力が……欲しいか?
ここに大神官が控えているというのに、ニーナはそれすら忘れているようである。
ステラが「へー! よくできてるわね。こういう突発的なイベントが入るなんて」と、こちらは冷静なものだ。流石というか魔王様である。動く死体程度では動じないらしい。
「ずいぶん冷静ですね」
「だってこれ仮の世界なわけでしょ? 噛まれるわけないじゃない」
言われてみればその通りだが、ニーナは涙目になって必死で両手をブンブン振って、生ける屍を追い払おうとした。
すると――
そんなニーナの目の前に光が溢れて、文字列が表示される。
『大切なものを守るため、聖なる力を欲するものよ……力を求めるならば契約するのだ』
先ほどニーナが途中まで書いた入信希望の書類だった。
『今、入信すると、もれなく誰でも不死者を簡単に倒すことができる光の聖剣レプリカをプレゼント! これでキミも明日から聖騎士の仲間入りだ!』
ニーナの手に独りでにクレヨンが浮かび上がる。
「ニーナは……ニーナはみんなを守りたいのです……ちからがほしい」
なにこの展開。
「書いてはいけません。これは罠ですニーナさん」
俺の声にニーナは振り返って涙を浮かべる。
「けど、けど、ニーナががんばらなきゃ、みんなが食べられちゃうから」
幼気な少女の心に忍び寄り、窮地に追いやって契約を迫る不埒な悪党どもを許すわけにはいかなかった。
俺はニーナに跪く。
「どうかここは、大神官たる私に命じてくださいニーナさん」
「お、おにーちゃ……」
幼女の手からクレヨンがぽとりと落ちた。それがすべての答えだ。
委任と受け取り、俺は仮想世界でイメージする。
聖剣を……もとい、光の撲殺剣を。
動く死体を四桁単位で一掃した大神官の仕事ぶりに、仮想世界の子供たちとニーナの賞賛の声が浴びせられたのは、その五分後のことだった。
が、イベントが終わってしまったためか、大量に積み上がったリビングデッドの撲殺死体(我ながら何を言っているのかわからない)が溶けて消えると、子供たちの姿もゆらりと蜃気楼のように、影も形も無くなってしまった。
「ばいばーい! またねー!」
消えてしまったのだが、ともかく“無事”と思ったのか、ニーナは満足そうにステージに手を振った。
ステラは途中からあくび混じりで退屈そうだ。
「セイクリッドがニーナにイイトコロ見せたかっただけなんじゃないの?」
「結果的にはそうなってしまいましたね。ずいぶん長いこと遊びましたし、そろそろ現実世界に戻ってお茶にしましょうか」
ニーナも「はーい!」と、元気に返事をするのだが、先ほどの「守らなきゃ」というのが演技だったのか、それとも本気だったのか、少々計りかねるところだな。
「っていうか、さっきからセイクリッドなにやってるの? みんなして変な箱を顔につけて、ちっちゃな杖振り回して……軽く引くわぁ」
「ずっと黙って見ていたでありますが、珍妙な光景でありますな」
現実世界で聞き慣れた声が響いた。
俺が仮想世界で無双している間に、いつの間にか死に戻った勇者と神官見習いが、蘇生復活していたようだ。
案山子のマーク2の黙々とした仕事ぶりを批難するつもりはないものの、おい貴様ら……もしかしてずっと見ていたんですか?
ステラが慌てて声を上げる。
「ちょ! アコとカノンいつからいたの?」
俺も顔につけた箱をとって、現実の“最後の教会”に戻ると、アコとカノンがお互いに耳元で「ひそひそであります」「やばいってぜったいやばいって。めっちゃ口元笑ってたし」と、俺に視線を向けて囁き合っている。
ニーナも「よいしょっと」と、声をあげて顔につけた箱をとった。
アコとカノンを見て幼女はニッコニコだ。
「アコちゃんせんせーとカノンちゃんだー! こんにちは~!」
「やあニーナちゃん」
「こんにちはであります。ずいぶんと楽しそうでありますな」
ニーナが手にした箱をカノンに掲げて見せた。
「えっとねえっとね! この中にだいせいどー? があるんだよ! それにお友達もいーぱいいて、ニーナは一緒にお歌を歌いました」
アコが突然ニーナをギュッと抱きしめた。
「ああ、ニーナちゃんもういいんだよ。そんな妄想をしちゃうほど、寂しいんだね」
カノンも「心が悲鳴を上げる前に、相談するでありますよ。アコ殿も自分もニーナちゃんのお友達でありますから」と、優しく諭し始めた。
これにはニーナの方が「え、えっと、嘘じゃないからぁ」と困惑気味だ。
ステラがカノンの背後に回り込んで、先ほどまで自分がつけていた箱をかぶせる。
「ほら! 論より証拠ってやつよ」
カノンが「ほおおおお! こ、これは初等部にある音楽堂でありますな! 懐かしいであります!」と驚きの声を上げた。
アコが目をぱちくりさせているので、ニーナが使っていた箱をアコの目にそっと押し当てた。
「うわあああああああああああ! なにこれ!」
二人が理解するまで五秒とかからず、ステラが操作方法を説明して仮初めの世界を動けるようになるまで、三分もかからなかった。
「ボク入信するよ!」
「ああ! ずるいであります! 自分は神官見習いだから優良信者入信キャンペーンに参加できないでありますよ!」
「ふっふーん! いいでしょカノン? 限定100着だけど、もう残り2着しかないんだって」
「ずるいであります! ずるいでありますー!」
さっそく向こうの世界で罠が勇者と神官見習いに牙を剥いたようだ。
だが、アコの両腕がだらんと下がって、がっくりと黒髪の少女は肩を落とした。
「ええぇ……なにこれ寄付金が足りません……って」
「アコ殿、お金は持っているでありますか?」
「そんなの持ってるわけないじゃん!」
「あ~残念でありますなぁ」
しかし、誰かが利用している姿をこうして見ていると、確かに声が掛けづらいというか、奇妙さが際だって見える。
先ほどまでノリノリで、こんなシュールな姿をアコとカノンに晒してしまったのか。
少しだけ「死にたい★」と思ってしまう俺でした。
とりあえず試用レポートには、利用者と第三者の温度差がひどいということと、課金コンテンツが多すぎるので無課金信者も楽しめるようにしてほしいと、要望を出しておくとしよう。
――後日
大聖堂の壁に描かれた大神樹に、赤い知恵の実が浮かび上がったという噂が広まったのだが、我々には一切関係ない奇跡であると、ここに明言しておこう。




