ベッドルーム争奪戦
ムーラムーラ村の浜辺には、いくつものコテージが建っていた。
二泊三日の予定だが、宿泊先はこのコテージになるらしい。
管理棟で鍵を受け取ると、ステラたちの荷物をカートで引きながら、今夜の宿に到着した。
さっそくステラとニーナが目を輝かせる。
「うわー! 狭いわねニーナ!」
「そうだねおねーちゃ!」
魔王城と比べれば、仕方が無いかもしれないが、玄関から続くリビングダイニングも吹き抜けで十分に広かった。
キッチンも“最後の教会”の小さなものと比べればシンクは二倍。コンロは三口と申し分ない。
市場で買った食材を調理するにも十分な上、保冷庫まで完備していた。
中にはキンキンに冷えたジュース類に、瓶詰めの麦酒まである。
ベリアルが知れば一晩と持たないだろう。これらもすべて、ステラがマリクハの魔法大会で勝ち取った宿泊券のサービスのうちだ。
「うわー広いね!」
「こっちこっち! 見るでありますよ! ベッドルームがたくさんであります」
「そうだ、名案なんですけど、わたしたちも今のお宿を引き払って、こっちに移っちゃいませんか?」
アコ、カノン、キルシュのポンコツ三姉妹は、ステラに確認も取らずに勝手に転がり込むことを決めた。
と、ベリアルが吼える。
「きさまら! 何を勝手に話を進めている? ここは神聖なるまお……ステラ様とニーナ様の仮とはいえ居城なのだぞ」
アコは「えー、いいじゃん~♪ 一緒の方が絶対に楽しいって!」とお気楽な口振りだ。
ステラはというと「えっとぉ……」と、困り顔だが、全てを決したのは幼女だった。
「アコちゃんせんせーも一緒なの? やったぁ!」
この一言で、アコもカノンもキルシュも揃って、このコテージに寝泊まりすることが決定してしまった。
つい、俺は確認する。
「本当によろしいのですかステラさん?」
「ニーナが喜んじゃってるから、お手上げかも」
さすが最強幼女。ステラがうんと首を縦に振れば、ベリアルもそれに従うより他無かった。
現地ガイドもといアコが言うには、このコテージのある浜辺のエリアは、そのまま歩いて砂浜に向かうこともできるらしい。
見た目はログハウス風だが、魔導器が設置されていて、外の暑さを忘れる快適な空調が効いていた。
さすが観光産業で発展した村というべきだな。
さらに食事は市場通りで食材を買って調理するもよし、管理棟にあるレストランを利用するもよしという具合だ。
さらにコテージの外にはバーベキューのセットも完備しているとのことなので、夕飯は全会一致でバーベキューパーティーに決定した。
温泉掛け流しの入浴施設は管理棟内にあって、コテージから徒歩五分ほどである。
温暖な気候もあって湯冷めすることもないだろう。
自分たちが宿泊している安宿を引き払って、身の回りの荷物を手にアコたちがコテージに戻ってきた。
ちなみにバイト衣装の腰蓑ではなく、三人とも夏らしい軽装だ。アコはタンクトップ姿で、カノンはバイト代で買ったという南国シャツ姿。キルシュもカノンとおそろいの南国シャツ姿だった。
三人してショートパンツ姿だが、かろうじて下着ではないものの、腰蓑よりマシな程度の露出度である。
火山島ではこれでも厚着らしい。開放感溢れる島だな、まったく。
広い十畳ほどのリビングダイニングで、アコがステラに声を掛ける。
「いやー! ステラさんゴチになります!」
「なるであります!」
「ありがとうございます~!」
何人増えようとコテージ単位で借りてしまって、追加料金も発生しないというのを確認済みだという勇者パーティーは、揃ってステラに頭を下げた。
リビングにL字型で配置されたソファーに座ったまま、ドヤ顔気味でステラは胸を張る。
「んもー。仕方ないわね。まあ、ニーナも三人が来てくれて喜んでるし、特別に認めてあげるわ」
「「「あざーすっ!!」」」
平伏されるのが嬉しいのか、ステラも上機嫌だ。
が、問題はその直後、ベリアルの一報によってもたらされた。
「あの、ステラ様……アコたちを泊めるにあたり、問題が……」
「大丈夫よ。さっき、管理棟で追加料金は発生しないって確認したばっかりじゃない」
薄褐色肌の美女は眉尻を下げた。
「それについては大丈夫なのですが……その……ベッドが……」
ベリアルが俺たちを引き連れてコテージのベッドルームに案内した。
一階に一部屋。吹き抜けの階段を上がった先に二部屋と、ベッドがあるのは三部屋だ。
そして、それぞれの部屋のベッドはツインではなく、ダブルだった。
「ちょ! なによこれ!」
「どの部屋も一室に一つしかベッドがなく、その……普段はステラ様もニーナ様も、もっと大きなベッドを使われているのですが、庶民ベッドはこのサイズで二人で一つを使うとのことなので……」
ベリアルが申し訳なさそうに呟くと、二階端のベッドルームでアコがグッと親指を立ててみせた。
「全室ダブルベッドはムーラムーラ村がカップルさんたちを祝福するために用意したんだ!」
