大神官式更生メソッド ~暗殺者編~
世界が俺に望まぬ婚姻を迫ろうとも、屈するような大神官ではない。
お前がパパになるんだよ。なんて、知った事か。
誰もが手を取り合って暮らす理想郷になるその日まで、進め戦え大神官。世界の平和はこの双肩にかかっているのである。
そんな野望の第一歩――キルシュの面談は庭ではなく屋敷の一室で行われた。
ステラたちは広い応接間にて待機してもらい、俺は別室でキルシュとアンタレスと三者面談である。まるで教師のようだ。
小さなテーブルを挟んで、二人並んで座る母子に咳払いを挟んでから告げる。
「端的に申し上げましょう。キルシュさんは暗殺者に向いておりません」
キルシュはサッと頭にかぶっていた仮面を着けてうつむいた。
「単刀直入というか直球やめてくださいよ。事実ほど胸に突き刺さるものってないんですから」
傷つくということは、暗殺者でありたいという気持ちは変わらないのだろうか。
アンタレスはニコニコしたままで、まずは成り行きを静観するつもりらしい。
俺は仮面で顔を隠したキルシュに訊く。
「どうしてそうも暗殺者にこだわるのでしょうか。やはり、家のお仕事を継がねばならないと?」
キルシュは首を小さく左右に振った。
「そりゃ長く続いた暗殺者の家系だけど……そんなことより、わたしはパパとママの自慢の娘になりたい……みたいな」
俺はアンタレスに視線を向ける。
「もう十分すぎるくらい自慢の娘ですけれど、素敵な旦那様がいてくれると老後も安心で……」
熱い眼差しやめていただきたい。
キルシュが肩身をキュンッと狭める。
「せめてわたしがもっと、暗殺者としてしっかりできていればって思うんですけど、なにぶん殺人未遂しかしたことなくて。パパもママも半人前だから、ちょっと強引にでも素敵な人がいれば、殺すか殺されるか添い遂げるかみたいな感じになっちゃってて、ご迷惑をおかけしました。やっぱりもう、わたしが死んでお詫びするより他ないかという次第です」
極端すぎる考え方にも辟易だ。キルシュに足りないのは、常識や考え方の多様性などだろう。
とはいえ、いきなり暗殺者の看板を下ろせというのもハードルが高いな。
少しずつ段階を踏んで真人間に導く。これが大神官セイクリッドの更生プランである。
俺は溜息交じりに提案した。
「いかがでしょう。ここは一つ、暗殺者兼冒険者として、しばらく旅をしてみるというのは? アンタレスさん……可愛い子には旅をさせろと聖典にも書いてありますし」
似たような言葉をアレンジして引用したところ、アンタレスは「まあ、そんなありがたい言葉があったのですね」と目を細めた。
この淑女は美人には違いないのだが、イマイチ何を考えているのかわからないところが不気味でならない。系統的にはメイド女学院の学長メリーアンに近いな。
ここ最近になってようやく自覚したのだが、どうにも俺は年上の女性と相性が悪い。
弟属性が染みついて、姉の呪縛から逃れられないのかもしれない。
と、そんなことをぼんやり考えている間、キルシュは仮面を左半分だけずらして、こちらをじっと見つめた。
「た、旅なんて無理無理無理! わたしの常識の無さをご存知無いとは言わせません」
「はい、存じ上げております。なにも一人旅をしろとは申し上げません。本日、同行したアコさんとカノンさんは、実は世界の平和のために立ち上がり、魔王城を目指す勇者と神官(見習い)なのです」
これにはアンタレスが驚いたように目を丸くする。
「あらまぁ、キルシュちゃんのお友達がそんなすごい人たちだったなんて、母さんびっくりよ」
あんな二人を疑わず信じてしまうのも、俺の徳が高いからだろうか。
単にキルシュの母親が天然系の人物である可能性の方が高いな。
俺は続けた。
「あの二人でしたら寛容の申し子ですので、キルシュさんを受け入れてくれるでしょう」
キルシュは再び仮面に顔を隠してしまった。
「で、でもでも、わたしなんかが一緒にいたら迷惑かけちゃうかも」
「安心してください。きっとそうはなりません。大神官であるこの私が保証いたしましょう」
なぜならあの二人を越えるダメ人間……もとい逸材というのは、ちょっと他に心当たりがない。
そして恐らくキルシュは越えこそしないが、二人に比肩する実力の持ち主だ。
パーティーを組む上で、近いレベルで集まる方が万事上手くいくものである。
俺は微笑みをたたえた。
「それに迷惑をかけたっていいじゃありませんか。足りない部分を補い合う……それが、それこそが仲間というものなのですから」
と、アコとカノンの同意も無しに事後承諾を取り付ける気満々の俺は母子に告げた。
