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ゲート オブ ジ アビス

 魔王城は謎に包まれている。


 ぽつんと建つ小さな“最後の教会”と比べれば、城門だけでも月とすっぽんクジラとイワシほどの差があった。


 ここから見えるのは城の外廓ばかりで、中がどうなっているのか見当もつかない。


 今朝はまだベリアルが門番として立っていなかった。


 まあ、彼女がいてもいなくても、誰も魔王城に挑みはしないのだが……。


 箒を手にして灰色の壁を見上げながら、俺は独りぽつりと呟いた。


「アコさんとカノンさんに、この巨大な城を攻略できるのでしょうか」


 先日、勇者と愉快な仲間たち(総勢二名)の現状を確認したところ、二人のレベルは以前よりも上がっていた。


 アコはレベル24で、カノンはレベル26だという。


 俺やステラに巻き込まれて、上級魔族やその手下と戦った成果とも言えるのだが、裏を返せば二人の成長速度はここ最近になって、すっかり足踏み状態である。


 ここしばらく、あの二人が巻き込まれるような上級魔族との戦いが起こっていないからだった。一方でベリアルが成長してしまったのだから、差は開いたと言えるかもしれない。


 レベルも高くなるほど上がりにくくなるため、二人が自力で魔王城に到達するにはまだまだ時間がかかりそうだ。


 教会の扉一枚開けば、目の前にゴールがあることを勇者も神官見習いも、まだ知らない。


 知ったところで二人がベリアルに挑むとも思えないな。


「魔王と仲良し勇者では、いつまで経っても決着はつきそうにありませんね」


 つい独り言を追加してしまった。


 しかし、仮に勇者が真面目だったとしても、魔王城を攻略できるか怪しいものだ。


 大きさだけでも巨大な都市一つ分。迷宮は上部構造物の建物だけでなく、地下にも広がっているかもしれない。


 かく言う俺自身も、魔王城の中に入った経験は乏しい。


 一度、ステラに帰還魔法で拉致されて玉座の間に行ったきりだった。


 長期戦必至。だからこその“最後の教会”なのかもしれないのだが――


「ハァ……しんどい」


 溜息交じりでぼんやり魔王城を見上げていると、城門が開いて赤毛の少女が駆けてきた。


 いつになく焦った顔つきで、あっという間に教会前までやってくる。


「ちょうど良かったわセイクリッド! ちょっと来てちょうだい!」


「おはようございますステラさん。今朝はずいぶんと早起きですね」


「そういうのいいから早く行くわよ!」


「どちらにでしょう? 朝から元気なのは結構ですが、人生焦りは禁物ですよ。急いては事をし損じるとも言いますし……」


 サッサッサと箒で掃き掃除をする俺の手を掴むなり、少女は帰還魔法を発動させた。


 目の前が暗転する。転移魔法とも違う奇妙な浮遊感が止んで、目を開くとそこは例の玉座の間だった。


「いきなり大神官を拉致監禁とは、ステラさんも魔王らしくなられたものです」


「説明は後よ! 深淵門アビスゲートが不安定なの」


「なんですその禍々しい嫌な予感しかしない門は」


 ステラが玉座に触れると、部屋の中心当たりの石床に魔法陣が浮かび上がった。


 かなり強力な魔法力だ。魔法陣から黒い稲妻がほとばしり、直径二メートルほどの球体が浮かび上がった。


 真っ黒なそれは深淵と言われれば、確かにそのような雰囲気を感じ無くもない。


 俺はステラに確認する。


「単刀直入にうかがいます。あの黒い球体はなんなのでしょう?」


「深淵門よ。こんなに大きくなるなんて、今まではもっと小さかったのよ」


 ステラが親指と人差し指で輪っかを作った。それが元のサイズとすれば、ずいぶんと立派に育ったものだ。


「それはずいぶんと小さかったのですね」


 誰かさんの胸のように。などと口にすればこの場で大神官VS魔王セメントデスマッチが開幕しかねない。


「大きくなったことに心当たりは?」


「え、えっと……自分じゃよくわからないのだけど、最近……あたし自身がレベルアップしたから……かも」


 ステラ自身で制御できなくなっているような口振りだ。普段の自信もどこへやら。


 力の暴走という意味では、先日マリクハで行われた賢人超会議において、ステラは一瞬とはいえ“覚醒”した。


 ああいったことがトリガーになるというのは、往々にしてあり得る話だ。


 俺は黒い球体を見据えつつステラに訊く。


「それで、大きくなるとどのような問題があるのでしょう?」


「わ、わからないの。だけど、きっと大変なことになるって……」


