大神官包囲網 ~激録!! 密着女子会午後惨事~
勇者パーティーを蘇生させ、私室に入れたところで――
「教えて教えて教皇様! ボクもセイクリッドの初恋話を聞きたいよ!」
状況を把握すると同時に、早くもアコが教皇側についた。
あえて裏切り者とは言うまい。きっと勇者は元から俺の仲間ではなかったのだ。
問題はカノンである。俺を見つめてモジモジと膝をすりあわせるようにする。
さらに、テーブルについて小指をそっと立てながらティーカップを手にして微笑む教皇ヨハネと、俺の顔を何度も何度も何度も交互に見て、カノンは声を震えさせた。
「じ、じじ、自分は……はうあぁ! 無理であります! どちらのお味方もできないでありますよお」
ギリギリのところで中立宣言をするカノンに、ヨハネはカップをソーサーに置くと立ち上がり、そっと彼女の身体を抱き寄せた。
「いいのよ? 我が愛する信徒にして信仰の同志カノンちゃん。今日は教皇じゃなくて、ヨハネはセイくんのお姉ちゃんとしてここに来たから、命じることなんてできないんだもの」
ゴーレムの身体とはいえ、教皇の抱擁は神官や、それを志す者にとって栄誉なことである。
カノンの鼻息が荒くなり、眼鏡のレンズが真っ白に曇った。
「セイクリッド殿申し訳ないであります。教皇聖下はそう仰いますが、自分もやはり教会の一員。その頂点たる聖下のご意志に反する訳にはいかないでありますよ」
中立宣言は幻と消えた。
ヨハネが俺に告げる。
「ほらセイくんってば女の子に気遣いができないわねぇ? カノンちゃんに席を譲って立ってなさい。教皇命令よ」
俺にだけ権力を振りかざすな。
とはいえ、カノンを立たせたままも気の毒だ。
「カノンさん、どうぞこちらの椅子を使ってください」
「ひいっ! セイクリッド殿、笑顔が引きつっているであります」
「そんなことはありませんよ」
俺の私室は占領されて、教皇の円卓と化したテーブルに、魔王と勇者と神官見習いが集う。
アコがステラを見つめた。
「ところでステラさん。いつもの角と尻尾はどこにいっちゃったの?」
魔王は大きく首を左右に振った。
「いつもの? なんのことかしら。あたしには全然わからないわ」
カノンが眼鏡のレンズをふきふきしてから、掛けなおして舐めるようにステラを観察した。
「あれれ~おかしいでありますな? 山羊のような角に魔族を彷彿とさせる尻尾が、ステラ殿のトレードマークでありますのに」
教皇が小さく首を傾げる。
「魔族って? それにステちゃんステファニーじゃ……」
席を立つと大あわてでステラはまくしたてた。
「えっとステラっていうのはステファニーだと長いから、そういう呼び名にしてもらってるだけで本当はステファニーなの。それと角とか尻尾とか魔族信者みたいなもの、あたし知らないから全然知らないし見たこともないし」
アコは「知らなかったそんなの」という顔をしていた。まあ、しょうが無い。先ほどできたてほやほやの設定だ。
魔王であることを隠しているのだし、これ以上ステラの嘘が一つ二つ増えたところで、どうということはないだろう。
カノンが俺の方に向き直った。
「セイクリッド殿。あの尻尾はステラ殿と……つ、繋がっている大切な装備でありますよね?」
ステラが下唇を噛んで涙目で俺に訴えた。
なんとかしろ……と。
「つまり着けていない日もあるということです。たまたまアコさんとカノンさんがいらっしゃる時に装着していることが多いだけで、普段教会にステラさんがいらっしゃる時は、今日のような姿なのですよ」
魔王はホッと胸をなで下ろした。
と、教皇が俺を見据える。
「セイくん……装備って?」
「実はですね聖下、ステファニーことステラさんは村娘Aではなく、こう見えて一流の黒魔導士なんですよ。魔族の扮装をすることで黒魔法の威力を上げているそうです」
俺が視線で同意を求めると、ステラは激しく赤いツインテールを上下に揺らして首を縦に振った。
しかし、ヨハネのやつステラの正体を知っていて質問するなんて、意地が悪い。
そんな俺の不満など意にも介さず教皇はご立腹の様子だった。
「へー。けど、今のはいただけないなぁ。いいセイくん。本日のヨハネはオフなんだし、教皇とか聖下とかじゃなくて、ちゃーんとお姉ちゃんとかマイシスターとか、もっとこう! あるでしょう? そういう感じで呼んでくれないと機嫌悪くなっちゃうぞプンプン!」
なんて面倒な教会組織の頂点だろう。そのダメっぷりは魔王にも比肩する。
「姉上……」
と、呼び直した途端にアコが「ひゅ~!」と声を上げた。
「本当にお姉ちゃんなんだ。セイクリッドすごいんだね。あ! もしこの中の誰かが、セイクリッドと結婚したら教皇様の妹になるのかな?」