母親がそっとキルシュの手をとる。
「お母さんね、キルシュちゃんの殺りたいことを応援してみようかなって思うの。こんなに素敵な大神官様のすすめだもの、きっとキルシュちゃんのためになるわ」
まずはアンタレス陥落。暗殺者を殺すのに刃物はいらない。ちょっといいこと言えばいい。
キルシュは仮面をつけたまま、母親の顔を見つめた。
「けど、ママ……暗殺者じゃなくなっちゃって……パパががっかりするかも……」
話を聞かない事にかけては、この身を持って体験済みの俺としてもガイエンの説得は物理的に骨が折れそうな案件だ。
倒すだけなら簡単な相手だが、アレを言葉で納得させる自信はない。そこで一計を案じた。
「その件ですが、先ほども申し上げました通り、暗殺者兼冒険者になるのです」
キルシュのドクロ仮面が俺を見つめる。
「言葉でそう言っても、ちゃんと暗殺者としての成果というか、努力というか、そういうのを怠ったら普通の冒険者ですし、人を殺めると冒険者みたいに蘇生してもらえなくなるし……」
あくまで冒険者は魔物や魔族と戦うのが仕事である。全滅しても教会で復活できるのは、神の威光あってのことだ。
暗殺者は咎人で、その恩恵と恩寵を受けることは許されない。
その矛盾を解決する、唯一の方法があった。
これだけは本当は使わせたくなかったのだが、仕方ない。
俺はスクッと立ち上がった。
「キルシュさん……大神官という立場上、このような提案をすることは本来、大変背徳的な行為と言わざるを得ません。ですが、事情も事情ですので、貴方には殺さないで暗殺する方法をお教えいたします」
アンタレスは「まあ! 良かったじゃないキルシュちゃん」と、普通に喜んでいる。
俺の言葉に疑問を差し挟むどころか、すんなり受け入れすぎだ。
キルシュは仮面のままポツリと呟いた。
「そんな都合の良い方法なんて、あるわけないですよ!」
「いいですかキルシュさん。命が生まれる方法について、まずは確認しておきましょう。赤ちゃんはコウノトリが運んでくるわけではないというのは、ご存知ですよね?」
「も、もも、もちろん! 知識だけですけど、要人暗殺に女の武器を使い、房中術もお勉強しましたし、おしべとめしべの理論武装は完璧ですから」
それはまた、どこぞの魔王様よりも進んでいらっしゃることで。
「では、その理論から導き出される結果、赤ちゃんを授かるということですが、もしそうなる前に止めることをしたら……赤ちゃんは生まれることはなくなるわけです」
「えっと、つまりどういう……」
「いいですかキルシュさん。今より貴方はこの世のありとあらゆるカップルを憎み、いちゃつく男女があれば別れさせ、命を刈り取る死神の鎌となるのです」
キルシュはそっと仮面を手にとって外す。
榛色の瞳がじわっと潤んだ。
「わ、わたしにカップルキラーになれと?」
「これ以上、私の口からは申し上げにくいのですが……お察しいただけますと幸いです」
アンタレスが「大神官様、立派に背信的なことを言ってるようですけど、そんなお姿もとっても素敵です」と、尊敬の眼差しだ。
いらぬ敬意を暗殺一家から受けてしまったが、これでキルシュの失恋エクストリーム自害は防ぐことができるだろう。
応接間で待っていたアコとカノンに事情を説明すると「いいよー!」と、アコはすんなりキルシュを受け入れた。
が、カノンは複雑そうな顔だ。
「カップルキラーがパーティーメンバーなんて、勇者ご一行様としてどうかと思うでありますよ。というか、アコ殿もアコ殿であります。自分というものがいながら……ぶつぶつぶーぶー」
これまでずっと、アコと二人旅だったこともあってか、アコを取られてしまうのではないかという嫁的思考がスケて見えた。
キルシュがアコとカノンに頭を下げる。
「じゃ、若輩者ですが、よろしくお願いします先輩方!」
途端にカノンがニンマリ口元を緩ませた。
「おや、わかっているでありますね後輩。ちゃんと先輩を立てるでありますよ」
「もちろんです!」
二人はグッと固く握手を結び合う。
カノン……お前、パワハラだけはするんじゃないぞ。
キルシュが握った拳を振り上げる。
「目指すは魔王城! 世界平和! そしてこの世のありとあらゆるカップルの抹殺であります!」
アコがつられて腕を上げた。カノンもつい、同じように声を揃える。
「「「えいえいおー!」」」
こうして勇者パーティーに強力(?)な新メンバーが加入したのだった。
目指すは魔王城。ちなみに打倒すべき魔王は同じ部屋で「あはは、よ、良かったわねぇ」と愛想笑いを浮かべるのだった。




