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ベリアル……天(そら)へ

 こうして俺の指揮下に入ったカノンを中心に、野菜の下ごしらえを進めつつ、肉を切り串に刺した。


 魚介類は二枚貝や巻き貝に、大人の腕ほどもある巨大海老だ。


 ゴツゴツとした鎧のような外殻をしており、やたら立派な海老様である。


 こいつらは酒と塩でも振って、バーベキューコンロの網の上で焼くだけで十分だろう。


 柑橘レモンを搾るかどうかでケンカにならない事を祈るばかりである。


 そうこうしているうちに、筋肉軍団アレックスのところの若い衆が、酒の樽と新鮮なイカを荷車に満載してやってきた。


 どうやら火山島近海で獲れる特別なイカで、黒だけでなくピンクやグリーンなど、カラフルな墨を吐いて飛び回るのだとか。


 飛ぶように逃げるのを捕まえるのに、下ごしらえの準備を取りやめて全員がかりだ。


 ウナギの掴み取りならぬ、イカキャッチである。


 活きが良すぎてそこら中が色とりどりの墨まみれになったのだが、捕まえたイカはアイスピックを手にしたキルシュが一匹ずつ確実に急所突きをして、きっちり活け締めにした。


 やたらと手際が良い。


 暗殺者が役立つとは意外だが、アコとカノンがキルシュの技を使って火山で経験値を荒稼ぎしたというのも、嘘では無さそうだ。


 墨の掃除は持ってきた責任と、若い衆が片付けを申し出てくれた。


 掃除をアコたちに任せると余計に汚れが拡大しそうだったので、ありがたくお願いするとしよう。


 もろもろ準備を終える頃には、すっかり暗くなっていた。


 魔力灯カンテラを照明にしつつ、ボヤっと静かに赤熱する炭火をおこしてバーベキューコンロの準備もできたところだ。


 若い衆たちも誘ったのだが「知らない人間が混ざっても団らんできんでしょ。おれらはおれらで浜辺でおっ始めますんで」と、帰っていった。


 ああ、なんて気持ちの良い青年たちだろう。分別をわきまえつつこちらに気を遣ってくれるだなんて。


 彼らのマッスルの一部を移植すれば、勇者や魔王も少しはまともになるのだろうか。


 炭火が十分に温まったところで、ステラが首を傾げる。


「こんなのでちゃんと焼けるのかしら? ねえ、もうちょっと火力足す?」


 どうやら手伝いたくて仕方が無いらしい。誰かの役に立ちたいとは、健気な魔王様だな。


「お気持ちは大変ありがたいのですが、ステラさんはニンジンの皮むきもしましたし、ピーマンの種もすべて取り除くという偉業を成し遂げました」


「あらわかってるじゃない」


 皮肉のつもりで言ったわけでもないのだが、魔王様も満足げに胸を張る。


「ですので、後のことは下々の者にお任せください」


「しょうがないわね。火加減は得意なんだけど、今回は特別に火の番を譲ってあげるわ」


 本日のメニューは肉と野菜の串焼きに、海鮮バーベキューと即席のガスパチョ。そして焼きイカという取り合わせだ。


 ふと見ると、酒樽に抱きついて頬ずりしながら、完全に顔がとろけて弛緩しきっているベリアルの姿が目に入った。


 一旦、バーベキューコンロから離れて確認する。


「何をしているのですかベリアルさん?」


「いや、飲めないのであればせめて……樽に抱きつき皮膚からかすかな酒気を吸収しようとなどしていないぞ!」


 途中までダイナミック自白しつつ否定していくスタイル、嫌いじゃない。


「もう諦めて飲んでもいいのですよ?」


「い、いや、わたしはあくまで……いや、今のは魔族だとかとはかかっていないからな」


 樽を抱いたままキョロキョロとアコたちがいないことを確認するベリアルは、いつにも増して饒舌だ。飲む前から酔っ払っているようなテンションだ。


「いいかセイクリッドよ。もし、何者かの襲撃に遭った場合に、盾となり身を挺してステラさまとニーナさまをお守りしなければならないわたしが、酒に酔い潰れてなどいられないのだ」


 ぎゅうっと酒樽に抱きついて、あわや樽ごと潰してしまいそうな力の込めようだ。


 俺は周囲に誰もいないのを確認してから、ベリアルに耳元で囁いた。


「そういうセリフは私より強くなってからにしてください」


 途端にベリアルが柳眉を上げる。


「なんだと!? イヤミかきさま!」


 せっかく彼女のプライドが傷つかないよう、耳打ちしたのに台無しだ。


 俺は腕組みして溜息をついた。


「独りで飲むのは寂しいでしょうから、私もお付き合いしますよ。まあ、ほどほどにですが……弱いベリアルさんは存分にお酒を召し上がってください。特別な蒸留酒だそうですし」


「わたしは弱くなど……」


 と、言いながらベリアルはゾクリと身を震わせた。薄い館内着ローブの下で、大きな水蜜桃をぶるると揺らす。


 俺に敗れたトラウマがフラッシュバックでもしたのだろう。


「ここに強い大神官がいて、まあ、ないとは思いますが万が一の時には貴方ともども、皆さんをお守りいたします」


「そんな言い方をされては飲めぬ! 飲めぬぞ!」


「では仕方ありません。この酒樽は先ほどの若者たちに引き取ってもらいましょう。せっかくここまで汗水流して運んでくれたのに、ああ、もったいない」


 ベリアルは言いながら胸をぎゅっと樽に押しつけるようにして、ますます食い込むように抱きついた。


「ああ、そうしろ! そうしてくれ!」


 口は嘘つきでも、身体は正直である。態度が絶対にノウと俺に答えを突きつけているじゃないか。


「さあ、楽になっておしまいなさいベリアルさん。欲望を解放するのです」


「う、ううぅ……もう……ゴールしてもいいのか?」


 俺は無言でゆっくりうなずいた。


 泣き崩れるようにしてベリアルは「今夜は飲むぞぉぉ」と嗚咽混じりに宣言する。


 やっと折れたか。まったく手間のかかる女騎士だ。


「飲むぞおお! 飲むぞおお! 飲むぞうおォン!」


 飲む前から早くも泣上戸である。今夜はベリアル無双になりそうだ。ここはバーベキュー序盤から蒸留酒ストレート勝負を仕掛けて、とっとと潰してしまおう。


 余った酒は、管理棟に持っていって他の宿泊客に振る舞えば問題無い。


 というわけで、幸せな記憶を抱いて天に還るがいい上級魔族ベリアル

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