「しかし“門”とつくからには、この球体を通じて向こう側から何か出てくるかもしれませんね」


 教皇庁の専門家に調査依頼をしたいところだが、ここに連れてくるわけにも行かなかった。


「ど、どどどどどうしようセイクリッド!?」


 狼狽うろたえるな魔王様。


「ステラさん自身では対処法は見つからないようですね」


「う、うん……」


 実に素直である。が、俺たちが指をくわえて見ている間にも、球体は一回り膨らんだようにみえた。


 このままでは玉座の間を球体が埋め尽くしかねない。


 俺はステラに確認した。


「ニーナさんは城内にいらっしゃるのでしょうか?」


「えっと……ベリアルとハーピーにお願いして……ベッドごと遠くに運んでもらったわ。今、城の中はあたしとセイクリッドだけよ」


 何かあった時の事は考え済みか。


「それは結構な事です。私を頼ったのも良い判断だったかと思います」


 危険かもしれないが、俺は光の撲殺剣を右手に構える。


「な、何するつもりなのセイクリッド!?」


「これで魔王城が吹き飛んだなら、どうぞあの世で大神官をお笑いください」


 半分冗談交じりだが、半分は本当にあるかもしれない事実だ。


 実際のところどうなるかは神のみぞ知る。


「し、心中なんていやよ?」


 そう言いながら、ステラは俺の左腕にぎゅっと抱きついた。


「まあ、どうなるかやってみましょう」


 俺は覚悟を決めて光の撲殺剣を深淵門に突き入れた。


 切っ先はスッと呑み込まれ、抵抗されることもない。


 軽く先端を振ってみる。スカスカという手応えの無さだ。


 剣を引き戻してみると、消滅しているようなこともなく、俺自身に何か邪悪な魔法力が注ぎ込まれることもなかった。


「くっ! あああああ! なんということでしょう。邪悪な魔法力が右腕を介して入りこんで……やめろ! 破壊の意志よ! 私の中に入ってくるなッ!」


 光の撲殺剣を雲散霧消させ、髪の毛をかきむしりうずくまり苦しむ素振りを見せた途端、ステラが悲鳴を上げた。


「せ、セイクリッドッ!? ああ、どうしようセイクリッドが……けど、これも全部あたしの責任……さ、さあセイクリッド! すべてを壊したいというのなら、このあたしを壊しなさい」


 俺から離れて涙をにじませながら、ステラは両腕を広げた。


 少々、やり過ぎてしまったようだ。


 ボサボサの髪を手櫛で整えながら俺は告げる。


「というのは冗談です。私は普段通りですよ。ご安心ください」


 瞬間――


「極 大 獄 炎 魔 」


「すいません。今のは本当に私が悪かったです。謝ります。ですから自宅の真ん中で高火力な魔法を使って火事なんて起こさないでください」


 頭を下げるとステラは泣き顔で俺に抱きついてきた。


「ばかあああああ! 本当にセイクリッドがおかしくなっちゃったって思ったじゃないのぉ!」


 魔王にここまで心配された教会関係者は、俺くらいなものかもしれないな。


 とはいえ、この“すべてを呑み込んでしまいそうな深淵”の門は、どうすれば小さくなるのだろう。


「中に入れるようですし……ここは先ほどのお詫びも兼ねて私が入ってみましょうか?」


 ステラが赤毛を振り乱して左右に振った。


「だ、だめよそんなの! 危ないわ!」


 ふと、俺は思いだしたように名前を口にする。


「では、ぴーちゃんではどうでしょうか?」


 無論、彼女のバックアップを取った上でのことだが――


「ぴーちゃんなら、ベリアルたちと一緒だけど……」


「そうでしたか。彼女なら、こういったものの調査には率先して加わってくださるかと思ったのですが……」


 俺とステラが顔を突き合わせている間にも、深淵門はさらに膨らんで玉座の間を圧迫しつつあった。


 復活できるのだから、いっそアコやカノンを投げ込んで……いや、さすがにそれは大神官としていかがなものか。


 どこかに「まあ、死んでもしょうがないよね。ハハハ」と使い捨てられて、そのうえちゃんと意思疎通が可能な人物はいないだろうか……。


「「いたッ!?」」


 俺とステラは、ほぼ同時に声を上げた。どうやら考えることは一緒だったらしい。


 魔王と思考パターンが似通ってしまうとは、大神官にあるまじきだが……。


 ちょうどすぐそばに、深淵門第一次調査隊メンバーは控えていたのである。


 俺もステラも、二人して自然と“魔王の玉座”に視線を注いでいた。

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