、本当に廃村があったのには我ながら驚いてしまった。


 村の影が見えただけで、ステラは「ヒイイイッ!」と、どこから出したのその奇声? 的な押し殺した悲鳴を上げる。


 しかも、廃村の理由まで偶然にも当たってしまったようである。


 大神樹の芽が村の入り口付近にもあったようだが、痕跡だけで火成岩に覆われていた。


「本当に噴火に呑まれたみたいですね」


 ムーラムーラと良く似た風景だが、あちこちに火成岩が転がっていた。


 道も石畳が崩れ、草が生え放題だ。


 いくつかキャンプ跡がみられたが、ここから火山に向けて魔物退治に向かう冒険者のものだろう。


 アコたちも、きっと廃村を拠点に修行でもしていたに違いない。


 入り口付近を抜けて、その先の広場に到達すると、観光客たちを見つけた。


 輪になって跪き祈るように頭を垂れている。


 頭上には巨大な月が浮かび、その中に影が無数に集まった。


 コウモリか……いや、形状からしてそれは蝶だった。


 数百数千のアゲハチョウが、月明かりを受けて怪しく青白い光を放つ。


 俺はステラを背に庇った。


「どうやら当たりを引いたようです」


「もしかして……この島を裏で牛耳ってるっていう魔族なの?」


 蝶は一つになると光に包まれ融合し、人の姿に転じた。


 中性的な顔立ちの少年か、少女か。


 燕尾服に蝶ネクタイ。背中にはカラスアゲハを思わせる夜のとばり色をした蝶の羽を揺らしている。


 白にも近い薄紫の髪に瑠璃色の瞳は、丸く大きく子供らしい顔つきだ。


 頭から触覚が二本、アホ毛のように生えていた。


 カップルたちの輪の中心に降り立つと、少年(?)はニンマリ目を細める。


「ようこそ人間の皆さん。ムーラムーラを楽しんでもらえてなによりだよ。愛する人と過ごす素敵な時間の思い出は、きっと一生涯の宝物になるからね」


 丁寧な口振りだが、どことなく邪悪さを感じる。


 上級魔族には違いない。


 俺はステラの服の裾を軽く下に引いて座らせた。彼女も俺の意図に気づいて、輪を作るカップルたちと同じように、祈りの姿勢をとる。


 少年風はあたりを見回した。俺とステラもカップル群衆の一部に溶け込んで、気づいた様子は今の所なさそうだ。


 蝶の羽を夜風に揺らして、上級魔族は続ける。


「自己紹介がまだだったね。ぼくは月下蝶パピメリオ。ま、この島の人間たちは気づいていないけど、実はこう見えても王様なんだ。でね、この島で楽しむには関税が必要なんだよ。大丈夫、ちょっと欲望をいただくだけだから」


 パピメリオが羽を揺らすと、周囲にキラキラとした鱗粉が舞った。俺はステラの顔を自分の胸元に引き寄せる。


「ちょ、急になにするのよ」


「息を止めてください。いいですね」


 小声のやりとりをする間に、集められた男女たちはパピメリオを中心にバタバタと倒れていった。まるで水面に石を投げ入れた時に、広がる波紋のように。


 俺もステラを抱いて、そのタイミングに合わせる。


 手にはぎりぎり悟られないレベルの微少な解毒魔法を纏わせた。ステラの口元を覆って倒れる。


「それじゃあ、みんなの欲望を味わわせてもらうね」


 倒れたカップルたちの背中に、花の蕾のようなものが浮かび上がった。実際の植物ではなく、生命力や魔法力が生み出した幻影のようなものだろう。


 それらイメージの花々の蕾が、一斉に開花する。


 呼吸を止めたまま、俺はそっとステラの口だけでなく目元も覆った。


 蕾が開くと、男女の交わる姿が投影されてそこかしこに浮かんだ。


 全画面モザイク処理でもしなければ見るに堪えない。


 パピメリオが身もだえた。


「みんな頭の中がピンク色のお花畑だね。ああ、今夜もいっぱい吸い尽くしてア・ゲ・ル♪」


 ストローを手にすると、パピメリオが息を吸い込む。


 ピンク色の光景は魔族によってゆっくりと吸い上げられ、人々の思念が生み出した幻想の花畑は枯れていった。


「ん~~美味しいなぁ。ぼくは人間が大好きなんだ。だからこれからも、もっともっと島を発展させなきゃだね。ほんと賢者とかいうヤツのおかげで楽できちゃったし、このままじゃぼく、太っちゃうかも」


 パピメリオはどうやら人間に好意的な魔族のようだ。


 だが、必ずしも人間の方は彼を受け入れるとは限らないだろう。


 さて、この場で倒すこともできるのだが、問題は集められた男女が人質というところにあった。


 今は息を潜めてパピメリオが“食事”を終えるのを待つより他ない。


「ぷは~~♪ うーん、けど、そろそろ他の欲望も味わいたいなぁ。カップルの甘い味もいいんだけどね。そろそろ火山島から他の場所に支配地域を拡大しちゃってもいいかも。じゃ、また欲望をたっぷりため込んで、遊びにきてね~」


 楽しげに笑うと、パピメリオの身体が無数の蝶の群れとなって火山の頂上付近へと羽ばたいていった。


 気配が消えたところでステラの口と目から手を離す。


「な、な、なんで目まで覆ったのよなにも見えなかったじゃない」


「ステラさんには刺激が強すぎますからね」


 さて、どうしたものか。今はまだ良くとも、いずれパピメリオは集めた魔法力で領土を拡大しかねない。


 ならば大神官としてやることは決まっているな。

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