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拳は口ほどに語りたがる

 王都にあっても街の暗部が寄せ集められた、吹き溜まりのような地域は存在していた。


 教会の威光も届かない無法が法に取って代わった危険地帯だ。


 しかもやっかいなことに、街の中心部とまではいかないのだが、人の往来も激しい中層部に暗黒街は形成されていた。


 浄化一掃作戦が行われる度に、綺麗になったかと思えば別の場所に集まって、以前よりも大きな規模になってしまうため今や手出しできない有様だ。


 結局、人間を滅ぼしでもしない限り、こういった場所はなくならないのだろう。


 光も影も人間の一部に他ならないというわけである。


 で、有り体に言えば、まず王都の目抜き通りに大きな門のようなモニュメントがあり、そこに堂々と「ウェルカム欲望渦巻く暗黒街へ! 酒とタバコと男と女が交差する場所」なんてキャッチコピー付きの看板が門に掲げられているのがわかりやすい。


 夜のとばりが降りた頃、その地獄の門を一歩くぐれば、色とりどりの魔力灯ネオンサインが織りなす幻惑の歓楽街に続いていた。


 とはいえ、まだ午前中でお天道様も高く昇り始めた頃である。


 欲望の街は眠りについたようにしんと静まり返っていた。店も戸を閉め死んだふりでもしているように、人の気配が無い。


「さささ、みなさんこっちです! 四名様ごあんな~い!」


 傘をステッキのように回しながら、上機嫌でキルシュが門をくぐって俺たちを手招いた。


 アコが物陰に吐瀉物が水たまりを作る朝の歓楽街で、深呼吸してからニッコリ笑う。


「あ! この感じ……嫌いじゃない! ボクこの街の空気好きかも!」


 キルシュがアコの手をとってブンブン上下に振った。


「いやーそう言ってもらえると嬉しいです。怖がられるって思ってたから」


「うちも似たようなもんだよ。ラスベギガスっていう街の出身なんだ」


「え!? そうだったんですか? あっちは公営カジノだけど、実は暗黒街には青天井の裏カジノが」


 俺はカノンに視線で合図をすると、キルシュの言葉を遮る。


「早くお宅に訪問といきましょう」


「そうでしたそうでした」


 アコが「行こう行こうみんなで燃え上がって燃え尽きて最後の一欠片まで灰になろうよ!」と、騒ぎ出したところで、カノンが腕を引っ張った。


「ほら、カジノはまた今度にするでありますよ! だいたい午前中は営業してないでありましょうに」


 神官見習いにずるずると引きずられる勇者の姿は、さながら散歩から帰りたくないでだだをこねる大型犬のようであった。


 ステラは黙って俺の後ろについてくる。時折、街の物陰で男の怒声やら嘔吐して苦しむ声やらが聞こえてくる度に、赤毛の少女は「きゃ!」やら「こわっ!」と小声で呟き、俺の影に隠れるように身を寄せた。


 本当に魔王としてやっていけるのだろうかこのお方は。




 違法増改築や勝手な区画整理によって、暗黒街の路地は入り組んだ編み目のよう広がっている。


 ところどころ袋小路ができあがっていて、迷路の中に街を作ったような有様だ。


 しかも下水道やら建物の屋根の上やらにまで道が通っており、迷宮は三次元的な様相を呈していた。


 月明かりの無い夜に迷子になったら、出口を探すよりも転移魔法で最寄りの教会に跳ぶ方が早そうである。


 俺たちはグルグルと街の中を引き回された末に、案内人キルシュによって城門のような塀に囲まれた大きな屋敷の前に到着した。


 門の付近にモヒカンヘアの冒険者崩れが三人たむろしている。酒瓶が転がりべろりと舌を出して白目を剥きながら「うひ! うひひぃ!」と、これまた人生楽しそうでなによりといった奇声を上げていた。


 これにはカノンだけでなく、アコさえも「引くわぁ」とぼやいている。ステラに至っては俺の背中に小亀の如く張り付いて「なにあれこわいこわいこわいこわい」とプルプル震える小型犬モードだ。


 モヒカンズがキルシュに気づいて、腰を上げた。


「よっこらせーっく……っすっと!」


「おま! 今時そりゃねぇだろ」


 時代でどうこうという話ではない。


 AとBが話している間に、モヒカンズCが俺の顔をニヘラーっと下からえぐるようにのぞき込んできた。


「いやぁ~酔っ払ってんのかな~奴隷商人がさー神官様の服を着てるんだよ! よーよー! 神のご慈悲ってことで、俺にその後ろに隠れてる赤髪ちゃんをタダで売ってくれよぉ!」


