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過ぎ去りし時が追いかけてきて

 翌朝のことだ。


 教会前の扉のあたりをほうきき清めていると……。


 どしん……どしん……


 と、足音を響かせてベリアルの巨体が近づいて来た。


「おはようございますベリアルさん」


「…………」


 俺を上から見下みおろすと、ベリアルはそっと膝を折ってしゃがみ、指先につまむようにした手紙の封筒をよこした。


 受け取ると無言で伏し目がちのまま、ベリアルは背を向け門番の仕事に戻る。


「はて、なんでしょういったい」


 ラベンダー色の封筒には、赤い蜜蝋で封印がされていた。


 べりりと破いて手紙の文面に目を落とす。




『前略――セイクリッド殿


 先日は酒の勢いとはいえ、大変失礼した。


 記憶がおぼろげだが、ともかく多大なる迷惑を掛けたという気がしてならない。


 以後、このような不祥事を起こさないよう、再発防止に努めると約束する。




                            魔王城門番ベリアルより




 追伸、もしよければ、あの酒をまたともに酌み交わしたく思っている』




 再発防止に努めるといったそばからフラグ立て。おつとめご苦労さまである。


 酒癖は悪いが飲ませなければどうということはないと、判明したのは収穫だ。


 今後は大人のお付き合いができるだろう。


 手紙を手に聖堂内に戻ると、大神樹の芽が輝きを増した。


「おや? やけに静かですね」


 アコが蘇生を希望する時は、決まって俺を呼ぶのだが――


 大神樹の芽に魂をそのままにしてもおけないので、俺はひとまず仕事をすることにした。


「蘇生魔法」


 光が人の姿を形作り、魂が宿る。


 見知らぬ少女だ。だが、その服装には見覚えがあった。


 王立エノク神学校の制服だ。


 ということは、この少女は学生なのだろう。ぱっと見たところ高等部といったところか。


 背は小柄なステラより少し高いくらいだが、ほとんど変わらないな。


 頭に白い大きなキャスケット帽をかぶっているが、髪色は水を連想させる青だ。魔法力の高い者には珍しくない。


 眼鏡をかけており、手には杖といかにもな「かけ出し神官」という風体だった。


 レンズの奥で閉じた瞳がゆっくり開く。


「――ハッ!? こ、ここは……どこでありますか?」


 まだ幼さの残る声色だった。


 どうやらアコの時と同じらしい。管理局のミスで魂が本来向かうべき教会ではなく、この“最後の教会”に導かれてしまったんだろう。


「お名前をうかがってもよいですか?」


 神官の正装をした俺を見て、彼女はかかとをそろえるようにきをつけをして背筋を伸ばすと、敬礼とともに口を開いた。


「自分はカノンであります!」


 少々カタブツな気配はするものの、勇者アコよりはよっぽどまともそうだ。


「私はセイクリッド。この教会をあずかる神官です」


「セイクリッド殿でありますな。どうして自分はここにいるのでありましょうか?」


 一歩前に出て俺に近づくと、カノンは眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。


「管理局のミスで魂の誤転送が行われたようです」


 ある意味身内と言っても差し支えないため、他の冒険者などに比べて話が早い。


「なるほど。そのような痛ましい事故があるとは訊いていたでありますが、まさか自分がその被害者になろうとは」


 ああ、本当に楽でいいな。


「転移魔法は使えますかカノンさん?」


「いえ、自分は戦術教科専攻の高等部二年であります」


 戦術教科――たしか俺が大学院を出るか出ないかという頃に設立された、戦闘に特化した対魔族戦のスペシャリストを育てるエリートクラスだ。


 結局いずれは転移魔法といった便利な魔法を覚えることにはなるのだが、それらを後回しにして戦うすべを集中特訓するというのを、卒業後に耳にしたのを思い出す。


 成績上位者が希望して、なお高難度なテストをパスしなければ転科を認めないという徹底ぶりだ。


 カノンは優秀なのだろう。死んでしまったのも、魔物と戦う実戦訓練の激しさゆえか。


「ではお送りいたしましょう」


 こんな場所にいては、勇者や魔王から悪影響を受けかねない。


 早く送り返す方がいい。




 ガチャ


 


「様子を見に来てあげたわよセイクリッド!」


 手遅れだった。教会の正面口からステラがズケズケと赤絨毯を踏んでやってくる。


 魔王なのに教会に入り浸るのはいかがなものか?


