まともすぎて怪しいというのは、まともじゃないやつの言いがかりではなかろうか(大神官曰く)
お茶をご馳走になる間、王女様と教会のあり方についてや、聖典の解釈についてなど有意義なやりとりをすることができた。
料理好きというだけでなく、クラウディアの教養は豊かであり、かといってそれをひけらかすようなこともない節度を保っている。
一方、仕方のないことだが、ラステ君は聖典の一節についてクラウディアから意見を求められると、しどろもどろになったあげく視線を明後日の方角に向けて「感じ方は人それぞれだから」と、どうとでも受け取れるような返答をするのが精一杯のようだった。
なのに王女は青い瞳を輝かせて「多様な価値観を認め寛容を示すということですね」と、赤毛の神官見習いに尊敬の眼差しを向けるのだ。
ラステは胸を張った。
「そうそう! そういう感じ! いやーやっぱおれの懐って海よりも広く深いわぁ」
自分で言うことではない。なのにクラウディアが「ええ、とっても」と同意するものだから、ますます少年は上機嫌になった。
と、すぐにハッとして王女様は俺に向き直る。
「あ、あの、今日は……セイクリッド様とお話をするのに、すいません」
「いえお構いなく。ラステも同世代の方と意見を交換できて、良い経験になっております。そうですよね?」
少年は「あーはいはい、そうそうそういう経験て大事だよねー」と軽い口振りで合わせる。
その手はひっきりなしにテーブルの上を行き来していた。
「あの、お土産でしたら別にご用意いたしましょうか?」
「おかまいなく~!」
王女様、そこで貴方の焼いたクッキーを素早く懐紙に包んでお持ち帰りしているのは、現役魔王様ですよ。
談義も終わったところで、クラウディアから「湖畔をお散歩しませんか?」と申し出があった。断る理由もないため席を立つと、ラステが「ちょっと失礼!」と、俺の腕を引っ張ってサロンを出る。
廊下で二人きり、近衛の監視する気配も無いのは大神官への信頼の証と思っておこう。
「ちょっとちょっと! お散歩デートするつもりなわけ?」
「口調がステラさんに戻っていますよラステ君」
「っていうか、どうするのよ? あの娘……お茶も完璧クッキーもニーナにお土産にしなきゃってレベルだし……。なんていうか話してて嫌な感じもしないっていうか、えっと……アコとかカノンとかって疲れることあるでしょ? それが全然ないの! むしろ癒やされるし甘えたくなるくらいで……ま、まあ美貌に関してはタイプが違うけど、あたしと良い勝負って感じじゃない?」
少年はムッとした顔だ。
「いったい何をそんなに怒っているのですか?」
「お、怒ってないわよ。というか出来すぎてるっていいたいの! 絶対罠ね」
「私を罠に嵌めようと王女様が演技をしているとは思えませんが」
「そういう所が男の人ってだらしないのよね? ちょーっと胸がわずかながら、あたしよりふっくらしているだけで警戒心ゼロ! ハイ失格! 神官失格! 人間失格! いっそ魔族に寝返りなさいよ! というかもう、ほとんどこっち側に染まってるでしょ? 認めちゃいなさいって」
俺の顔を指さしながら、なぜかラステ君は苦しげに若干前屈み気味だ。
お前こそ認めてしまえ。
「わずかな違いとはいえ、決定的かつ歴然とした戦力差というものはありますよね」
「戦いは数じゃないわ! 奇策を用いて少数精鋭が勝つから盛り上がるんでしょ? ともかく敵の補給線を叩いて叩いて叩きまくって、逃げたフリして罠に誘い込めばだいたいオッケーなんだから」
奇策というより奇術魔術に奇跡の類いの戦術論だ。いったい、どこの提督の話だろう。というか、そういう状況に陥った時点で戦略的には負けだと、きっと聡明な提督なら自嘲気味に笑うところだ。
「そんな戦い方をする指揮官の元では、部下は負けたフリや逃げるのばかり上手くなりそうですね。さて、お話は以上でしょうか? あまり王女様をお待たせするのも悪いですから」
ラステがぎゅっと俺のローブの袖を掴む。
「ね、ねえ……絶対に……絶対に二人きりでボートとか乗っちゃだめよ。良い雰囲気になったら、き、きき、キスとかしちゃうかもしれないし。セイクリッドって初日から飛ばすでしょ?」
まあ、上級魔族相手になめられないよう、最初に力を見せるようにはしているのだが、それがステラにはトラウマになるほど衝撃的だったのかもしれない。
どうして同じようなことを王女様にすると思うのか。それがわからない。
「まあ、湖畔にボート小屋があるとは限りませんし、危ないことは近衛の騎士たちがさせないでしょうから安心してくださいラステ君」
そっと少年の頭を撫でると、彼は口をもごもごさせつつも目尻はトロンとまどろんで、なんとも複雑な表情を見せるのだった。
新緑の匂いをはらんだ風が、そっと静かに透明な湖面を揺らす。
湖をぐるりと囲む沿道を俺は王女様と並んで歩く。お互い肩や腕が触れるかどうかというところだ。
ちなみにラステはというと三歩後ろをついてきた。どうあっても監視は続けるつもりらしい。
ご苦労な事である。
俺は後方の事は気にせず、隣に立つ少女に語りかけた。
「とても素敵な場所ですね。静かで心安まるのに、寂しさを感じません、森の豊かさがそう感じさせるのでしょうか」
青い小鳥たちの歌声が美しく重なりあって、水のような涼やかさが耳に心地よかった。
クラウディアは嬉しそうに目を細めて笑う。
