深淵門を抜けるとそこは……wwwwwwwwwwwww(大草原不可避)
草の匂いで目を覚ました。
魔王城の玉座の間から地の底に落とされたような気がしたのだが、目を開けば一面雲一つ無い青空だ。
身体を起こすと、そこはどこまでも、本当にどこまでもどこまでもどこまでも地平線の彼方まで続く、一面の草原だった。
そして、俺の隣には赤髪の少女と、その脇にアイスバーンとピッグミーが倒れたままである。
哀れアイスバーン。ピッグミーの巨体の下敷きにされて、右半身が地面に陥没していた。
俺はステラの頬を軽くつねってみる。
「痛ッ! 痛い痛い痛いちょっとびっくりするじゃないの!」
パッと両目を見開いて、少女は跳ね起き立ち上がると右手でほっぺたを撫でながら、左手は俺の顔を指さして抗議した。
「痛いということは生きている証拠ですよ。良かったですねステラさん」
どうやら死んだわけではないらしい。
ステラは涙目になって訴え続けた。
「そ、そういうのは自分のほっぺたでやりなさいよ!」
「すいません。プニプニしていてつい……」
「このドS神官……も、もっとやり方があるでしょ。眠れる森のお姫様の起こし方みたいな……」
むうっと口を尖らせて少女はぼやく。
「なんですかそれは? 光る棒でたたき起こすのでしたら得意ですけど」
「死んじゃう! それ死んじゃうやつ! バカぁ……というか、ここどこ?」
しゅんと尻尾も垂れ下がり、ステラは落胆したまま辺りを見渡してさらに落ちこんだ。
「ステラさんもご存知無いようですね」
少なくとも魔王城の一室というわけではなさそうだ。
「さて……と」
俺は光の撲殺剣を手にした。ステラが後ずさる。
「ちょ、本当に光る棒出してどうするつもりなの? ま、まさかチャンスだからって、あ、あ、あたしにひどいことするつもり!?」
「大神樹の目も届かなさそうですし、魔王城ですからね。今の私は教会の司祭というよりは、冒険者に近いわけです」
「いや! ちょ! そういう冗談止めましょう? あたし役に立つ魔王でしょ?」
「暇を持て余しては、私に対して呪いをかけて失敗し、解呪を頼みにやってくる魔王様が役に立つとお思いで?」
ステラはさらに三歩下がった上に、すっかり怯えて及び腰だ。
「苦いコーヒーだって一緒に我慢して飲んだ仲じゃないの」
「それとこれとは別問題ですよ。さーて、ステラさんには日頃から大変お世話になっておりますので、お返しする良い機会ですね」
「いやあああああ! 帰還魔法!」
少女が声を上げて魔法を使おうとしたのだが――
「嘘……でしょ?」
不思議な力が働いているのか、ステラの帰還魔法はかき消された。
俺がゆったりとした足取りで彼女との距離をつめる。右手に発生させた光の撲殺剣で左の手のひらをペチ……ペチ……と軽く叩きながら。
「やめてこないでロリコン大神官!」
少女は追い詰められた時に出す“細かいやつ”を連打した。初級火炎魔法の連射は俺には一つとして当たらず、四方八方に飛んでいく。
「以前はちゃんと、いくつかは私の方に飛んできたのに精度が落ちていますよ?」
「なんで! なんで当たらないのよおおおお!」
俺は弾よけになるような防御魔法は使っていない。が、少女の目の前に立ってもステラは俺に魔法を当てられなかった。
俺はそっと……彼女の頭を抱き寄せて撫でる。
「冗談ですよ。本気にするなんて魔王様らしくもない」
「ファッ!?」
少女は身体をこわばらせながら、魔法の連射を止めた。と、思いきや、俺の胸を両手で突き飛ばして尻尾をビーンと立てる。
「ば、バカ! 知ってたわよセイクリッドはチキンだから、あたしを倒せないことくらい知ってたんだからね!」
「ええ、仰る通りです魔王様」
恭しく一礼ののち、少女はホッと息を吐いた。
「で、全然びびってないし余裕だったのだけれど、どういう意図があって脅しをかけてきたのよ?」
「半分は趣味にございます」
「人間なの? 良心の呵責って言葉知ってる?」
「もう半分は状況確認といったところでしょうか。どうやら帰還魔法でも戻れないようですね」
ステラが首を傾げた。
「“も”ってなによ? まさか、転移魔法もダメなわけ?」
「ええ。困りましたね。しかし私も撲殺剣はこの通り使えますし、一つも当たらなかったとはいえ、ステラさんの魔法も健在のようです」
「ちゃんと当てられるわよ。ちょっと焦っただけだから」
俺は折り重なって気絶したまま動かない元魔王候補二人に視線を向けた。
「では魔王様。あそこで動かない対象A及びBに対して、攻撃魔法をお試しください」
「ここ、超広々としてるから極大いっちゃって良いかしら?」
「獄炎などいかがでしょう」
「話がわかるじゃないセイクリッド。じゃあ……いくわよ~!」
十分にステラが溜めながら魔法力を高めたところで、ピッグミーが立ち上がった。
「ま、待つぷぎー! たんまたんま! 仲間同士で争い合うのは良くないぷぎーよ!」
地面に右半身埋まったままアイスバーンも口を開く。
