市場調査
だんだんと陽が傾いて、さすがに太陽に祝福された南の島といえども、陰影は深くなり木陰や物陰に闇が広がりだしていた。
市場でフルーツ類などを買い物がてら、そろそろ店じまいという露天商の何人かにあれこれ聞いてみる。
特に困った事もなく、村は今が一番幸せなのだそうだ。
過去には貧しい漁村であり、温泉があっても観光客など滅多にやってこなかったという。
日焼けした中年太りした露天商が、白髪交じりの髭を撫でて俺に告げる。
「それが今じゃあ本土から、毎日毎日たくさんのお客さんで賑わって、信じられないくらいですよ」
「景気が良いのはなによりです。しかし、ずいぶんと急じゃありませんか?」
「ん、まあ、俺らにもよくわからないんですけどねぇ」
一瞬、露天商が避けるように視線を落とした。
「過去になにかあったのではありませんか?」
「その話はよしてくださいよ。いや、お客さん! たっぷりとこの島を楽しんでいってくださいね!」
一つマンゴーをオマケして、露天商に体よく追っ払われてしまった。
よそ者には話しづらいことだろうか。男の笑顔もどこかぎこちない。
が、深追いして警戒されるのも、聞き込みしにくくなる。
今度は酒場に出向いて、酒の話を訊いてみた。
南国めいた花柄シャツ姿の若いバーテンダーは、グラスを磨きながら「いやあるにはあるけど、今じゃ定期船で大陸から運んでくる麦酒の方が人気ですよ。どうです一杯?」と、こちらも隠し事をしているような素振りだ。
つい、目に力が入って少々強めの視線を送ってしまうと、バーテンダーは慌てて手からグラスを落っことした。
テーブルに落ちる寸前のところで、俺はサッとグラスをかっさらう。
「気をつけてください」
「あ、ありがとうございます。というか、お客さんいったい……」
「私はただの詮索好きな旅行者ですよ。しかし残念ですね。麦酒なら王都でもどこでも飲めますし」
バーテンダーは「それでも普段とは違う環境で飲めば、味だって美味しくなるもんですって」と、これまたやんわりと話題を遠ざけられてしまった。
愛想笑いでバーテンダーは俺に告げる。
「うちに卸してくれている店を紹介しますよ。あと、そうそう……お客さんは冒険が好きみたいなんで、先に教えておきますけどね」
箝口令にも例外があるのだろうか。
「なんでしょう?」
「実は島の温泉には二種類あって、お客さんが宿泊しているコテージの管理棟のは、海水が火山の地熱で温まったものなんですけどね……実は火山の方まで行くと硫黄泉があるんです」
「それは耳よりな情報ですね」
「おっとっと! 待った! ガイドに訊いたりパンフレットで見てなかったんですか? 火山には恐ろしい魔物がうようよいて、先日も冒険者の……たしか自称勇者の御一行が全滅したんですよ。たまに温泉好きが硫黄泉を求めて、行っちゃうもんだから。この通り、島には教会はもうありませんし、無茶して行方不明になんて、ならないように気をつけてくださいね」
ヘラヘラっとした口振りでバーテンダーは俺に酒屋への招待状代わりなメモを一筆書いて渡す。酒屋までの簡単な地図も描かれていた。
なるほど、重要情報の提供だ。
この島の教会は“もう”無いのだ。かつてあったのであれば、いったいなぜ無くなってしまったのか。
ただのバカンスで終わらないかもしれない。そんな予感を抱きながら、酒場を出るとメモにある地図を頼りに、俺は市場通りを抜けて少々寂れた村の外れにやってきた。
酒屋の看板を見つけたのはいいのだが――
「へっへっへ……なあ旦那よぉ。なにかお探しみたいだなぁ?」
酒場の戸口の前に、上半身裸の筋肉隆々な男たちがずらりと並ぶ。
中心には、ひときわ分厚い筋肉の鎧に身を包んだ巨体がある。
「さっきはやってくれたじゃねぇか。なあ旦那ぁ」
温泉の内風呂を占拠していた筋パンマンことアレックスと、愉快な手下たちだ。
「どうしてこうも私の行く先々で邪魔をするのですか?」
