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<ネタバレ>大神官の搭乗した客船を襲うと死ぬ

 火山島までは客船で半日ほどだ。帆に受けた風で船は進む。


 順風満帆とはまさにこのことだろう。が、この客船には別に魔導器による機関が設けられており、動力機と風の力の併用で安定航行するというのである。


 大クジラのような巨体に見合わぬ快速船だ。


 おかげで海の魔物に気づかれるよりも早く、少々危険な海域も渡りきることができるとのことである。


 水平線いっぱいまで海は穏やかだが、時折、大きなうねりが船体に当たって白波を立てた。


 それでも操舵の腕が良いのかヒヤリとするような大きな揺れはない。


 船上に降り注ぐ日射しは眩しく、つい目を細める。


「わー! おにーちゃの教会より広いね。かけっこできちゃうかも」


「そのようですねニーナさん」


 今日のニーナはドレスではなく、シンプルな白のワンピース姿だ。柄の広い帽子も白で揃えてあった。コーディネートはもちろん、姉のステラである。


 まっすぐ続く甲板に向けて、ニーナは一足先に駆けていった。


「おにーちゃ! もっとお船の前に探検の冒険なのです!」


 賛成の反対的な口振りだが、ニュアンスは探検にせよ冒険にせよ、同じであった。


 ともかく、先ほどから幼女の興奮が冷めやらない。


 普段見ないもの、触れないもの、匂いも風の感触も、何もかもがきっと輝いて見えて、新鮮に感じているのだろう。


 魔王城の“日常”には無いものが、船上ここにはあるのかもしれない。


 そんなニーナに今朝からずっと、引き回されっぱなしである。


 ちなみに、出航早々ダウンした某女騎士は、酒など一滴も入っていないのにすっかり酔ってしまった。ラウンジの長椅子に横になって、上司ステラに介護される始末だ。


 護衛が最初にダウンした上に、火山島に到着するまで復帰の目処めどは立たないらしい。


 ということもあって、俺は「おひましてます」というニーナとともに、船室やラウンジなどなど、一般客が出入りを許されている区画を歩いて回った。


 最後に行き着いたのが、この甲板というわけである。


 潮風もカラッとした晴天の元では、肌にべたっとすることもなく適度な湿り気が心地よい。


 視線の先で、ニーナが俺に手を振る。


 船の舳先側で、なにやら見つけたらしく「おにーちゃきてきてー!」と俺を呼んだ。


 彼女の元まで進むと、船首側の海面にいくつも水しぶきが跳ねていた。


「なんだかぴょんぴょんしてるのです」


 ニーナが俺に両手を万歳させる。


「あの、ニーナさんそれは?」


「へりが高くてよく見えないからぁ」


 なるほど。俺は後ろから幼女の腰のあたりを掴んで「よいせ」と、もちあげた。


 ニーナは海面がよく見えるようになってご機嫌だ。


「わあ! ぴょんぴょんぴょん! まるで海なのにウサギさんみたいなのです」


 俺も幼女の脇から顔を出して海面を確認した。


 イルカの群れだろうか。遠目によくはわからないのだが、無数の影がこちらに近づいてきている。


 と、思った矢先、不意に突風が吹いた。


「きゃっ! あぶないあぶない」


 慌ててニーナが帽子を手で押さえる。危うく飛ばされるところだった。


「大丈夫ですかニーナさん?」


 ゆっくり彼女を甲板に下ろすと、笑顔が返ってきた。


「うん! おにーちゃありがとうございます」


 ぺこりとお辞儀をすると、また風が吹いて帽子をもっていかれそうになった。


「風が強いようですから、甲板の探検はこれくらいにしましょうか」


「はーい!」


 ニーナがそっと俺の手をとって、小さな手できゅっと握ったその時――


 水面で跳ねていた影が疾走するように客船の脇に横付けした。


 数十頭のイルカ(?)の大集団に、船は包囲される。


 と、船員たちが慌ただしく動き出した。




『乗船中のお客様に申し上げます。本船はこれより全速運転に入ります。揺れますので近くの手摺りなどにお掴まりください』




 ラッパのような伝声管から、船内放送が繰り返された。


 直後に加速を始めた客船は、より強い風にさらされる。マストは船員たちの手で畳まれ、動力が切り替わった。


 一瞬だが、集団を引き離す。それでも追撃は止まず、無数の影が再び客船に迫る。


