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キルシュさんのハニークラッシュ

 ゴスロリテイストの黒い水着は白いレースやフリルがあしらわれていた。


 頭に着けていたドクロモチーフの仮面をかぶり、日傘を差して浜辺を練り歩く元暗殺者。


 右を見ても左を見ても、どこもかしこも若い男女ばかりである。




「ねぇダーリン♪ オイル塗って」


「んっはっはー♪ ハニーは甘えん坊さんだなぁ」


「やぁん♪ がっつかないでよぉ」


「なぁハニー。向こうの森に素敵な茂みがあるんだけど、ちょっと冒険してみないかい?」




「ターくんわたしのこと好き?」


「もちろんだよ」


「どーんくらい好き?」


「この海よりもいっぱいいっぱいいーっぱい大好きさ!」




「キスして」


「え、けど……二人っきりでもしたことないのに……」


「大丈夫。みんな自分たちのことしか見てないもの。ほら早く」


「う、うん……じゃあ、ほっぺでいいかな」




 キルシュは立ち止まると呟いた。


「皆殺しです。チェストオンザビーチです。男女の二人組、滅ぶべしなのです」


 後を追ってアコとカノンもキルシュの元に駆けつけるのだが、普段は止めに入るカノンまで「キルシュ殿、このビーチはブッフェスタイルでありますよ!」と、焚きつける勢いだった。


 南国の太陽に当てられたのか、周囲の愛を語り合う熱気にカノンも頭がやられてしまったようだ。恐らく治癒治療解呪解毒などの魔法では、この厄介な熱病は癒やせないだろう。


 三人は心に黒い炎を燃え上がらせているようだ。用意がいいことに、アコは(゜Д゜)の仮面を、カノンも(0w0)の仮面をかぶる。


 (゜Д゜)(●ш●)(0w0)


 恋殺黒天使ドクロ・ザ・仮面マスクをセンターに置いて、キルシュは最初に目をつけたオイルヌルヌルスイートハニーカップルの元へTO TSU GE KI開始。


 カップルはお互いにオイルを塗りたくりあったあと、白砂のビーチから鬱蒼と茂る防砂森林に向かおうと、ちょうど立ち上がったところだった。


 その進路に割り込む三匹の獣たち。


 若い男――ダーリンが声を上げる。


「な、なんだお前らは」


 キルシュが日傘を閉じて、その先端をダーリンの喉元に突きつけた。


「ダーリンさん! わたしたちの顔を忘れちゃったんですか?」


「そうだそうだー」


「そうでありますよー」


 取り囲む三人にハニーが悲鳴のような声を上げる。


「ちょ、ちょっとどういうことよダーリン?」


「いや、知らねぇし。つうかお前ら! 顔もなにも妙ちくりんなお面なんぞして、顔を覚えてるかなんてわかるか!」


 キルシュは「ふっふっふー」と、勝ち誇ったように胸を張った。


 傘の先端をクルクルと渦巻くように回転させて、ドクロ仮面は告げる。


「ほーら、出た。出ましたね。正体出ちゃいましたね。もし潔白なら、そんなに焦らないはずですよ? ダーリンさん……あなたがハニーさん一筋なら、知らないの一言で済むものを」


「そうだそうだー」


「そうでありますよー」


 棒読みなお供二名とはいえ、数で押す余分三姉妹ゆうしゃパーティーに、ダーリンはたじろいだ。


 ハニーが目尻をつり上げる。


「ちょっと、え? ほんとに? 俺のハニーはキミだけさって言ってたじゃない!」


 気の毒ではあるのだが、ダーリン側の焦りようをみていると、どうやら余罪があるらしい。


 勝利を確信したのか、キルシュとアコとカノンはそれぞれ両手を挙げてハイタッチをした。


「ダーリンなんて一撃ですね」


「そうだそうだー」


「そうでありますよー」


 先ほどからアコもカノンも同じことしか言っていない。ああ、やはり二人とも頭が……。


 元から一部、可哀想だったことを棚にあげれば、ドクロ仮面の手下A&Bと化した勇者と神官見習いに、同情を禁じ得ない。


 ハニーとお面軍団の視線がダーリンに集まった。


 ダーリンはその場で膝を白砂について、ハニーに頭を下げる。


「ごめん。隠すつもりはなかったんだ。けど、他の子たちとはもう、終わったんだ。振られたんだよ。嘘じゃない。そんなダメな俺を……俺なんかを……好きになってくれて……ありがとうな」


