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大神官曰く「良い意味で誤算でした」

「この上級魔族にして将来魔王として君臨するガルダーン様に挑んでくるとは、無謀を通り越して哀れだなぁ人間よ! ケケケッ!」


 ベリアルから敵意を俺に向け直して、鳥頭は目を細めて笑った。


 俺は光の撲殺剣を構えて対峙する。


「さて、どうしたものか」


 完封するのは容易たやすいが、最後は神に勝利してもらいたい。


 背後から一撃を受けたベリアルも、深傷には違い無いが息はある。すぐに全快させては盛り上がりにかけるので、しばらく休んでいてもらうとしよう。


 ガルダーンが鳴いた。


「なにがどうしたものかだッ!」


 爪が空を切り裂き衝撃波となって俺に牙を剥く。


 光の撲殺剣で弾きつつ、少しオーバーなくらいにのけぞった。


「な、なんという力ですか」


「ケケケッ! 防ぐのがやっとってところだな。今のは挨拶代わりだが、もう音を上げたか人間?」


 続けざま、ガルダーンは衝撃波を連射する。俺は周囲に被害が出ないよう留意しつつ、光の撲殺剣で致命傷になる攻撃のみを弾いた。


 四肢に裂傷が刻まれるが、この程度なら即回復可能だ。


 ガルダーンは気づかず笑う。


「即死はしなかったか運の良いやつめ! ケケケッ!」


 ある程度の使い手なら、俺が攻撃を“受けている”ことにも気づきそうなものだが、残念ながらガルダーンにはそれだけの実力が備わっていないようだ。


 妖翼魔王を名乗るのは早すぎたかもしれないな。


 ベリアルが爆発魔法を使える状況なら、倒れていたのはガルダーンの方だろう。


 モキュップル族を巻き込みたくないという、神の愛が招いた結果だ。


「死ね死ね死ね死ね死ね死ねえええええええい!」


 ワンパターンに風の刃を飛ばしまくるガルダーンに、俺は少しずつじりじりと下がっていった。


「オレサマの嵐のような猛攻を前にして、反撃もできないかケケケッ!」


 蜘蛛の子を散らして物陰に隠れながらも、その場を離れないモキュップル族たちの視線が俺に集まった。


 神が倒れ伏し神官も危機的状態にある。世界の終わりのような雰囲気の中――


 シロヒゲが両手をキュッと合わせて祈りを捧げた。


「かみさま~! かみさま~!」


 その姿に住人たちがみな、その場に膝を着いて祈り始める。


「「「「かみさま~! もきゅもきゅもきゅもー!」」」」


 復活を願う人々の祈りが、奇跡を起こす。


 この時を待っていた。俺はガルダーンの攻撃を光の撲殺剣で相殺しながら後方に大きく跳んだ。


「吹き飛んだか人間ッ!」


 俺が飛んだ先にベリアルの巨体が倒れ伏している。


 彼女に触れて完全回復魔法を施すことで、神の復活を――


 という、俺のシナリオは崩れ去った。


「GRUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 ベリアルが立ち上がり、俺の身体を受け止めたのだ。


 ガルダーンが一瞬だけ、戦慄わなないた。


「こ、この死に損ないがあああ!」


 回復魔法を施していないにもかかわらず、ベリアルは顔を上げる。


 深い紫色の体毛は血の色に上書きされて、どうして立っていられるのか不思議なほどだ。


「わたしは神ではない……だが……この村の住人たちを……守るのだ」


 守護者としての覚悟、決意、そういった感情が巨獣の瞳に宿っていた。


 再び脅威に立ち向かうベリアルにモキュップル族たちは歓声を上げる。


「「「「かみさま~! かみさま~!」」」」


 神であることをベリアルは否定したが、もはや関係ないのだろう。


 今、この場に立って守ろうとするベリアルこそが、彼らにとっての“神”なのだ。


 ガルダーンが両腕を広げた。


「うっとおしいんだよ! こうなりゃ全員まとめて地獄におくってやるぜ!」


 びゅうと風が吹いた。一陣の突風がつむじを巻いて渦となり、ガルダーンを中心に竜巻となる。


 これは上級を越えた、極大級の風魔法だ。


「村ごと消し飛べ! 極大暴風魔法ッ!!」


 徐々に勢力を増していく竜巻は、村を根こそぎ蹂躙じゅうりんする威力にまで“発達”しかねない。


 俺は祈りを捧げるモキュップル族に防壁を張った。


 状況によっては、説得を中断し、ガルダーンに即死魔法で永遠の眠りについてもらうのも仕方ないと覚悟を決めたのだが――


 俺の考える筋書きはすべて、彼女によって覆され続けた。


 放たれた嵐にベリアルは突進する。生まれたばかりの竜巻を彼女はその巨体で抱え込んだのだ。


「やらせるものか……やらせるものかああああああ!!」


 魔法を物理的に捕まえて抑え込むというのも無茶な話だが、傷ついた身体でそれを敢行したベリアルの身体から、本来、彼女が持っている以上の魔法力が溢れだした。


 遠く、この集落の奥地にある神の祭壇で、光の柱が天へと登る。


 その輝きは弧を描き、雷撃のようにベリアルを打つ。


「GRUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 巨獣が背に受けた傷は塞がり、血に染まった深い紫色の体毛も綺麗になると、さらなる変化がベリアルの身に起こる。