「呼びだしておいて焼き殺すとかサイコさんか貴様ッ!」
ずぼっと身体を発掘戦艦よろしく地面から引き抜くように立ち上がって、アイスバーンも身体についた土などを手で払う。
ステラはニッコリ微笑んだ。
「二人ともずっと気絶していたのよね?」
ピッグミーが笑う。
「してたぷぎー! ステぴっぴは全然びびってもいなかったぷぎーよ」
アイスバーンも腕組みして「しかり」と頷く。
どうやら二人とも、途中で意識を取り戻してじっと狸寝入りを決め込んでいたらしい。
ステラの顔が真っ赤に染まった。
「それって……起きてたってことじゃないのおおおお!」
恥ずかしいところを見られた怒りが燃え上がり、少女は本気で極大級魔法を構築し始めた。
「ステラさんステイ……大丈夫ですよ誰も貴方の恥ずかしいところなんて見ていませんから」
「あなたのせいでしょ! 他人事みたいに言わないで!」
「ここは魔王らしく器の大きなところを見せることで相殺してはいかがでしょうか」
「へ?」
俺の言葉に合わせてピッグミーが「さすが魔王様ぷぎーねステぴっぴは。偉大さに平伏してしまうぷぎー」と地面に膝を着き頭を下げた。
アイスバーンがきょとんとした顔で直立不動なのをみて、ピッグミーが丸太のような腕で頭を下げさせる。
「そ、そうだな。我を倒した魔王だけのことはある」
二人が平伏したのを見てステラは両手で自分のほっぺたを覆うようにして、身体をくねらせた。
「見て見てセイクリッド! あたしのカリスマすごくない? カーッ! 生まれながらの魔王気質なのね。つらいわー溢れ出る魔王の威風が草原を駆け抜けちゃってつらいわー」
メッキのような忠誠のポーズでも、魔王様は大変ご満悦の様子だ。
「では魔王様。我らのリーダーとしてどうするか方針をお決めいただけますでしょうか」
少女はグッと右手を握り込んだ。
「当然、魔王城に戻るわよ。具体的な方法については、魔王軍スペシャルアドバイザーのセイクリッドが担当するわ」
THE丸投げ。この職場は限り無くブラックに近いグレーだ。
再び確認する。
周囲はどこまでも続く草原だ。
太陽は真上に煌々と輝いたままである。日の傾きで東西南北は判定できるかもしれないが、そもそも転移魔法や帰還魔法が通じないことからして、ここが魔王城のある大陸と……下手をすれば、俺たちが住む世界と地続きなのか怪しいくらいだ。
世界中に張り巡らされた大神樹の芽の気配が、まるで感じられないのだから。
俺は先日、新芽探しに使ったコンパスを取り出した。偶然、道具袋の中に残ったままだったのが今回は幸いしたというべきか、さらなる不幸というべきか。
一番近くにある大神樹の芽を指し示すのだが、コンパスの針はその場でグルグルと回り続けた。
「参りましたね」
上級魔族三人が俺の元に寄ってくる。
「なにが参ったぷぎーか?」
「所詮は人間。己の非力さを嘆くのも仕方ないな」
「セイクリッド早くなんとかして!」
頼りにならない魔王様に俺は両腕をあげた。
三人とも真似をする。
ステラが訊いた。
「で、このあとどうするわけ?」
「お手上げです」
「「「は?」」」
魔王と元魔王候補は綺麗にユニゾンした。どこかに街か、せめて川でも流れていればいいのだが、それすらない。
「つっかえないぷぎー! (´・ω・`)仮面がないとダメぷぎーか? だらしねぇなーぷぎー」
「デストロイヤーさん……あの、本当に?」
虚勢すら張れなくなりアイスバーンが真顔になった。
途方に暮れる俺たちの前に、突然一陣の風とともに影が舞い降りる。
それは黒髪にマントを羽織った冒険者風の装束の少女だった。
額の辺りに玉のついたサークレットもそのままだ。
ステラが驚き目を見開いて声を絞り出す。
「ちょ、なんで……アコがここにいるのよ?」
俺たちの前に突然どこからか姿を現したのは、勇者アコその人だ。
だが――
瞳は金色に輝き、その姿はまるで影を凝結させたように、頭の上からつま先まで、全身グレートーンになっていた。
そして剣を抜き払うなり、無言でその切っ先をステラに向ける。
信じられないという顔のまま、硬直る少女めがけてアコが飛び出した。
「なにやってるぷぎーか!」
ステラの前にピッグミーが飛び込んで、アコの突きを身体で受け止める。
アコの剣は深々とピッグミーの身体を貫いた。
ステラが呆然とする中で、豚顔が吼える。
「逃げるか反撃するか決めるぷぎー! こいつは敵ぷぎーよ!」
俺も一瞬、判断に迷ってしまった。
元々勇者=敵という意識のある元魔王候補だからこそ、アコに油断をしなかったために、ピッグミーが盾として“間に合った”のだ。
アコは無言でピッグミーの身体を蹴りながら突き刺さった剣を引き抜いた。
その蹴りの一撃に豚顔の巨体が十メートル以上吹き飛ばされる。
まるで別人……いや、勇者として本来の力を発揮できれば、それくらいの潜在能力をアコは秘めているだろうが……。
着地すると灰色の勇者は剣を払って血を風で拭い、再びステラめがけてじわりじわりと距離を詰め始めた。