 本気で落ちこむダーリンとすれ違うようにハニーは歩きだす。


 キルシュが傘を開いた。


「まずは一組目ですね。この調子でバンバンいきますよ先輩!」


「そうだそうだー」


「そうでありますよー」


 ハニーはこのままダーリンの元から歩き去ってしまう……かに見えたのだが、くるんときびすを返して落ちこむ男の背中に抱きつき、胸を押し当てて耳元で囁いた。


「んもう、今のハニーはあたしだけなんだよね?」


「あ、ああ、もしキミさえ良ければ、一生、ずっとこのまま俺だけのハニーでいてくれ!」


「ダーリンッ!」


 ダーリンが振り返り、ハニーと抱き合う。その瞳には涙が浮かんでいた。


 勝利ムードが一転、雨降って地固まったダーリン&ハニーに、キルシュはコソコソと逃げだそうとした。


 が、ダーリンに回り込まれてしまった。


「俺の過去を洗いざらい曝いたことはいい。だが、ハニーをほんの少しでも悲しませたのは許せねぇ」


 カノンが素に戻る。


「うれし涙に見えるでありますが」


「うるせぇ! ともかくお前らみたいなボッチ三人衆が嫉妬でラブラブカップルを狙うんじゃねぇ! 出ていけ! この恋人たちの楽園から出て行けぇ!」


 楽園追放。ごもっとも。


 出て行かないようなら実力行使とばかりに、猛牛のようにダーリンは仮面少女たちを追い回す。


 三人それぞれちりぢりになって逃げるのだが、ダーリンの狙いはなぜかカノンに集中していた。


「ちょ! な、なんで自分ばかり追っかけるでありますかぁ!」


 キルシュは元暗殺者だけあって、存在感を薄めて気配を消し、相手の死角にうまく入りこむような身のこなしである。地味に高性能だ。


 アコはすでに別の男女半々なグループに紛れ込んでいた。


「あ! ビーチバレーやってんの? ボクも混ぜてよ!」


 こうして残るカノンは森の向こうまで追い回されるのであった。


 これも人生修行のうちだぞ、カノン後輩。


 うまくカノンにダーリンをなすりつけ、キルシュが俺とステラの元に戻ってきた。


「また失敗しちゃいました。あの、良ければセイクリッドさんとステラさんをカップルに見立てて、練習させてくれませんか? ほら、セイクリッドさんは肩に手を回して、ステラさんを引き寄せて。別れさせるには、まずくっついてもらわないと」


 ステラが小さく息を吐く。


 と、キルシュの身体がドサリと倒れた。


「良い甘い息でしたねステラさん」


「こんな使い方ばっかりなんだけど、今では一番得意な魔王スキルかも」


 困ったように眉を八の字にして赤毛の少女は苦笑いだ。


 倒れたキルシュの仮面を外し、ビーチパラソルの影の下に俺とステラで運ぶ。


 砂の上に敷かれたシートの上で、キルシュは「むにゃむにゃ……旅行たのしいぃな……」と、寝言を呟いた。


 楽しいんだ。今みたいなのでも楽しいんだ。




 それから、なんとかダーリンから逃げ切ったカノンが再び合流し、ハニーとダーリンは森のどこかへと消え、キルシュは真夏の昼の幻夢の中へ。


 グループの女の子のお尻を触った罪で、勇者は追放されて帰還を果たす。


 浮き輪を腰に装着して、ニーナは「この海を、いつか越えてみせるのです」と、謎の決意で満たされる。


 ちびっ子の元気に振り回されたベリアルは、波打ち際でorzの姿勢のまま息を荒げていた。


 護衛役にもたまには骨休めの時間が必要そうだな。


 と、思ったところで、小さく息を吐くと、同時に俺は妙な気配を背筋に感じた。


 普段ならすぐに異変は察知できるのだが、キルシュたちのドタバタやら観光地の空気で俺の警戒心もだいぶさび付いていたらしい。


 首だけ振り返ると、防砂森林に何人か隠れている。身のこなしや気配の消し方からして、キルシュのようなプロの技とはほど遠い。


 どうやらムーラムーラ村の住人のようだ。若い男たちが息を潜めている。


 なぜ隠れるような真似をするのかがわからない。


 俺が立ち上がり、森の方へと振り返ると、彼らは一斉に村の方へと逃げていった。


 カップルではない観光客である、俺たちが珍しかったのだろうか。


 いや、多分キルシュの奇行を懸念してのことかもしれないな。なにせカップル歓迎の観光で成り立つ島なのだ。別れさせ屋に暴れられては困るということだろう。


 まあ、キルシュの実力を考慮するに、村民たちの懸念は杞憂に終わりそうだが。


 一応あとでそれとなく探りを入れておこう。本当に迷惑しているようなら、キルシュには釘を刺さねばなるまい。

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