 彼女の体毛が……金色に染まったのだ。


「「「「かみさま~! かみさま~!」」」」


 神々しいとすら思える金色のベリアルに、モキュップル族たちは目を閉じて一心不乱に祈りを捧げ続けた。


 どうやら俺の出番は無いらしい。


「ふんぬっ!」


 抱きかかえた竜巻をベリアルは締め上げて破裂させた。


 死の暴風は雲散霧消うんさんむしょうし、巨獣の眼光がガルダーンを見下ろす。


「覚悟はいいな?」


「な、なな、な……なんだオマエは!?」


「わたしは……スーパーベリアルだ」


 シンプルなネーミングセンスである。


 金色のベリアルは握った拳を掲げると、金色の鉄槌をガルダーンに打ち下ろした。


「なんて安易なネーミングだアアアアアアアアッ!!」


 拳の形に石畳は穿うがたれて、断末魔の声とともに光が飛びちりガルダーンの姿は消滅する。


 すぐにベリアルの身にまとった金色の魔法力も消え去り、元の深い紫色に戻るとベリアルは握った拳をそっと開いた。


「なんだ……これは?」


 クジャクのような背もたれの壮麗な椅子が、ベリアルの手の中に収まっていた。


 俺はベリアルの前に進み出る。


「どうやら魔王候補の椅子のようです。実体化する前だったのでしょう」


 かつて、俺が王都で倒したザムザという自称魔王と同じような状況だ。


 途端にベリアルが焦りだした。


「ど、どどど、どうすればいいのだ?」


「ベリアルさんの部下にすることもできますよ?」


「弱者をいたぶり背中から相手を撃つようなやつを、部下になどできるか!」


 と、熱くなった彼女は勢いで手中の玉座を握りつぶした。


 やってしまってから「あっ」と、巨獣は声を上げたのだが、今回はこれで良かっただろう。


 ベリアルはあたふたしながら、身体は光に包まれしぼんで人間サイズに戻るのだった。


「し、ししししまった! ステラ様になんの相談もなく……わ、わたしは騎士失格だ!」


 胸をさらけ出したまま、薄褐色肌の美女は俺に困り顔で迫る。


「そのように取り乱されては、モキュップル族たちが不安がりますよ神様。堂々と胸を張っておられれば、皆安心いたします」


「そ、そうなのか……って、どうしてこのような姿をしているのだあああああ!」


 酔いはすっかり醒めたらしく、ベリアルは泣き顔で腕を胸の前に組んで隠すと、俺に背中を向けてうつむいてしまった。


「「「「かーみさまー! かーみさまー!」」」」


 モキュップル族たちの歓喜の声が集落のそこかしこから上がって大合唱だ。


 一度死んだ者が復活するというのは、まさに神の奇跡に他ならない。


 こっそり狙っていたのだが、ベリアルは俺の手など借りずとも自力でそれを成し遂げてしまった。


 もしかすれば、この地にモキュップル族を導いた本来の神が、ベリアルの心意気に打たれて、その力を貸してくれたのかもしれないな。


 モキュップル族が神の元に集合し、胴上げを始めた。


「「「「かーみさまー! かーみさまー!」」」」


「や、やめろ! おい! 頼むからぁ……」


 はだけた胸を隠すので手一杯で、ベリアルはモキュップル族たちにされるがまま、その身体が宙に何度も放り上げられた。


 ちなみに魔王様ステラはこの騒動の間も、物陰に運ばれてずっと夢心地な寝息を立てていたという。


 さすがというかなんというか。胸の大きさと器の大きさは無関係なようだ。




 魔族に感知されて再び襲撃など起こらないよう、その日のうちにステラに頼んで大神樹の新芽を燃やしてもらった。


 消し炭になり焼失した新芽を見ながらステラが首を傾げる。


「前々から燃やしてみたいと思ってたけど、本当にやっちゃってよかったの?」


「ええ、その方がきっと良いでしょう」


 俺が燃やせば問題ありだが、魔王に発見されて燃やされたのは、もはや不可抗力としか言いようがない。


 これで、この地に転移魔法で戻ることもできなくなったのだが、大神樹の芽さえ無ければ訪ねてくる者もいない、静かな集落に戻るだろう。


 そして――


 女騎士が集落の中心の湖畔で、民に言葉を与えた。


「死の暴風は去り、再びこの地に千年の平和がもたらされた。わたしは眠りにつくが、いつも天の国より皆を見守っている」


 シロヒゲが言葉をモキュップル族たちに伝えると、悲しみの声が上がった。


「「「「かみさま~! もきゅもっきゅ~!」」」」


 行かないで欲しいというのは、翻訳されずとも理解できる。


 ベリアルも寂しげだ。


 俺とステラは泉の中心にある小島から橋を渡ってベリアルの元に合流した。


 魔王様から、この地に残ることも許されたのだが、すでにベリアルの心は決まっている。


 この地の神に成り代わることはしない。


 ベリアルにとってモキュップル族たちとの絆は掛け替えのないものになったのだが、彼女が守るべきものは他にもあるのだ。


「では、天の国へと戻りましょう神様」


「う、うむ……皆、息災であれ」


 シロヒゲが神の言葉にうなずいて、手を前に組み祈りを捧げた。


 その姿に他のモキュップル族たちもならう。


 俺は転移魔法を唱えた。多くのモキュップル族たちに見守られ、光に包まれた神は従者を引き連れ天へと昇るのだった。




 後に、モキュップル族の祭壇がその座につくものを待つように不思議な光を放ち続けるようになり、岩壁の神像の隣に、巨獣の姿が彫像となって並ぶことになるのだが――俺たちはまだその事実を知らない。

そういえばベリアルって黄色(金色)だったな……というお話でした。

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