今度はもう少し長く眠ってもらう方がいいかもしれない。果物がいっぱいの籠をそっと地面に置くと、俺は光の撲殺剣を手のひらから引き抜いた。
と、アレックスが半歩下がって情けない声を上げる。
「ひいぃ! 待ってくれ旦那! こっちの話も訊いてくれって!」
「他人の話を訊かない方の、どうしてその言葉を信じられましょう」
「風呂じゃ悪かった。けど、ああするしか無かったんだ!」
アレックスの瞳が必死に俺に訴えかける。
まあ、確かに仕返しをしようと人数を集めたにしても、俺に勝とうと思うなら待ち伏せだけでは物足りない。
有無を言わさず奇襲を仕掛けてこなかったのも、本当に話合いの意志があるからだろうか。
「良いですか。下手な芝居を打ったなら、こちらとしても相応の返礼をすることになりますよ」
アレックスだけでなく、手下たちも首の腱がおかしくなりそうな勢いで、何度も首を縦に振る。
怯えている。いったいどんな恐ろしい目に遭ったというのだろう。いや、遭せた俺がいうことでもないのだが、物理的に心胆寒からしめたのが、お灸になったらしい。
アレックスが俺を手招きする。
「ともかく村の連中に見られちゃ困る。ちょっとこっちへ付き合ってくれよ旦那」
「そうやって暗がりに連れ込んで、私にスクワットやベンチプレスといったハードなトレーニングを課すつもりではないでしょうね」
「ないないありませんって! この鬼が笑うと言われた広背筋にかけて!」
リーダー格はこちらに背中を向けてキレキレのポージングを決める。
これが精一杯の誠意の証らしい。付き合ってどうこうされることもないだろう。
村人たちから情報が引き出せない以上、自分たちから話してくれそうな彼ら筋肉軍団は、貴重な情報源になり得るかもしれない。
「いいでしょう。案内してください」
アレックスが指をくわえて吹き鳴らした。
「陣形展開モストマスキュラーだ野郎ども!」
部下たちが俺を取り囲み、筋肉の壁を作って歩き出す。先陣を行くのはアレックスだ。
「みなさんに守っていただく必要はありませんが……」
身体をひねるようにしてサイドチェストのポージングを繰り出しつつ、アレックスが振り返った。
「いやね、旦那みたいな島外の人間が、観光向けじゃない場所でうろつくと目立つでしょう? そこは俺らがうまくカバーするんで、まあ大船に乗ったつもりでいてくだせえって」
半裸の筋肉男たちの集団が練り歩いている方が悪目立ちする気がするのだが、酒屋には入らず彼らの先導に身を任せると、俺は村の裏手にある小さな入り江に通された。
漁船がいくつも並んでいる。魚を獲る投網やらが浜辺に並べられて干されていた。
西日がだんだんと傾斜を深くして、空が赤く染まり始める。
影が伸びて入り江は薄暗い。
こんな場所に屈強な男たちに囲まれて、なにも起こらないわけがないか。
やはり罠で、用心棒でも出てくるのかと心の中で嘆息したのだが、アレックスが合図で俺の囲いを解くなり、向き直って跪く。
「まだお名前も伺っておりやせんが、旦那の強さは半端ねぇ。さぞや名のあるお方とお見受けしたぜ」
「いえ、そのような者ではありません」
アレックスだけでなく、他の手下たちもまるで王に忠誠を誓う騎士のように、白い砂の浜辺に膝を着く。
代表してアレックスがゆっくり頭を上げて、俺の顔を見つめた。
「単刀直入に申し上げるぜ。この村は……魔族のために作られたんだ」
つい俺の口から「ほぅ」と声が漏れた。
「ほ、本当だ! 嘘じゃねぇ」
俺はゆっくり頷くと――
「何やら楽しそうなお話ですね。詳しくお聞かせ願えますか?」
「は、は、はい! 喜んでぇ!」
観光客の男を管理棟の温泉でふるいに掛けた結果、すっかり見込まれてしまったらしい。
しかし、船の上といい旅行先といい、最近はつくづく魔族に縁があるな。
これも大神官の徳が引き寄せるのか。もちろん、見過ごすわけにはいかないな。