「気に入ってくださったのですね。いつでも遊びにいらしてください。あの……できれば今度はお一人で……」
クラウディアが言い終わる前に、赤毛の少年が俺と王女様の間に割って入った。
俺に当て身を食らわせるようにして、王女の隣に割り込みをかける。
「はいはいストーップ! ちょっとさっきから近すぎるんじゃないッスかねーセイクリッドぱいせん?」
驚いたクラウディアは「まぁ」と声を上げると両手で自身の口元を覆い隠した。
軽くよろけながら俺はラステに視線を向ける。
「王女様を驚かせるようなことは控えてくださいませんかラステ君?」
少年は俺と王女様の前に立ちはだかった。
「いやなんか近すぎでしょ? だいたい二人して会話もぜんっぜん弾んでないじゃない?」
確かに散策に出てからは、クラウディアとの間で会話らしい会話というものが無かった。
ただ隣に居てくれるだけで心が穏やかになる。そういう距離感というものが、神官見習いの少年(ただし中身は魔王少女)には理解しがたいらしい。
「なにもベラベラとお喋りするのが良いとも限らないのですよ」
「なによそれ!? つまんないわよ!」
ムキになったのか、口調がステラに戻っている。そんなラステをおっとりとした眼差しで見つめたまま、王女様は首を小さく傾げさせた。
「あの、ええと……」
両手をジタバタさせてラステが言い直す。
「つ、つまんないのでやがりまするよってにー!」
あーもうめちゃくちゃだよ。口調が。
そんなラステの慌てふためく様が面白いのか、クラウディアは「ご、ごめんなさい。本当に賑やかで愉快でっ……ひ、ひぃっ!」と、軽く引き笑いするくらいにお腹を抱えてしまった。
笑いすぎて軽く涙目だ。その涙をラステが人差し指で拭ってスマイルを浮かべる。
「ああ王女様! 美しいあなたさまに涙なんて似合わない。さあ、おれの胸に飛び込んでおいで!」
まるで勇者アコのようだ。魔王ステラが参考にしたであろうことは、容易に想像がついた。
「あ、あは、あーっはっはっはっは! ご、ごめ……ひぃっ!」
どうやら王女様のツボに入ってしまったようである。
すぐにクラウディアは落ち着きを取り戻したのだが、彼女は「三人で並んで歩けば寂しくありませんよね」と、右手でラステの手をとり、左手で俺の手をとって男二人に挟まれるような形で歩き始めた。
先ほど「お一人で……」と言いかけていたわりに、三人一緒を推奨するあたり、王女様はラステの事にも気配りしているわけである。
最近では、この世界には自分とニーナくらいしか、まともな人物はいないと思っていたのだが、どうやらその認識は改めなければならなさそうだ。
湖畔に小屋が建っており、簡素な桟橋にはオールのついた小舟が係留されていた。
無視して引き返すこともできたのだが――
「セイクリッドぱいせんさ~! ここは大人の男として腕力を見せつけるチャンスじゃないかなぁ?」
俺に良い格好をさせるつもりなどないという表情とは裏腹に、ラステが率先して俺を桟橋に引っ張った。
「漕ぐなら貴方ががんばればいいでしょうに?」
「いやぁ……持病の腰がちょっとアレがアレしちゃったもんで」
「今すぐ完全回復魔法で癒やして差し上げましょうか?」
ラステはムッとした顔になる。
「宗教上の理由でボートを漕ぐことは禁じられてるんッスよ~!」
「そのような禁則事項は聖典にはありませんよ?」
俺とラステのやりとりが楽しいのか、ケンカ未満の言い合いに王女様は朗らかな笑顔だ。
「本当に兄弟みたいに仲が良いのですね」
ラステが俺の顔を指さした。
「こ、こんな兄貴がいたら最悪だってばよ! っていうか王女様だって十三王女でしょ? 兄弟姉妹はいっぱいいるんじゃないの?」
少しだけ寂しそうに遠く青空を見上げると、クラウディアは「ケンカをするようなことはありませんでしたから、仲は悪くはないですね」と、力無く呟いた。
王女とはいえ継承権からも遠く、もしかすればそもそも兄や姉たちに相手にすらされていないのかもしれない。
性格も穏やかで宮廷闘争とも無縁そうなクラウディアは、その道具にすらならなかった。
などという妄想をふと、考えてしまった。
俺は王女にそっと手を差し伸べる。
「湖の上に出てみるのはいかがでしょうか。小さいですが、それでも三人程度なら乗れるでしょうし」
「よいのですか?」
「はい。独りぼっちになる者ができてしまうのは、寂しいことですから」
言うなり王女様ではなく、ラステが桟橋の縁から小舟に跳び乗った。
「おれが船長だかんね! セイクリッドぱいせんと書いて動力源と読む! うわっと! めっちゃ揺れるし」
暴れる小舟を落ち着かせなければならないな。俺も搭乗すると、船の中央部分に立って、王女にもう一度手を差し伸べる。
「さあ、足下が滑りますのでお気をつけてください」
「え、えっと……えい!」
スカートの裾を持ち上げて、クラウディアは俺の胸に飛び込んできた。
そっと抱くようにして受け止める。
「おっとっと! 思い切りが良いですね」
「す、すす、すいません」
俺の腕の中で淑女は耳まで顔を赤らめ、船首側でラステが「あっ! ちょ! ああっ!」となにやら声を上げるのだった。
「文句があるなら漕ぐ役を変わりますか?」
「絶対にノゥッ!」
腕を胸元で×にしてラステは吼える。
まったく……働きたくないこと魔王の如しという故事成語が出来上がる未来は、そう遠くないかもしれない。




