お風呂でやりたい放題
女子勢はみな、長い髪をアップにするなり手ぬぐいやタオルでまとめあげるなりと、普段とは違う、うなじが自然と強調される髪型をしていた。
しっとり濡れた肌は艶々としていて、温泉の効能が早くも出始めているのかとさえ思えてくる。
が、状況はリラックスとはほど遠い。
露天浴場で立ち止まる俺に、勇者の少女はキョトンとした顔だ。
「なにぼーっとしてるのさセイクリッド? もしかしてボクの裸に見とれちゃった?」
無防備な胸は水滴に濡れてキラキラと光って見えた。
と、そんなアコに続いてニーナが石造りの浴槽から、バシャッと水音を上げて立ち上がった。
「わーい! セイおにーちゃだぁ! ニーナといっしょにお風呂ですか?」
日焼け止めのおかげで白い肌はそのままに、太陽のような笑顔を浮かべて両腕を万歳させる。
小さな手。ほっそりとした手足。薄い胸にストンとした腰回り。まだ幼い体つきを惜しげもなく晒――そうかというところで、むっちりとした薄褐色のお尻と背中と美脚が、俺の視線を遮った。
「ニーナさま。まだ百数えておりません」
ベリアルがとっさの機転を利かせて、ニーナを庇う。無論、普段であればベリアルは幼女を背中に守るようにするのだが、もしそのようなことをすれば俺に向けられたのは、お尻ではなく前側だっただろう。
ちなみに、カノンとステラは俺から視線を外して向かい合い、口元までお湯の中に沈んで「ぶくぶくぶくぶく」と、何やら泡で会話をしている。
ちなみに眼鏡は置いてきたようで、カノンの個性は温泉という場において消失した模様。
二人の泡会話は解読班が結成されるまでもなく、俺への呪いの言葉と見て取れた。
キルシュは石造りの浴槽の端っこにするするする~っと逃げると、俺に背中を向けて「も、もももうセイクリッドさんとはある意味無関係といいますか、許嫁でも婚約者でも恋人でもないので困っちゃうなぁもう」とブツブツ呟く。
どれでもなかったぞ。ついこの間まで、俺とお前は暗殺者と標的の関係だ。
アコが腕組みして大きな乳房を前腕で持ち上げるようにして溜息をついた。ツンとした口振りだ。
「んもー! っていうか前くらい隠せばいいじゃん」
「貴方がそれを仰いますか」
棒立ちの俺の股間を勇者は指差した。
ここは混浴なのでレギュレーション的には問題無いはずだ。
詭弁ではなく事実である。
恥ずかしさとは、むしろ隠すことによって発生するのだから。
アコは浴槽から出て、俺の方にやってくる。
「ニーナちゃんも待ってるし、ほら一緒に入ろうよ?」
これはもしや、わざとなのだろうか。天然の二文字ではアコの大っぴらさに説明がつかない。
西日の逆光に俺は目を細めた。このままおめおめと引き下がれば、筋肉風呂。
前に進めばそれはそれで、今まで模範的な大神官として努めて勤め上げてきた、俺の清廉潔白な人柄と品格に、疑問の余地が生まれかねない。
アコがニッコリ微笑んだ。
「恥ずかしいなら目を閉じてればいーじゃん?」
「それでは大自然の風景を楽しめませんからね」
目を閉じるだなんてとんでもない。
が、なんとしてでも温泉に入浴する。
強い決意にベリアルが首だけこちらに向けて吼えた。
「とっとと男湯に戻れ大神官!」
「いやです」
事情の説明をしづらいのだが、ハッキリとした意思表明にベリアルはますます顔を赤くした。
その後ろからニーナがちょこんと顔を出して、俺に告げる。
「おにーちゃだけ仲間はずれさんはかわいそうだもんねー」
いつだって俺の味方は幼女だけだ。少女はわかってくれない。
ついに泡会話を中断して、ステラがニーナの後ろに隠れて俺を指差した。
「そ、そ、そんなに女の子とお風呂に入りたかったわけ!?」
「違います。男湯が嫌なだけなのです」
「同じ意味じゃない!」
いかん。どうもステラは勘違いしている様子だ。
なんてやりとりをしている間に、スキップしながら胸を躍らせてアコが俺の前までやってきた。
あと一歩というところで。
つるんっ!
