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湯上がりの閑話

 別に今、温泉に入れなかったことはこの際目をつむるとしよう。


 たまたま頭のおかしな客が男湯を占拠しており、偶然ステラたちが混浴露天風呂にいたからこうなっただけである。


 そのどちらも揃った状況というものが、千年に一度あるかないかという確率なのだから。


 管理棟一階ロビーの休憩所で、少女たちはサービスされた瓶入りのフルーツジュース手に掲げた。


 全員、色とりどりの花柄があしらわれた、ゆったりめの館内着ローブに着替えている。男性向けは同じく花柄の開襟シャツにハーフパンツだった。サンダルも貸し出される至れり尽くせりぶりである。


 女子一同は円陣を組むと、ステラが中心で音頭を取った。


「というわけで、ここのところずっと大変だったけど、こうしてみんなで素敵な旅行ができて良かったと思います。乾杯!」


 号令に一同「かんぱ~い!」と声を揃えた。


 さぞや風呂上がりのフルーツジュースは美味しかろう。大きな樽に敷き詰めた氷水から取り出すと、ビンが結露に濡れて表面が曇るほどジュースは冷え冷えだ。


 ステラが半分ほど一気に飲んでから、鼻から抜けるような息を吐いた。


「んん~! 最高なんですけどぉ」


「おねーちゃ、お口にジュースついてますから」


 ニーナが背伸びをしつつハンカチでステラの口元を軽くトントンっと拭った。


「夕飯前だけど、みんなで半分ずつわけっこして蒸しパン食べない?」


 アコの提案に少女たちが「それだ!」と瞳を輝かせる中、ベリアルが珍しく俺を気に掛けるように隣にやってきて、長椅子に座ると軽く肩を「ぽんぽん」と叩く。


「いや、済まなかった。男湯の惨状を知っていれば、その……一緒に入るのはさすがにまずいと思うのだが……ああいった連中に絡まれたのであれば、混浴と知らず露天風呂に待避するのは自然な流れだ」


「いえ、良いんですよ。入浴施設は深夜0時まで開いているそうですから、空き時間にゆっくり独りで入ろうかと思います」


 ロビーで事情をステラたちに説明していたところで、男湯の筋肉軍団が湯あたりして担架で運ばれていく行列が通りかかった。


 リーダーのアレックスは意識を失っていたはずだが、筋肉が覚えていたのか担架の上で見事なアブドミナル&サイのポージングを披露していた。


 さらに露天風呂へと続く看板については、女湯の方も“混浴”の二文字がにじんで消えていたらしい。


 ベリアルは「そうだな。その時はわたしも付き合おう。いや、こ、混浴ではないぞ」と頬を赤らめる。別にその必要は無いのだが、これ以上蒸し返されるよりは、素直に「はい」と返しておこう。


 売店ではステラたちが蒸しパンだけでなく、土産物の物色に精を出していた。


 ドライフルーツを使った一口サイズの焼き菓子やら、民芸品のキーホルダーなど、品揃えが実に観光地らしい。


 もはや蒸しパンそっちのけで「かわいー!」を連呼するのを見ていると、エノク神学校での修学旅行を思い出した。


 そう言う意味では、少しお姉さんなベリアルは俺と同じく保護者というか、一緒に盛り上がれないのも仕方の無いことかもしれない。


「ベリアルさんのことはいつも頼りにしてしまって、私の方こそ感謝の言葉もありません」


 と、ベリアルがアメジスト色の瞳を丸く見開いた。


「きゅ、急になにを言い出す!?」


「いえ、これからもどうぞよろしくというくらいで、他意はありませんよ」


「そ、そうか。ええとだな……」


 薄褐色肌の美女の視線は自然とステラとニーナ姉妹を追いかけている。身に染みついたクセなのだろう。


「あのように楽しげなステラ様やニーナ様は初めてだ。もし、きさまがやってこなければ、こうはならなかった。だからその……わ、わたしもきさまには……か、かん……しゃ、しなくもないぞ」


