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早とちりにて塵となり散らす命のはかなさよ 涙に濡れてホーリーレイン

 ある日の朝の事――


 教会の聖堂を俺が清掃していると、不意に大神樹の芽が光り輝いた。


「すいませんが、マーク2さんよろしくお願いいたします」


 講壇には案山子のセイクリッドマーク2を立たせてある。


 アコとカノンが死に戻ってきたのだろうと任せていたのだが、こんな早朝に冒険に出て死んでしまったのだろうか? と、ふと思った。


 それに普段なら「ごめーん! 死んじゃったよテヘペロ!」やら「おはようございますであります!」と、大神樹の芽から声が聞こえてくるのだが……。


 考えている間に、マーク2が蘇生魔法を使って“一人”を甦らせた。


 床を掃き清めていたほうきを壁に立てかけて、俺はじっと赤いカーペットに視線を向けた。


 たまに占い師で双子の妹のルルーナが、ひょっこりやってくるのだが、魔法の光が集まると形作った人の姿は、まったくの別人である。


 黒い直毛のオカッパで、右目が前髪で隠れていた。やや吊り目気味のヘーゼルナッツ色をした瞳が、振り向きざまに俺を見据える。


 頭にはお面のようなものをかぶっていた。


「予定通り到着しました。間違いありません大神官ターゲットです」


 そっと右耳のあたりを指で押さえるようにして、少女は呟く。


 黒を基調としたゴシックドレスはレースがあしらわれ、足下は薄手の黒いストッキングだった。左手に白と黒のストライプ柄の傘を持ち、それをくるんと回して見せる。


「はい……では後ほど」


 端から見れば独り言も、遠くの誰かと話していると思えば合点がてんがいく。


 案山子のマーク2では応対もできないので、俺は彼女に声を掛けた。


「初めまして。私はこの教会の司祭を任されているセイクリッドと申します」


「知ってます」


 対峙してみると、背の高さはステラやカノンと同程度だ。ただ決定的な違いがあった。


 谷間ができるほどには胸があるということだ。


 胸元の開いたドレスでも、少々窮屈そうではあった。


 ともあれ、ただのゴスロリ少女というわけでも無さそうだな。


 俺を標的ターゲットと呼んだのだし、偶然ここに迷い込んできたというよりは、何者かの手によって送り込まれたと見る方がいい。


 そして、俺に送り込まれるといえば十中八九、刺客である。


 せめて偶然やってきてしまったことを装えば、アコやカノンと同じように対応するのだが、今回やってきた黒髪少女は確実に俺が誰かを知っている前提だ。


「では、行動を開始し……」


 少女が言いかけたところで俺は一瞬で間合いを詰めて、その口を右手で塞いだ。


 そのまま足を刈って転ばせ、少女の背中を赤いカーペットに押しつける。


 大の字に倒れた少女の腹に馬乗りになり、膝で彼女の腕の根元を拘束。


 上からじっと冷たい眼差しで少女の顔を見据える。口は押さえ込んだままだ。


 俺の動きに驚いたのか、少女は「んぐもももー!」と声にならない声を上げて、首をジタバタと左右に振ろうとした。


 無論、俺の右腕がそうはさせない。ガッチリとホールドしてこちらを向かせ続けた。


「さてと、どこの誰ですかね。貴方を魔物に殺させて、こんな僻地へきちに送り込んで来たのは……おっと、声を出す必要はありません。今から心当たりの名前を挙げていきますので、該当する名前が出た時に首を縦に振ってください」


「むごごも!」


 少女は首を左右に振った。


「それは残念です。素直に従っていただければ良かったのですが、こんな手を使うことになるなんて。どうか神よお許しください。秘技……聖なる嘆きの涙(ホーリーレイン)