 どうやら、船を囲んだ連中は、あまり“良いもの”ではないらしい。


 船員が甲板にいる俺とニーナを見つけるや、駆け寄ってきて「急いで船内に戻ってください!」と、声を上げた。


「いったいどうしたというのですか?」


 浅黒い日焼けした肌は、きっと仕事柄だろう。白い帽子に船員セーラー服姿の船員の表情は硬い。


「お客様は司祭様でいらっしゃいますか? でしたらどうか、恥を忍んでお願いします。他のお客様方に安心していただけるよう、ラウンジで皆様を落ち着かせてはいただけないでしょうか?」


「もちろん、私にできることであれば協力は惜しみませんが、なにやら物々しい気配ですね。もし、よろしければ事情をお聞かせ願えませんか?」


 言いながら俺は神官服を脱ぎ始めた。


「あの、お客様いきなりなにを?」


「いえ、万が一に備えているだけです。ニーナさん、申し訳ありませんが、私の服をあずかっていてください」


「うん! おにーちゃは本当に裸が大好きだもんね」


 なにやら勘違いされているようだ。好きで脱いでいるわけではない。必要に迫られる前に脱いでおこうという、合理的判断によるものである。


 夏の日射しを全身に受ける。もし俺が植物になったなら、その太陽の力を100%余すところなく取り込むことができるだろう。隠しようのない事実である。


 畳んだ神官服をニーナがぎゅっと抱きしめて「おにーちゃの服はニーナがあずかりました」と、力強くうなずいた。


 俺は自然体で船員に改めて確認する。


「それで、船を囲んだのはいったいどういった連中なのでしょう?」


「この辺りはまだ彼らのテリトリーでは無かったのですが、近くに海魔の巣窟がありまして……」


「なるほど。荒っぽい方々が略奪目当てで客船に対して、海賊行為をしようというわけですね」


 船員は「すぐに腕利きがまいりますので、もし死傷者が出た時にはどうか治療をお願いできればと。あ、あの、まさか司祭様……戦うつもりじゃないですよね?」と、真顔になった。


「ええ。もちろんです。これでも私は大神官ですので、腕力に訴えかけるような真似はいたしません。最後まで粘り強く説得してみせましょう」


 光の撲殺剣をスッと抜き払うと、俺はその場で素振りを始めた。


 船員が目をまん丸くする。


「え? だ、だだ、大神官様ですか? というかあの、思いっきり殴るつもりですよねその素振り!」


 スイングするたび空気がブオン! と鳴って、強い風の中でもハッキリと聞き取れるくらいの風斬り音を響かせた。


 驚く船員の青年にニーナが「おにーちゃはさいねんしょーなんです!」と後押しする。


 青年は「し、しかし……大神官様の身になにかあっては……」と、俺の心配をしてくれた。


「その時は皆さんで難局に対処してください。難しいと感じた場合は、赤毛のツインテールの少女を頼るといいでしょう」


 その場合、船の無事は保証できないのだが。


「では、ニーナさんは船内へ」


「おにーちゃ、おつとめごくろうさまです」


 ぺこりと幼女がお辞儀をしたタイミングで、船が再度加速した。風が吹き荒れ俺の服を抱くように抱えたニーナの帽子が煽られ宙を舞う。


 手を伸ばしたが届かず、それはゆらゆらと舞う木の葉のように、水面に落ちた。


「あっ……お帽子が飛んでちゃった」


 しょんぼりするニーナに俺は笑顔で「すぐにとってきますから」と告げる。


 脱いでてよかった大神官。


 船員にニーナを託して、いざ、出陣である。


 船の縁に立って見下ろすと、追いすがってきた連中の正体を確認した。


 イルカである。半魚人というかイルカ獣人といったところだ。


 こいつらを指揮するのは、大きなシャチの獣人だった。


 シャチはニーナの白い帽子を拾ってかぶると声を上げる。


「な、なんで裸の男が船の縁におるんじゃ!」


「その帽子、返していただきたいものです」


「変態じゃ! 者どもであえであえ!」


 失礼な。時間さえ許せば、きちんと海水パンツを穿いてきたことは間違い無い。


 前触れも無く船を襲おうとした、そちらさんサイドに問題があったことは明白である。


 これは少々強めに当たって、あとは流れで説得する必要がありそうだな。

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