自信満々に胸を張る現地ガイド兼フリーターの勇者に、ステラは恐る恐る確認する。
「あ、あ、あの……じゃあ、二人で一つのベッドなの?」
アコはうんと頷いて「なにか不都合でも?」と、笑ってみせた。
赤毛を振り乱し魔王様が叫ぶ。
「そ、そそそ、それじゃあ誰かがセイクリッドと同じベッドで寝なきゃだめってことなの?」
即座にニーナがびしっと手を上げた。
「ニーナがおにーちゃと同じベッドでいいのです。なぜなら、おにーちゃはおっきくて、ニーナはちっちゃいからぁ」
両手でほっぺたを覆うようにしてニーナはほっこり頬を赤らめた。
なるほど。以前にも似たようなことがあった気がするが、大きな俺と小さなニーナでベッドを分け合うことは、理にかなっている。
俺はそっと挙手をして「私は良いと思います」と宣言した。
すぐさまステラとベリアルが俺に詰め寄る。
「いいわけないでしょ!」
「きさまだけは許せぬ!」
猛烈な反対である。と、ニーナは困り顔だ。
「え、えっと……どうしよ、おにーちゃ?」
オドオドモジモジするニーナに、ステラは膝を折って視線の高さを合わせると、懇願した。
「あ、あのねニーナ。お姉ちゃんは慣れない土地で一人で眠れるかちょっと不安なの。ニーナがそばにいてくれると、安心して眠れるんだけどなぁ」
お願いする姉に妹はぷくっとほっぺたを膨らませた。
「もー。ステラおねーちゃはニーナがいないとさびしんぼうさんなんだからぁ」
どうやら、これで一室は確定したらしい。
ステラとニーナで部屋が埋まると、残るは二部屋である。
アコが笑った。一同を引き連れて、海側に面した一番広いベッドルームに向かう。
そちらはテラス付きでこのコテージでは一番良いベッドルームだった。
「じゃあじゃあ、この部屋にボクとカノンかキルシュのどっちかと、セイクリッドでどうかな?」
ベッドは一つだけだが、大きめのソファーが備え付けられている。
これなら小柄なカノンやキルシュには、ベッド代わりになりそうだ。
アコはタンクトップからこぼれ落ちそうな勢いで胸を揺らした。
「あの、どういうことでしょうか?」
勇者は俺に詰め寄って人差し指をピンと立てた。
「まずボクとセイクリッドがベッドを使う。で、カノンかキルシュがソファーをベッド代わりにするっていうわけ。どっちかが一階の部屋でベリアルと同室ってことだよ」
「はぁ……あの、それはそれで問題があるような気がするのですが?」
「だいじょーぶだいじょーぶ! 普通の女子ならいざ知らず、大神官のセイクリッドが勇者のボクに手を出すわけないんだし、カノンかキルシュが監視してくれるんだから、同じベッドでも問題ないっていうわけ!」
ニーナは「――?」と不思議そうに首を傾げるが、手を繋ぐと子供ができるという迷信を今だに信じているピュア魔王様は頭を抱えた。
「だ、だ、だ、だめよそんなの!」
さらにキルシュが声を上げる。
「これはカップルキルチャンスってやつですか?」
ずばり、言ってくれたものだ。
アコは悪びれる様子もない。
「そうそう! じゃあもうアレだね。ボクとセイクリッドとキルシュで一部屋だよ。キルシュが監視してるんだし、安心安全。カノンは一階でベリアルと一緒の部屋ってどうかな?」
ベリアルとカノンは互いに顔を見合わせた。
「「なんだか気まずい(であります)!」」
魔王軍の門番と神官見習いを同じ部屋に一晩閉じ込めたら、どんな空気になるのか想像もつかない。
ステラはニーナを守るため、これ以上部屋のアレコレにも口出しできないところだが「セイクリッド野宿して」と、もっともらしい解決方法を提案した。
俺はニッコリ笑顔で返す。
「お断りいたします」
途端にベリアルの顔が紅潮する。
「き、きさま! ではアコたちの部屋ではなく、わ、わた、わたた、わたしと同じ部屋を所望するというのか!」
ニーナが「せまくなーい?」とピュアな疑問を投げかける。
ベリアルはそれに乗っかった。
「そうだぞ! 狭いではないか! 寝苦しいではないか! きさまが隣にいるだけで、き、緊張して一睡もできぬ!」
肩を震えさせ胸を揺らしてベリアルはプルプルプルと、すっかり小型犬のように身を縮こまらせて頭を抱えた。
ステラが「ちょ、べ、ベリアルが無理っていうなら、あたしが変わっても……」と言うのだが、ベリアルも「ステラ様を、野獣と同じ部屋に一晩一緒にさせるなどとは、わ、わたしがその役目を引き受けますから!」と、俺をなんだと思っているんだこいつらは。
このままでは収拾がつかないので、俺は二階の広いベッドルームを出て吹き抜けの廊下から一階リビングダイニングのソファーを指差した。
「私はあのソファーで結構ですので、ベリアルさんは一階のベッドルームをお一人で利用してください」
「き、きさまあああああああ!」
なぜかベリアルの非難を受けたのだが、ひとまずコテージの部屋割りは決定した。
ゆっくり温泉に浸かって疲れを癒やすはずが、この調子では先が思いやられるな。
 




