夏ビーチ
水着姿である。
白い砂浜は真夏の太陽に焼けてじりじりと音を立てるような熱気だ。
砂浜にやってくると、潮騒とともに俺たちは洗礼を受けた。
右を見ても左を見ても、カップルだらけなのである。
「これは殺すしかないですね先輩!」
元暗殺者にして現役カップルキラーのキルシュは、アコとカノンを引き連れてビーチに勇んで突撃した。
狙うは手を握り合うだけでも赤面してしまう、初々しいカップルから、サンオイルをお互いに塗りたくる熟練(?)カップルまで、白い砂浜に点々とする男女だった。
当然の如く放置して、俺はコテージの倉庫から持ってきたパラソルを浜辺に突き立てる。
シートを敷いて拠点を作り上げた。
ステラが俺をまじまじと、足のつま先から頭のてっぺんまで見上げて呟く。
「全裸じゃなくて一安心ね」
「何を仰るのですか魔王様」
「けど、聖職者がそんな水着はどうなのかしら?」
V字の水着になんの問題があるんだろうか。
「問題はありませんよ」
さっそくニーナが浮き輪を腰に装着して、エメラルドグリーンの海に挑み始めていた。
「ニーナがこの海を制覇しちゃいますから」
「お、お待ちくださいニーナ様」
あちらはベリアルに任せておけば、問題ないだろう。
俺はビーチパラソルの下で、この開放感を楽しむ予定だ。
ステラが隣で足を抱えるようにしてちょこんと座る。
「ね、ねえセイクリッド……泳がなくていいの?」
「皆さんが危険な目に遭わないよう、こうして監視するのも大神官の務めですから」
無論、勇者御一行様は監視の範囲外にして、当方が責任を負うことは一切無い。
ポンコツ三人衆こと勇者御一行様は、視界いっぱいにいちゃつくカップル殺しの修行に入ったようだ。
自由にがんばってもらうとしよう。
俺の隣でステラが声を上げた。
「あ! アコたちが若い男の人に、めちゃくちゃ罵声を浴びせられながら追っかけ回されてるわよ? ほっといていいのかしら」
「今日は休暇ですから、見なかったことにしましょう」
ステラが俺に二センチほど近づいて訊く。
「えっと……ねえセイクリッド。あのね……変なこと訊くけど、アコのこと……どう、思ってるのかな?」
らしくもない。俺は正直に回答した。
「そうですね。勇者としてはまだまだですが、根っこの部分では彼女に勇者の資質を感じます。とはいえ、困りものですね魔王様」
観光地のテンションからか、つい、普段は自制している本音を漏らしてしまった。
ステラはプイッと首を俺の反対に向ける。
「べ、別に困ることなんてないわよ」
今のアコが魔王城に到達するには、時間もかかるだろう。
だが、いずれその日はやってくるのかもしれない。
アコが勇者であることを諦めない限り、亀のようなゆったりとした成長速度でも、勇者は育っているのだから。
「これは私の独り言です。ごくごく個人的な……きっと、アコさんはステラさんを倒すことなんてできませんよ。彼女は世界の理よりも、自分の気持ちに”素直である“ことを選ぶはずですから」
ステラは遠目に、ニーナとベリアルが波打ち際で追いかけっこする姿を、目を細めて見守った。
「だったらいいわね。うん……もちろん、あたしもそうなって欲しい」
問題児の勇者様だが、なんだかんだ言いつつもステラにとっては友人の一人なのだ。
俺はそっとステラに微笑みかけた。
「もし、本当に戦わねばならないようなことになっても、私にお任せください」
ステラが俺の方を向いて目を丸くする。
「お任せって……アコに……勇者に協力して魔王を倒させるのが、セイクリッドの仕事なんでしょ?」
ゆっくりと首を左右に振って、俺はステラの手をそっと両手で包んだ。
最初、ビクンと肩を揺らして驚いた魔王様だったが「はう……こ、子供……できちゃう」と、顔を真っ赤にさせた。
そろそろ誤解を解いても良い頃だろう。
「手を握ったくらいで子供を授かることなどありませんよ」
「し、しし、知ってるわよ。けど、気持ちの問題なの。だんだん距離が近づいていって、き、きき、キスとかしちゃうようになるかもしれないでしょ? キスしたらさすがに、こ、ここ」
耳の先まで赤くなると少女は両手で顔を覆って身もだえた。
「大丈夫です。握手は友好の証ですから。男女の恋愛には数えられません」
俺の言葉に顔を押さえたまま「うん」と、少女は頷いた。
しばらく落ち着くまで、俺は水平線を眺める。
と、不意に赤毛の少女が口を開いた。
「魔王のあたしが人間と仲良くしすぎると、悪い事が起こるような気がして……」
顔を手で覆うのをやめたステラだが、呟きながらシュンとうつむく。
「大神官にとっては、世界の平和に勝るものなのどありません。お二人が戦わないという選択肢があるのなら、この身を賭してもその崇高なる志しを、お守りいたします」
赤毛の少女のルビーの瞳がじわっと潤む。
「ば、ば、バカじゃないの? セイクリッドは教会の人でしょ……そんなことしたら……」
「心配はご無用です。例え世界を敵に回そうとも、必ずや説得してみせますから」
魔王様はうつむくと「また、物理的な手段で世界に訴えちゃうんでしょ」と呟いてから、目をこすって笑った。
「ほんと、セイクリッドって嘘が下手なんだから! いいのよ。もし、そういう時がきたら、セイクリッドはセイクリッドのなすべきことをすればいいの。その結果、あたしがどうなっちゃっても文句は言わない。けどね、願わくば……」
そこで言葉を呑み込んで、ステラはじっと浜辺のニーナを見つめる。
「ご心配なさらずとも、みなが幸せでいられるよう、私は尽力を惜しみませんから」
そう告げたところで、ニーナがステラと俺に手を振って「おにーちゃもおねーちゃもいっしょに泳いで~!」と、こちらに万歳させた両手で手招きした。
「よーし! 魔王の泳ぎを見せてあげるわ!」
一転、少し沈み気味だったテンションを無理ありもりあげて、ステラは立ち上がると俺に手を差し伸べる。
「ほら、セイクリッドも一緒に……ね? あ、えっと……これは別に握手とかじゃいんだから。あくまで友好を示す態度ってやつよ」
その手を拒むことなど俺にはできなかった。
カラッとした太陽のもと、俺たちは日が沈むまでビーチで楽しく過ごす。
そんな俺たちを監視する眼差しに、気づくことなく。