 俺は頭の中に、レモンやプラムを思い浮かべた。口の中いっぱいに唾液が分泌される。




 ツー……ぽとり




 黒髪おかっぱの耳元に、雨でも降ったように小さな染みができあがった。


 少女は激しく首を縦に振る。


「ああ、良かった。話合いに応じていただけるのですね」


 この方法で口を割らなかった刺客もいるのだが、その場合は別の方法を採らざるを得ず、まあともあれ今回はあんなことや、そんなことはしなくても良さそうで一安心だ。


 少女の榛色はしばみいろの瞳が、涙でじわっと潤んだ。まるで生まれたての子鹿のようにプルプルと震えている。


 おや、もしやこれは勘違いだったのだろうか。思えば、暗殺者の類いなら、蘇生されると同時に俺に対して怪しい行動が言動など取るわけがない。


 まあ、この状態から魔法を使われそうになっても、発動前に聖なる嘆きの涙を直撃させて精神を乱し、魔法を無効化できるだろう。


 俺はそっと、彼女の口から手を離す。


「気が変わりました。ご用件をうかがいます」


「あ、あ、ああ、あの……」


 怯えた瞳に震える声で少女はうつむき気味に呟いた。


「わたしの……はじ……はじめ……はう」


「なんですか? もう少しハッキリと大きな声で仰ってください」


 俺は再び頭の中に、果実酢バルサミコ柑橘類グレープフルーツを思い描いた。


 気配を察して少女が悲鳴のような声を上げる。


「わ、わたしの初めての人になってください!」


 同時に聖堂の正面口の扉が開いた。


 顔を向けるとそこにいたのは、魔王様だ。


「おはようございますステラさん。今日はずいぶんとお早いのですね」


「なんだか目が冴えちゃって……じゃないわよ! ちょっと何してるの? 誰なの!? また新しい女の子なの浮気者!」


 ぶわっと赤毛を逆立てるステラにかまうことなく、俺に組み敷かれたまま黒髪オカッパの少女が声を上げる。


「あなたで処女を捨ててきなさいって教会の人に命じられました。お願いします! お金は前金でたっぷりもらっているので、わたしにさせてください。ごめんなさいごめんなさい、わたしなんかになんて思いますが、せめて気持ち良くイけるように、一生懸命やらせてもらいますから!」


 ステラが肩を怒らせ赤いカーペットをズンズンと迫る。


「ねえ……どういうことなの? お金を払うと女の子がきて……何をどうするつもりなの!? ひ、膝枕とか耳かきとか、そ、添い寝くらいなら言ってくれれば……言ってさえくれればぁああ」


 キスで子供ができてしまうという貞操観念の持ち主なステラにとって、デリバリー的サービスの妄想限界点はそこらへんらしい。


 極大級の魔法力がステラの手の中に集約されつつあった。


 俺は視線をオカッパ少女に向ける。


「正直に答えてください。でなければ二人まとめて命に関わる危機ですから」


 オカッパ少女はコクコクと二度、うなずいてから大きな声で、ハッキリと俺に告げた。


「あなたのハートをいただきに参上しました!」


 ステラが極大級の獄炎魔法を指先で結晶化させる。


 いかに教会内部とはいえ、力をつけ始めた彼女の結晶化魔法を至近距離から受けるのは危険すぎる。


「セイクリッドのばかああああああああああ!」


 普段のステラよりも二割ほど冷静さを欠いていたのか、彼女は魔法を解き放った。


 速度は遅いが触れたモノみな消し炭へと還る炎が飛翔する。


「巻き込まれてはやっかいです。私の後ろへ」


 俺は立ち上がり、倒れた……というか、倒した少女の前に立つと、大神樹の芽から魔法力を引き出して防壁魔法を正面に積層展開させようとした。


 が、それよりも早く、黒髪の少女は機敏な身のこなしで立ち上がったかと思うと、俺の前に出る。


 振り返りながら少女は俺にこう告げた。


「わたしがその命を摘み取るまで、どうか壮健でいてください」


 にっこりと微笑む彼女を、俺は突き飛ばした。


 黒髪オカッパ少女が何をしにきたのかもわからないが、一つ俺の中でハッキリしていることがある。


 こんなことでステラに人をあやめて欲しくない。


 大神樹の芽よ。どうか俺に神のご加護を。


 積層展開させた防壁魔法は二十一層。そのことごとくをステラの結晶化獄炎魔法は突き破ったが、その都度赤い光弾は小さくなり、最後の粒が俺に直撃――炎上した。


 突き飛ばされて涙目のまま、オカッパ少女が燃え上がる俺を見上げて震える。


「そ、そんな……どうして……わたしなんかを庇って……し、死なないでくださいお願いですから!」


 先に命をなげうって庇おうとしたのは、そっちの方だ。まあ、その行動の真意はさっぱりわからないままだが。


 全身を炎に包まれながら、俺はニッコリと微笑み返した。


「心配には及びません。十分に威力は殺しましたし、この神官服の防御力をもってすれば……」


 炎がフッと立ち消えて、神官服は黒焦げになりボロボロと剥がれ落ちた。


 まるで脱皮するかのように、俺は一糸まとわぬ姿へと変わる。


「この通り、髪の毛先が少々焦げた程度で、身体には火傷一つ負っておりません」


 脱ぐつもりはなかった。脱げてしまっただけだ。


 直後、魔王様の「なんで裸になるのに全力を尽くすのよー!」という悲鳴が上がるのだった。


 さてと、とにかくステラの誤解を解くためにも、まずは黒髪オカッパ少女に尋問……もとい、いくつか質問しなければならなさそうだな。

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