 モヒカンズAが、がははと笑った。


「おめー相変わらずマニアックなのな。オレはこっちの隠れ巨乳ボーイッシュちゃんだわ」


 モヒカンズBがAの胸ぐらに掴みかかる。


「バカ言うんじゃねぇ! 巨乳ちゃんはおれんだろうがよぉ!」


「じゃあ二人で相手してもらおうじゃねぇの」


 激昂したBがニッコリ笑う。


「いいね! それだ!」


 キルシュとカノンは売れ残った。


 ではない。まったく酔っ払いというのは度しがたいな。


「私は奴隷商人ではなく本物の神官です。彼女たちを引率していますが、勘違いなさらないでいただきたい」


 説得を試みたものの、モヒカンズは三人そろって声を上げた。




「「「うるせえええ! 女置いてけっつってんだよボケカスぅ!」」」




 まことに話が早い。掴みかかってきた一人目の鳩尾に膝を軽く叩き込み、呼吸が止まったところで足払いして転ばせた。


 やりやがったな! と、続く二人目のパンチを左の手のひらで受け止める。かわしたいところだが、後ろにステラがいるのでそうもいかなかった。


 拳を握って軽く潰すようにしながら、俺は手のひらに回復魔法をたっぷり仕込んで男をビンタした。


 派手に転がり地面にうずくまると「痛ってええええええええええええええ!」と叫ぶモヒカンズ二号。安心してほしい。痛みはあるが怪我はしていない。


 三人目に関しては軽く視線で「いかがなさいますか?」と、問いかけただけで、すっかり及び腰になっていた。


「ず、ずらかるぞ! お、おお、覚えてやがれ!」


 三人はよたよたと屋敷の前から暗黒街の路地へと消えた。


 まったく、いちいちこの手の輩を覚えてもいられない。二秒で出来事そのものを忘れると、俺はキルシュに告げる。


「ええと、こちらのお屋敷でしょうか?」


 キルシュは俺の前にするりと回り込み、両手を組んで祈る姿で瞳を輝かせる。


「な、なんという……なんという冷たい瞳をするんですか? 本当にセイクリッドさんは聖職者なんですか?」


 どうやら、最後に利かせたにらみが、暗殺者の少女にも効果を発揮してしまったようだ。


「間違い無く、私は大神官ですよ。それ以外の何者でもありません」


 キルシュはサラサラと黒髪を左右に揺らした。


「そんなはずはありません。身のこなしも暗殺者のそれですし、最初に会った時から思っていたんですけど、セイクリッドさんは伝説となった暗殺者アークトゥルス様の生まれ変わりでは?」


 知りませんそんな人。


「残念ながらそのようなことはないかと。それに、あの程度の事でしたら、手ほどきしたアコさんやカノンさんでもできるはずですよ?」


 勇者とカノンは同時に声を上げた。


「無理無理無理無理! いくら博愛主義者のボクでも今の連中は生理的に無理! はいカノンにパス!」


「こっちにパスやめるであります! 普通に光弾魔法で殺しちゃうところでありますよ」


 どうやらカノンは俺の“平手打ち愛のテーマ回復魔法を乗せて”に気づいていたようだ。目の付け所はちゃんと神官見習いしているな。


 俺は首だけ背後のステラに向き直った。


「ステラさんならいかがですか?」


「もうやだぁ……怖いよぉ……おうちかえるぅ」


 暗黒街の雰囲気にまったくなじめず適応できず、赤毛の少女は幼児退行を起こしていた。




 キルシュの屋敷の門が開く。


 中に踏み込むと正面口へと続く前庭の石畳の左右に、メイドがずらりと並んだ。屋敷の大きさもちょっとしたものだが、仕える使用人の数は貴族のようだ。


 なによりメイドの年齢はみなキルシュとそう変わらないのだが、全員面構えが違っていた。


 兵隊の顔である。


「「「「お帰りなさいませお嬢様」」」」


「た、ただいまです」


 屋敷の奥の扉がメイド長らしき女性の手で開かれると、中からカイゼル髭の紳士が姿を現した。キルシュの黒髪は父親譲りらしい。


 男は二メートル近い長身で、スーツで正装していた。腕は丸太のように太く、骨格も骨太で野生の熊をひねり殺しそうな雰囲気の大男だ。


 隣にほっそりとした銀髪の淑女が並び立つ。肌は白く品の良い女性は、穏やかな榛色(はしばみ色)の瞳でキルシュに微笑みかける。こちらはどうやら母親譲りのようだな。


 当主にしてキルシュの父親が歩み出ると、左右に列を成していたメイドたちが潮が引くように下がっていった。


 俺の目の前に立ち、上から威圧するように黒い瞳が見下ろしてくる。


 髭を撫でると当主は口を開いた。


「よくぞ参られた婿殿。我が名はガイエン。この辺りの顔役も務めているが、こう見えて暗殺者である」


「私はセイクリッドと申します。大神官をしております。あの、情報に行き違いがあったのでしょうか。今、なんと仰いましたか?」


 ガイエンは髭の先をつまんでもう一度繰り返した。


「よくぞ参られた婿殿」


「そこです。どういった経緯でそのようになってしまったのかわかりませんが、私は婿殿ではありません」


 大男はくわっと目を見開くと髭から手を離し拳を握り込んだ。


「そうか。ならば……死ね」


 突然、巨大な拳が俺めがけて叩きつけられる。


 すかさず腕をクロスさせて支えるように一撃を防いだが――


 人間の膂力りょりょくとは思えない衝撃に打ち付けられて、石畳に俺の足首は埋まっていた。


 これは説得(物理)のしがいがありそうだな。

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