「せめてニーナさんでしたら良かったのに」


「な、なによいきなり失礼しちゃうわ! というか、また新しい女の子を連れ込んだのね?」


「まるで私が複数人の少女をたぶらかしているような言い方は、誤解を生むのでしないでいただけませんか?」


「事実じゃない! そして……そのうちの一人がわたしよ!」


 初対面の神官見習い少女に向かって、魔王は胸を張った。


 そっと開いた手平を自分の心臓のあたりに添えてみせる。


 ステラのお尻のあたりで悪魔の尻尾が自慢げに、ゆらゆらと揺れていた。


 魔王はカノンに胸元から手を差し伸べ告げる。


「さあ、あなたもわたしと一緒に、このロリコン神官と戦いましょう!」


 カノンはじっと揺れる尻尾を見つめてニッコリ笑う。


「お断りするであります」


「あら、連れないわね。ええと……そっか! わかったわ! 自己紹介がまだだったのがいけなかったのね。あたしはステラよ」


「自分はカノンと申しますであります」


 帽子を押さえるようにしてカノンは頭を下げる。魔王様は満足げだ。


「あらあら、どこかの誰かさんと違って神官みたいな服着てるけど、礼儀がなってるじゃない? ねえセイクリッドそう思わない?」


「私ほどできた神官はいませんよ」


「まったまたぁ」


 最近の魔王の馴れ馴れしさが留まるどころか有頂天な件。


 ゆっくりとカノンは頭を上げた。ステラを見つめる。


「ところでステラ殿のその頭のは……」


 言いよどむカノンにステラは笑う。


「あっ! これはね、魔族のつ……」


 思わず魔王の後ろに回り込んで、その口を手のひらでサッと封じた。


「もごごもげげげー!」


 どうしてこんなに迂闊うかつなんだ魔王こむすめよ。


 口をぎゅっと抑え込んだことに抗議でもするように、その尻尾はビタンビタンと暴れて俺の身体をムチのように打つ。


 地味にスネ狙いで痛いじゃないか。ローキックの鬼か貴様は。


 さらに噛みつこうと口をあけたので、より強く抑え込んだ。鼻まで塞げば窒息死させることができるな。


「もげげげげげ! れろれろれろ!」


 抑え込んだ俺の手のひらをベロベロとステラは舐め始めた。


 ナメクジが這うような感触だ。しぶしぶ彼女の“口”を解放する。


「ぷはー! 苦しいじゃないの何するのよ!?」


 ステラの唾液で汚れた右手の平に溜息しか出ない。


「カノンさんは王立エノク神学校の高等部で学んでいる現役生です」


「はいであります!」


 先ほどから背筋はシャンと伸ばしたままだ。


「魔族と戦う戦術教科を専攻している、対魔族に特化したいわば私の後輩です」


 ステラの目つきが鋭くなった。


「それじゃあ敵……もげげれろれろ!」


 俺が再び口を塞ぐと、即座にステラは手のひらを舐め返してきた。


 これなんてプレイ? 斬新な舐めプに俺の手のひらもふやけ気味である。


 拘束を解いてから、俺はステラの正面に回って両肩を掴むようにしてじっと彼女の顔を見る。


「いいからもう少しだけ、私の話を訊いていただけませんか?」


「あ……これマジでガチで怒ってるやつだし。わ、わかったわよ。あと、あたしの肩で唾液拭うのやめてよね」


 灰は灰に、ちりちりに、唾液は本人にかえすのが道理だ。


 ステラと約束を取り交わしたところで、俺は振り返りカノンに告げる。


「ステラはこの教会の近くに住む黒魔導士です。神官とはある意味対極の存在と言えますね。ですから敵という言葉に深い意味はありません」


「なるほどそうでありましたか!? セイクリッド殿、ここはどこの街でありましょうか?」


「地図にはまだ載っていない街です」


「そのような場所が未だに存在するとは驚きであります。是非、外の見学の許可を!」


「不許可です」


 ステラが「ちょ、ちょっといくらダメだって言っても、いきなり不許可は可哀想じゃない? ねえあなたはそれでいいの?」と、余計なことをのたまった。


 頼む――黙れ。


 が、カノンはうんと首を縦に振る。


「階位が上の神官の命令は絶対であります。上官が不許可というからには、不許可であります」


 カノンはそれで納得しているようだが、ステラが俺に視線を向ける。


「なにそれ怖い。じゃああなたが死ねといえば死んじゃうわけ?」


 キャスケット帽の少女は首を縦に振った。


「それが世界のためであればこの身を喜んで捧げるでありますよ」


 なにそれ怖い。噂に訊いた以上の“教育”をしているんだな戦術教科は。


 俺が在学中にはここまでひどくは無かったのだが、卒業後にエノクの体制も変わったようだ。


「カノンさんにうかがいたいのですが、最近のエノク神学校の戦術教科の方針は、大まかにどのような感じなのでしょう?」


「見敵必殺・一撃爆殺・一日一善であります」


 前の二つが物騒すぎて、最後の一つでかばいきれない危険あやうさだ。


「いったいまた、どうしてそのような方針に……」


「創設のきっかけとなった、ある学生の方針にならってのことであります。個人のことゆえ、その名前は秘匿ひとくされているのでありますが、エノク神学校創立以来の最強聖者にして魔物ハンターであります! 魔族が道の片隅に避けて通る“まぞさけ”の異名もあるのであります。超かっこいいであります!」


 カノンの青い瞳がキラリと輝いた。


 軽く引き気味でステラがキャスケット帽の少女にたずねる。


「へ、へーすごい人がいたものね。いつ頃まで学校にいたのかしら?」


「自分は直接存じ上げないのでありますが、二年ほど前とうかがっているであります。これは噂話の域を出ないでありますが、大学院を卒業後、教皇庁の中枢で働いているのだとか。きっと、今頃は最年少大神官になって、これからの教会の導き手になられていることでしょう!」


 ステラの視線がじわじわと俺に向いた。


 知ったな……こいつ。


「セイクリッド。トンでもない人があなたの同期にいたものね」


 赤髪の少女の言葉にカノンが飛びついた。


「ほ、本当でありますか!? セイクリッド殿はあの“名前を伏せられしあのお方”と、同期生なのでありますか?」


 俺はニッコリ微笑む。


 答えは――沈黙。それしかなかった。

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