 どこかぎこちない笑みで不器用に声を震えさせるベリアルを見ていると、まるで俺が脅迫でもしているような気がしてしまった。


「はぁ……そのように緊張した顔で言われると、私が感謝の言葉を強要したようではありませんか」


「くっ……う、うるさい! いちいち細かいやつめ!」


 大神官を憎らしげににらみつける顔の方が、上級魔族ベリアルには自然だった。


 と、ベリアルが急に顔を近づけて俺に迫る。


「と、時にその……風呂上がりにフルーツジュースも良いのだが……いや、なんでもない。いいんだ訊かなかったことにしてほしい」


 薄布の館内着に包まれた丸い尻をムズムズもぞもぞとさせてから、ベリアルはスクッと立ち上がった。


 ああ、これはアレだな。


 酒だな。間違いない。マリクハでも飲みそこねていたことだし、せっかく開放感溢れる南の島で専用拘束衣を着てまで乾杯というのも風情にかける。


 かといってベリアルの方から「お酒が飲みたいです」とステラに言えるわけもない。


 彼女はあくまで魔王と妹君の模範にならねばならないのだから。


 だが、そんな魔王城三姉妹の長女ベリアルも、誰かに仕方なく付き合わされてしまうのであれば、飲む口実もできるというわけだ。


 たしかコテージの冷蔵室にも瓶入り麦酒が二本ほど入っていたが、到底足りるものでもない。


 それに麦酒なら同じものが王都でも港町でも飲めると言えば飲めてしまう。


 散歩がてら、市場方面に出て火山島名物の酒を探してみるとしよう。


 俺は少女たちで賑わう売店に向かう。ちょうど、会計待ちでぼんやりしていたアコに声を掛けた。


「せっかくですので市場で食材や飲み物の追加分を買ってきます。先にコテージに戻って夕飯の準備を進めておいてください」


「え!? 一人で大丈夫? ボッチこじらせてセイクリッド死んじゃわないよね」


 アコが黒い瞳をクリクリさせる。


「私をなんだとお思いですか。初めてのお使いじゃあるまいし。では、よろしく頼みますね」


「あいあいさー!」


 ここでアコに着いてこられると少々厄介だったのだが、彼女も今は蒸しパンに意識が乗っ取られてしまっているらしく、食い下がってはこなかった。


 これで良し。


 俺は管理棟を独り出て、西日がだんだんと勢いを弱めて涼しい風が吹き始めた島を、独り歩く。


 一度、監視の目を感じて以来、気のせいかと思うようにしてきたのだが――


 建物を出るまでの間、管理棟の従業員たち複数の視線が追ってきていた。


 なにをされたというわけでもないのだが、俺はあまり島民に歓迎されていないのだろうか。


 神官不在の火山島で、心の神官服が身に染みついている俺のような生粋の聖職者は、どうにも浮いてしまうらしい。


 これが一部の人間の反応なのか、村人たちの総意なのかも計りかねるな。


 市場通りで買い物ついでに情報も集めつつ、状況に応じて監視者とおぼしき人物を人気の無い場所に誘い込んで尋問……ではなく「なぜ見ているんですか?」と確認してみよう。


 据わりの悪さを正すには、直接対話が手っ取り早い。


 しかしこの緩い監視、いや、単に女性に囲まれて男が一人で、しかも聖職者風となれば、好奇心から衆目を集めただけと言われればそれっきりだが……。


 一度気になり出すと悪意や敵意ではない奇妙な注目というものは、少々やっかいなものである。

※書籍版本日発売日☆

書籍化にあたっては皆様により楽しんでいただけますよう、完全新作短編を収録いたしました。

主役となるのはニーナちゃん。幼女のカワイイ質問が世界を二つに分断する大戦を巻き起こす?

へいろーさんが描く素敵なイラストは、カラーももちろん良いのですが、モノクロではちょっぴりエッチな展開もあったりして必見です。

web版をベースにさらにパワーアップした書籍版、お楽しみあれ!

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