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インペリアルアローごっこやろうぜお前先陣な!

 ピッグミーは転がりながらも食いしばり、草原に膝立ちになった。巨体は前のめりになりゼーハーと呼吸も荒い。


 海賊団の団長だった、かつての力は失われていた。


「すぐに治癒を」


「ステぴっぴを守るぷぎー! 魔王が倒されたら配下のオレぴっぴたちも終わりぷぎーよ!」


 瞬間――


 氷牙皇帝が凍気をピッグミーに向けて解き放った。氷の結晶のようにアイスバーンの魔法力が煌めき、貫かれたピッグミーの傷口を水晶のように固まって塞ぐ。


「貴様も我と同じく魔王を目指した元魔王候補であろう。とっとと自力で回復するがいい」


 アイスバーンは氷結の力で止血したのだ。


 意識が覚醒し、俺は目の前のアコに対する認識を改める。




 アレは敵だ。




 と、同時にステラに身体能力強化魔法をフルセットで施した。


 赤毛の少女が緑の草原で躍動する。


「きゃ! ひゃああ! ちょっと! 落ち着いてアコ!」


「…………コロス」


 抑揚の無い声で剣を振り回す灰色の勇者の剣を、ステラはかろうじて避けながら呼びかけ続けた。


「なんでそんなに怒ってるの!? アコは勇者だけどニーナとも仲良くなってくれたし、あたしは……と、とと……友達って……思って……たのに」


「……マオウ、タオス」


 ステラの足がぴたりと止まった。


「え? えっと……バレちゃったんだ。あ、あたしがずっとアコに魔王だって言わなかったから……だから怒ったの? それなら……うん……ごめんなさい。言うの怖くて……」


 ばつの悪そうな顔でステラはうなだれた。魔王のバカもう知らない!


 とは言えないのが保護者のつらいところだ。光の撲殺剣を抜き払い、灰色勇者とステラの間に入って、俺はアコ(?)の剣を受け止めた。


 ガキイイイイイイイイイイイイン!


 と、金属音が草原の果てまで響き渡る。真上から打ち下ろされた一撃を受けた俺の身体は、釘のように地面に埋まり足首まで陥没した。


 ぶつかり合った俺とアコを中心に、衝撃波が水の波紋のように緑の草原に同心円を描く。


「……ジャマスルナ」


 アコの手にした剣は、かつて俺が叩き折った覇者の雷剣だ。柄に仕込まれたオーブが光を放った。


 一拍置いた直後――天から雷撃が降り注ぎ、俺の身体を矢のように射貫いた。


 雷剣だと見抜くと同時に、足下へと雷撃を逃がす防御魔法で威力を半減させたが、俺のサラサラ系ストレートヘアーが、いきなりチリチリパーマにされてしまった。


 実に許しがたい蛮行と言わざるを得ない。


 泣き顔だったステラが俺の顔を指さしてお腹を抱える。


「セイクリッドイメチェン大失敗ね! ぷーくすくす!」


 普段の彼女らしさが戻って安心すると同時に、軽くムカついたがこの気持ちは俺のドS貯金箱に貯めておこう。


 死にかけたピッグミーと、ほぼ何もしていないアイスバーンまでこちらを指差した。


「食器洗いにちょうど良さそうな髪型ぷぎー!」


「なんと珍妙で哀れな成りよ」


 後できっちり懲らしめて差し上げよう。今は目の前のアコもどきに集中だ。


 中級回復魔法で内側から雷撃で焼かれた肉体の損傷を修復しながら、光の撲殺剣でアコもどきの剣を弾き返す。


 太刀筋鋭く、踏み込みも別人のはやさだ。これなら勇者を名乗るに相応しい技量と勇敢さだが、それを向ける相手が大神官というのが大きな間違いだろう。


「……モエツキロ」


 一瞬、剣を引いて溜めるような動作の直後、アコもどきは刃に魔法力の炎をまとわせて斬撃を繰り出した。


「……火炎斬」


 烈火が棚引き彗星の如く尾を残し、赤い刃が打ち下ろされる。


 が、その刃は俺には届かなかった。


「氷結の力よ……奪え! かいなを!」


 後方からアイスバーンがアコもどきの剣を右腕ごと凍り付かせた。その隙にがら空きになった胴体を俺は至近距離から撲殺剣で一閃する。


 手応えは軽く、アコもどきは自ら後方に飛ぶことで衝撃を逃した。吹き飛びながら回復魔法を自ら施して、凍結した腕を元に戻す。


 二十メートルほどの距離で対峙し、こちらは四人。前衛に俺一人残して三人が後方にいる格好だが、陣形フォーメーションと言えなくもない。


 アコもどきは無差別に襲いかかってくるわけではないようだ。じっとこちらの隙をうかがうう姿は、狩りをする猫科大型肉食獣サーベルタイガーを彷彿とさせた。


 一瞬たりとて、気をぬけば即座に斬りかかってくるだろう。


 およそアコとは思えない優秀さだった。俺はステラに告げる。


「魔王様ならもうおわかりかと存じ上げますが、アレが本物のアコさんだとしたら、有能すぎるとは思いませんか?」


 ステラはハッと目を丸くした。


「そ、そういえば……そうかも」


 俺はさらに言葉を継いだ。


「仮に本物だとしても、魔族の手にかかって死ねば再び大神樹を経由して魂が復活するのです」


 傷がふさがり始めたピッグミーと、アコのヘイトを稼がない程度の妨害で、ギリギリのラインを攻める自称皇帝(現在無職)のアイスバーンが「なるほど(ぷぎー)」と声を揃えた。


