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信じて送り出された俺だがアコがゴリラ並だということを忘れていた

 入り江の浜辺からコテージに戻ると、キッチンは凄惨なる状況だった。


 食材を切って串に刺すだけだというのに、ピーマンは種付きだったりまるごと串に刺され、タマネギはくし切りでも輪切りでもなく、なぜかみじん切りにされていたのである。


 ニンジンはかろうじて輪切りになっていたのだが、当然のごとく皮がつきっぱなしだった。


 かろうじて、メイン食材である肉や魚の下ごしらえには至っていなかったらしい。


 ニーナがやったというなら微笑ましいのだが、彼女の仕事はこうである。


「あのね! 包丁はあぶないから、ニーナはお野菜とかを串にくしくしするのです」


 戦犯――ニーナ以外の女子一同。任せてと送り出したアコは今、涙をボロボロとこぼしていた。


「セイクリッドぉぉぉ! タマネギを剥いていったらなくなっちゃったんだよぉ! そしたら急に哀しくなって泣けてきちゃってさぁ」


 エプロン姿でアコは俺に泣きついてきた。


 ゴリラかな? 頭ゴリラかな。いや、まだゴリラの方が知能が高いだろう。


「アコさんに任せた私の責任です。しかし、バラしたタマネギがどうしてみじん切りになるのでしょう」


 スッとアコが指差した先で、キルシュが両手に包丁を持ってリズミカルにタマネギを切り刻んでいた。


「ふんふふんふふーん♪ あ、お帰りなさい」


「キルシュさんはどうしてタマネギをみじん切りにしてしまったのでしょう?」


「え? ハンバーグ作るんじゃないんですか?」


 質問に質問で返すな。


「挽肉はあいにく買ってきてはいませんよ」


「なら、そこいらのカップルをミンチにしましょう」


 なにそれ怖い。考え方がサイコ的なパスである。


「ハンバーグは作りません。とりあえず山盛りのみじん切りは……私にお任せください」


 こうなってしまうと使い所が難しいのだが、様々な飲み物が揃った冷蔵室に、トマトジュースがあったはずなので利用して冷たいスープにでもしてしまおう。


 と、冷蔵室の辺りに視線を向けると、その前に張り付いて何度も開け閉めしながら、指をくわえる薄褐色肌の美女の姿があった。


 女子力低めシスターズの中では、比較的まともな方から数えられるベリアルである。


 彼女の元に行き、確認した。


「おや、麦酒は未開封ですか」


「な、な、なな、なんだきさま!? 帰っていたならいたと言え!」


 俺が戻ったことに気づかないほど、この護衛役は心を麦酒に奪われているらしい。平たく言ってポンコツである。


 お尻のあたりをそわそわさせるベリアルに、俺は溜息をついた。


「中からトマトジュースの瓶を取っていただけませんか。調理に使いますので」


 他にはキュウリや生のトマトに赤ピーマンとセロリあたりか。細かく刻んでジュースと合わせ、塩胡椒にオリーブオイルとワインビネガーで味付けした簡易ガスパチョといった感じだな。


 ベリアルは麦酒の入った瓶を手にして涙を浮かべた。


「もう、いっそきさまが飲んでくれ。このようなものがあるから、心がざわめくのだ」


「トマトジュースの瓶をお願いしますね」


「くっ……生殺しも大概にしろ! 鬼! 悪魔! 聖職者!」


「最後だけ合ってます」


 仕方が無いので自分でトマトジュースの瓶を取り出して、手を洗いサッと一品調理を始めたところで、ニーナが隣にやってくる。


「なにかななにかな~」


「野菜の冷たいスープですよ。ああ、ところでステラさんたちは?」


「あのね、バーベキューの練習だって」


 手早く野菜をカットしてボウルに入れると、調味料をファッサーとふりかけ和えるように混ぜ合わせてから、冷蔵室に戻す。


 そのまま一度コテージから出て、裏手のバーベキューができるスペースに向かった。


 ステラが魔法力をため込んでいる。


「あの、ステラさんなにをなさっておいでですか?」


「み、見ればわかるでしょ? 紅蓮の業火でありとあらゆる食材を焼き尽くすため、魔法力を結晶化してるのよ」


「やめてください。島ごと吹き飛ばすつもりですか」


 足りないのは女子力ではなく常識なのだと、ここに至ってようやく俺は自身の見識を改めた。


 ステラはほっぺたを膨らませて「えー!」と文句を垂れる。


 えーって言いたいのはこっちだぞ。


「さて、眼鏡がいないようですね」


「そういえばカノンはどこかしら?」


 眼鏡で通ってしまうあたり、カノンという人物の共通認識は確固たるものになったな。


 俺はその足でコテージ周辺をさっと散策する。


「カノンさんどこですか? あの惨状を止められなかったことを悔いて、自害などしようものなら蘇生後三倍の恐怖と絶望に打ちひしがれていただきますよ。もしくは一生眼鏡が曇り続ける呪いをかけて差し上げましょう」


 ルールルルルとキタキツネを呼び寄せる感覚で俺が呼ぶと、薄暗い茂みの中から眼鏡ことカノンが恐る恐る顔をのぞかせた。


「う、うう! あんまりであります! 眼鏡が曇り続けるなんて死んだも同然でありますよ!」


「戦闘時以外は常識人枠として振る舞ってもらえるものと、かすかに期待していましたが、あの惨状を放置して逃げ出すとはいったいどういうつもりですか後輩」


 カノンはうつむいて左右の手の人差し指を胸元でツンツンとつつき合わせながら呟く。


「あの状況を自分のような人間にぎょせというのでありますか?」


 いかん、ある意味正論だ。言われてみればぐうの音も出ない。


「まったく、仕方ありませんね。今から料理の下ごしらえを建て直します。手伝ってください」


「おお! さすがでありますな先輩」


 せめて皮付きニンジンの皮くらいは剥いてもらわなければなるまい。


 仕事を振ればそれなりにできるのだが、一日も早く、この神官見習いには自主独立の精神を養ってもらいたいものである。

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