「きゃああああああ!」
珍しく少女らしい悲鳴を上げて、足を滑らせたアコが俺の胸に文字通り飛び込んでくる。
怪我をさせないよう、なんとかアコの巨乳……もとい身体を受け止めたのだが、どうも殺意敵意殺気などがない動きに鈍感なのか、俺も一緒に足を滑らせて後ろに倒れてしまった。
顎を引いて後頭部を石の床に打ち付けることだけは回避したのだが、俺の胸の上にアコの果実が二つ、押しつけられた水饅頭のように変形して密着する。
「だ、だ、大丈夫セイクリッド?」
慌てて身体を起こそうとしてアコは床に手をつくが、それも滑らせて俺の胸の上で大きな水蜜桃を何度も寄せては返す波の如く打ち付けた。
温泉でほぐれてしっとりと吸い付くような少女の肌の感触が、俺の身体の上を這い回るようにいったりきたり。
「これがセイクリッドの身体なんだぁ。ところで男の人のおっぱいってなんであるんだろ? ちょっと吸ってみていい?」
「だめです」
「じゃあボクのを先に試してみる?」
「そういう問題ではありません」
「本当にセイクリッドってカッチカチのカタブツなんだから。もうちょっとリラックスした方がいいと思うよ?」
「誰のせいでできないと思っているんですか?」
「あれ? そういえばなんかお腹の辺りに当たるんだけど。ちょっと硬いような……」
俺にぴったり張り付くように乗ったまま、アコはお尻をムズムズと揺らした。
と、同時に浴槽の方から声が上がった。
「あ! ねわざごっこだ! ニーナもやるうー!」
戦闘シミュレーションゲーム「ぴーちゃふぁいたー」のモーションにあった縦四方固めと勘違いしたのか、バシャバシャと水音を立ててニーナがこちらに近づいてきた。
「あ、あわわ、危ないでありますよ! ここは眼鏡をしていない自分が、めがねめがねという感じで見えていても見えなかったていで行動するので、ニーナちゃんはお風呂にいてほしいでありますよ!」
説明的なセリフで色々白状する神官見習いの将来が心配だ。
「だめよニーナ! 走ったら床がつるつるで危ないわよ!」
「ステラ様! 走らなくとも危ない状況ですから!」
ニーナを追うカノンと、止めようとするステラ。さらにそれを追いかけるベリアルが、一斉にアコを引き剥がしにかかる。
「あ! ちょっとみんな無理矢理はよくないよ!」
「ニーナうでひしぎしたいー!」
「はわわなにも見えないでありますよー」
「見えないって言いながら的確にセイクリッドに抱きつこうとしてるじゃない。っていうかセイクリッド目を閉じて! アコをあたしがどうにかするまで絶対こっち見ちゃだめなんだからね!」
見るなというのが無理な相談だ。しかもアコのやつ、俺の脇から下に腕をスルリと潜り込ませて、がっちりホールドして離さない。
「みんな危ないから! ほら、ボクならこのままで大丈夫なんでおかまいなく~!」
キルシュだけは「ま、まぁどうしてもっていうのなら、婚約破棄を破棄して再契約というのもいいんですけど」と、相変わらず独自の世界を構築していた。放置推奨だな。
このままでは収拾がつかないため、俺は魔法を行使した。
不思議な霧で敵の攻撃の命中をかわす幻霧魔法だ。
湯気が吹き上がったような濃霧に辺りが包まれた隙に、なんとかアコのロックを解除してすり抜ける。
「あ! ちょ! 真っ白すぎてなんも見えないけど、セイクリッド危ないよ! こういうときは動かない方がいいんだって。露天風呂で遭難しちゃうよ?」
「真っ白白スケが出て来たでありますよ! ああ、けどこの状態ならセイクリッド殿がいっしょでも……え? ダメでありますか?」
「ど、どこからくるつもりだ大神官!? 右かっ!? 左か!? ま、まさかわたしの股の下をくぐって出てくるつもりではあるまいな!?」
「ふえええ、湯気すっごいのです」
「み、みみみ、みんな落ち着いて。大丈夫よ。この手の魔法はそのうち消えるんだから。というか、すぐに解除しなさいよ。もちろん男湯の方にセイクリッドが引っ込んでからだけど」
白い闇の中、声ばかりが交錯した。
十センチ先も見えないほどの、濃霧のような湯気というか湯気のような濃霧である。
ステラが言う通り、このまま謎の湯気的な霧を出し続けても、露天風呂のメリットである豊かな眺望や、自然の美しさを目で楽しむことができない。
そろそろいいだろう。
俺は幻霧魔法を解く。と、同時に光属性の魔法を構築し、女子一同に放った。
「追従式光球魔法」
光属性のこの魔法は、輝く帯のような光球を発生させ、対象につきまとわせるというものだ。
物理的な威力や干渉はなく、ただ「すごい光がなんかすごい」という、ふわっとした効果しか得られないのだが、こと温泉という場面においては、最強魔法になり得るのである。
全員の身体を光の球が隠した。が、分散させたこともあって、全身を光で包むことができたのはニーナだけだ。
他の女子一同には悪いのだが、特に問題になりそうな部分のみを薄く消させてもらった。
激しく発光したニーナが自分の身体を見て目を丸くする。
何かの覚醒シーンのようだが、魔王の妹君はマイペースである。
「うはぁ……おねーちゃすごいね。温泉入ったらお肌すべすべでピカピカになっちゃった」
「ニーナは温泉に入らなくてもすべすべだし、ピカピカは……って、ちょっとセイクリッド! やるなら全員ニーナみたいにしてよ!」
アコが自分の胸と、さらに腰より下をちらりと見る。
「なんで胸の先っぽとここだけ光らせてるの? なんか、逆に怪しくない?」
ベリアルはその場でぺたんとお尻をついて、胸を腕で隠すと冷たい石床にうずくまった。
「ひ、光に陵辱を受けるとはッ!? くっ……なんという屈辱だ!」
カノンは「自分はとびきり光る面積が少ないであります。不公平であります!」と、一瞬、俺をガン見してから硬直する。
「眼鏡がなくとも、ちゃんと見えているようですねカノンさん?」
「み、見えないであります全然見えないでありますよ」
カノンは両手で顔を覆った。
気づいてステラたちの視線が俺に集まる。ニーナも「おねーちゃナニナニ?」と、俺の方に向き直ろうとして、すかさず魔王様はニーナの目を覆った。
「だめよニーナ! 見ちゃだめぇ! 悪いヘビさんがいるから!」
アコが不思議そうに首を傾げる。
「ボクは別に気にしないけど、なんでセイクリッドは光らせてないの?」
「私自身を隠すと皆さんに十分な光量が行き届かないものでして。私は我慢しますので、これで問題無く温泉に浸かることができるかと」
ステラが吼える。
「で、で、できるわけないでしょ! 問題しかないわよ! こっちが落ち着かないから!」
混浴だというのに露天風呂から追い出され、結局俺はまともに温泉に浸かることができなかった。
世の中、不条理だらけだ。