 襲ってくるなら倒すまで。ただ念のため、俺がトドメを刺さないようにしておこう。


「というわけで皆さん、協力してアコもどきを撃破しましょう」


 ステラが声を上げる。


「し、知ってたわよ! 今のはえっと……セイクリッドがアコがニセモノって気づくか試してただけなの! さあ、やっちゃいなさい二人とも!」


 ビシッとステラはアコもどきを指差した。


「も、もうちょっと待つぷぎー! 傷が完全にふさがって心の痛みが和らぐまで……」


「我にこの手を汚せというのか? 何様のつもりだ小娘よ」


 赤髪の魔王は両手に炎の魔法力を燃え上がらせた。


「魔王様よ! 文句があるなら偽アコより先に倒しちゃってもいいのだけれど」


 ピッグミーは「あ! 治ったぷぎー!」と引きつった笑みを浮かべ、アイスバーンは「ふふははは! 仕方あるまい! 我が力、ほんの一時いっとき貸してやろう」と、上から目線スタイルで忠誠を誓った。


 まあ、あまりこの二人に手間を取らせるつもりはない。


「私が食い止めますので、ピッグミーさんは強力な魔法を放つ前に隙だらけになるステラさんを守ってください。アイスバーンさんはアコもどきの怒りの矛先が、ご自身に向かない程度の嫌がらせを継続願います」


 氷牙皇帝のこめかみに青筋が浮かんだ。


「ええい! 貴様の指図など受けるか!」


 つい、厳しい眼差しを俺はアイスバーンに向けた。


「私の名前を言ってみていただけますか?」


「す、すいませんデストロイヤー……さん」


 こちらの視線の動きに連動して、アコが再び俺に向かって斬りかかる。


 ステラがピッグミーの肉体防壁の後ろに下がりながら、俺に声を掛けた。


「ちょ、ちょっとセイクリッド……大丈夫なの?」


 俺は左右の手に光の撲殺剣を握って、双剣状態でアコもどきと数度切り結んだ。


 司祭のローブの袖口やらがスパスパと切り払われはしたものの、致命傷はすべて防ぎ、回避している。


 魔王に背中を見せたまま、俺は返答した。


「こちらは問題ありません。これまでアコさんには何度となく辛酸しんさんめさせられてきましたから、そっくりさんとはいえ、遠慮なく思いっきりぶっ飛ばせる良い機会です」


 それに普段ならステラを守るためにする警戒や意識も、今はピッグミーに任せることができた。


 アイツが死んでも代わりはいるもの。


 俺を一向に倒せないことに苛立ったのか、アコもどきが吼える。


「……シネシネシネシネー!」


「本物もそれくらいのる気があるといいのですがね。勇者としては」


 アコもどきの突きを、撲殺剣で巻き込むようにらして俺は言う。


「さあ、ステラさん極大級の魔法を。私もろとも吹き飛ばすつもりでどうぞ」


「ど、ど、どうなっても知らないんだからね!」


「……サセルカ」


 アコもどきは器用に俺を斬りつけながら、本物が苦手とする遠距離への魔法攻撃でステラを牽制したのだが、ピッグミーがステラの身体を小脇に抱きかかえて逃げ回った。


 ステラという「道具として使うと攻撃魔法が出る」装備品を手にして、爆炎や風刃の中を駆け抜ける豚男というシュールな光景だ。


「準備できたわよ!」


 俺は視線で氷牙皇帝に指示を出した。


「は、はい! デストロイヤーさん!」


 アコもどきの腰のあたりまで、氷の彫像のように凍結する。


 動けなくなったところで、俺は縮地歩行で後方に下がりながら、前方にミルフィーユの如く防壁魔法の層を重ねた。


 ステラが高らかと声を上げる。




「極 大 爆 発 魔法ッ!!」




 直後、世界を揺るがすかのような轟音と衝撃が駆け抜けた。


 緑の草原で隕石落下のような大爆発が起こり、大地はお椀型にえぐり取られてクレーターの真ん中に、灰色の勇者が倒れ伏す。


 俺の積層防壁で守られた後方の三魔族は、集まってハイタッチをして喜びを分かち合った。


「やったわ! 全部あたしの作戦通りね!」


「さすがステぴっぴぷぎー!」


「ふむ、その成長ぶりがまな板にも反映される日も近いだろう」


 ステラのハイタッチが拳となってアイスバーンのあごをかち上げた。


「あ! ゴメンナサイチョットテガスベッテ」


 棒読みである。


 すべて片付き、あとはこのまま元の世界に戻る魔法陣なりゲートなり、現れてくれればと思ったのだが……。


 倒れたままの灰色の勇者の身体に、復活の魔法力が降臨した。


 つい、俺の口から言葉が漏れる。


「これは……蘇生魔法?」


 再び一陣の風が吹き込んで、灰色の勇者の元にキャスケットに眼鏡の少女が寄り添うように舞い降りた。


 カノンである。青系統でまとめられた服装も、アコと同じく影のようにモノトーンで統一されていた。


 眼鏡のレンズ越しに光る金色の瞳が、俺たちを見据える。


「……タオスデアリマス」


 本物のカノンが使えるのは半蘇生魔法なのに対して、カノンもどきは完全復活が可能な蘇生魔法を使ってみせた。


 再び立ち上がったアコとともに、こちらに敵意剥き出しである。


「どうやら第二ラウンド開始のようですね」


 ぬか喜びしたステラたちには悪いが、もう一仕事してもらわざるを得ないな。




 そして――


 俺がアコを足止めし、カノンの相手はアイスバーンが受け持った。流れ矢のような攻撃はピッグミーが防いで、ステラの強力な一撃でまとめて撃破というのが大まかな流れだった。


 さらなる増援を警戒したものの、どうやらカノンまでで打ち止めらしく、俺はホッと息を吐く。


 倒した灰色の勇者パーティーは、黒い粒子に溶けて消えた。


 まるで入れ違うように、地面に魔法陣が黒い稲妻を吐きながら浮かびあがり、俺たちの前に再び深淵門が姿を現す。


「ここにはろくでなししかいないぷぎー! もうこんなひどい場所とはおさらばぷぎー!」


 さらにひどい場所に通じている可能性もあるのだが、ピッグミーは門へと飛び込み、それにアイスバーンも続いた。


「さらばだ魔王よ! ふはははは!」


 さて、どうしたものか。他に出口らしい出口も見当たらない。


 深淵門を前にして二人きりになると、ステラが俺の顔を見上げる。


「どうしましたステラさん?」


「えっとね……なんだか……ちょっと安心したっていうか……セイクリッドが出て来たらどうしようって思ってて」


「アコさんもカノンさんも、本来のお二人とはかけ離れた強さでしたからね」


「う、うん。そうなんだけどね……」


 どことなくステラは浮かない顔だ。


「私はむしろ、教皇ヨハネが出てこなくてほっとしていますよ。さあ、参りましょうか」


 そっと手を差し出すと、ステラは両手で握ってきた。


 冷たい手だ。かすかに震えている。


 涙に潤んだ瞳が、真剣に俺に訴えた。


「深淵門のことはわからないって言ったけど、本当は……嘘なの。一つ隠し事をしてたから……」


「おや、正直に懺悔なさるおつもりですか。なんなりとお話ください。貴方に閉ざす扉を私はあいにく持ち合わせてはおりません」


 コクリと小さくうなずいて、少女はそっと呟く。


「深淵門はね……魔王の心を映す鏡……って、お父様から聞いたことがあるの。本当なら、独りで向き合うしかないって……魔王は……王様は孤独な存在だから」


 これまで暴走するようなことが無かったというのであれば、ステラの成長レベルアップに応じて、深淵門にも変化が訪れたということだろうか。


「また大きくなった時にはご相談ください。慰めて差し上げましょう」


 途端にステラが「ぷっ!」と噴き出した。


「ちょ、なんだか変な言い方じゃない?」


「事実を述べたまでです。まあ、それもこれも元の世界に戻れたらの話ですが」


 胸のつかえが取れたのか、ステラはスッキリとした表情を見せると「それもそうね!」と、大きくツインテールを揺らして首を縦に振った。


 ちなみに、俺はといえばずっとチリチリパーマである。


 回復魔法で回復しきれないものもあるのだ。


「じゃあ、一緒に帰りましょう」


「はい、魔王様」


 手を繋いだまま俺とステラは深淵門に足を踏み入れる。


 再び堕ちて行く感触に包まれたのだが、互いに握り合った手がほどけるようなことは無かった。




 次に目を開くと、そこは玉座の間だった。アイスバーンとピッグミーが家捜ししているところに直面し、ステラは問答無用で二人を再び玉座に封印。


 そして、俺たちを吐き出した深淵門はというと、片手に握り込めるほどにまで小さくなり、石床に広がった魔法陣も収縮して消えてしまった。


 もしかすれば、すべてステラの不安や不満が生み出したものなのかもしれないのだが、確かめる術はない。


 とはいえ、魔王様も元通りになり魔王城は再び平和を取り戻したのだった。

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