同時にカノンとステラの顔が耳まで真っ赤になった。
「け、けけけ、結婚とかって……していいの?」
「も、ももももちろんでありますよ! 生涯を光の神に捧げる聖職者も多いでありますが、人の営みを守ることも神の教えの一部でありますし」
アコが胸を張った。水蜜桃がゆっさり上下する。
「ならボクも立候補しちゃおっかな! いいよね教皇様!」
ヨハネは柔和な笑みで返す。
「もうぅ……そんな他人みたいな言い方しなくっていいのに。今日から三人とも、ヨハネのことはお姉ちゃんだと思ってね」
アコが軽く握った手でトンと自分の胸をノックした。
「うん! ヨハねーさん!」
カノンが恐る恐る呟く。
「よよよよヨハネお姉様」
ステラはといえば――
「ヨハネちゃんが、あ、あたしの……お姉ちゃんに!?」
全員落ち着け。
「あの、みなさん……教会ではブラザーやシスターといった表現をしますし、教皇聖下が仰りたいのはつまり、そういった意味での姉ということですから」
訂正する俺をヨハネ首をゆっくり左右に振った。
「良かったわねぇセイくん。お嫁さん候補がいっぱいいて。お姉ちゃんも鼻が高いわぁ」
アコ、カノン、ステラの三人がそれぞれ、おどおどアバアバと狼狽えまくっている。
お互いの顔を見合わせて、なんとも言えない空気が部屋に充満した。
「ボクは三人まとめてでもいいかな! みんな仲良く!」
「そ、そそそそれは倫理的にいけないであります……自分はその……憧れのあの人に認められてから……で、出直してくるでありますから」
「ふ、二人とも本気になってないわよね? あ、あたしはもちろん冗談だってわかって会話に乗ってあげてるだけなんだから」
ヨハネは口元を手で軽く押さえるようにして「ぷすぷすくすくす」と笑いをこらえていた。
「聖下。そろそろお時間ではありませんか?」
「紅茶の冷めないうちに追い出そうなんて、セイくんってば意地悪ね。じゃあ言っちゃおうかなぁ……ラブレターの話」
オドオドしていたステラ、アコ、カノンの視線がまとめてヨハネに集まった。
「ら、ラブレターって……セイクリッドがラブレター書いたことあるの!?」
「そうそう! セイクリッドの初恋の話を訊かなきゃ死んでも死にきれないよ!」
「アコ殿! 我々はしょっちゅう死んでいるでありますよ! それはそれとして、後学のためにも是非、そのエピソードをお聴かせください教皇聖下!」
急募:半日分程度の記憶を消し飛ばす魔法。当方、大神官。謝礼は応相談で。
テーブルに身を乗り出す三人に、ヨハネは語った。
「別にみんなが期待するような話じゃないんだけどね……セイくんはヨハネの事がだーいすきだったから、大きくなったらヨハネをお嫁さんにしてくれるって約束のお手紙をくれたの。今でも大切に教皇庁の大金庫にしまってあるんだから」
教皇庁ごと焼き払いたい。
ステラがニンマリ目を細めて俺を見る。
「やだぁ……セイクリッドったらお姉ちゃんッ子じゃないの」
アコも同じ顔でステラに続いた。
「へー。どうしてこんな擦れた悪い大人になっちゃったんだろうなぁ。素直な良い子のセイクリッドが見てみたいや」
カノンの眼鏡が再び白く曇った。
「い、い、いかに仲良しでも姉弟で結ばれるのはいけないでありますよ! 禁断の愛ほど燃えるとはいいますが!?」
突如、興奮し始める神官見習いの将来が、私、心配です。
三人は打ち合わせもしていないのに声を揃えた。
「「「セイクリッドかわいー(であります)!!」」」
ああ、もうやだこの女子会。
援軍と思ったが敵でした。
いや、本当はわかっていたんだ。
アコとカノンが教皇に懐柔さえることくらい。特にカノンには、教皇の威光の効果は抜群なのだから。
満足そうに紅茶を飲み干してヨハネが続ける。
「けど、ヨハネは教皇に選ばれて、セイくんだけのものじゃなくなっちゃったの。きっとセイくんがグレた不良神官になったのも、ヨハネ不足の影響だったんだなぁ……って、今さらながら思うから、早くセイくんにはヨハネより大切な人ができてくれることを、心よりお祈り申し上げますって感じ」
祈るな教皇。
「さーてと! セイくんは元気に仲良く教会のお仕事できてるってわかったし、お姉ちゃんも安心できたから」
ようやくヨハネが椅子から腰を上げた。早く帰れ。ついでに塵に還れ。
と、その時――
私室のドアが外から開かれ、金髪碧眼の幼女が姿を現した。
「ステラおねーちゃいますか? あれ? みんないっぱいなのです」
ニーナの登場に、帰りかけの教皇が椅子に座り直して真顔で俺に訊く。
「これはどういうことかしらセイくん。ロリコンは犯罪よ」
幼女の瞳が教皇の顔を見てキラキラと輝いた。
「わああ! 教皇様だぁ」
そういえば、ニーナは賢人超会議でゴーレム教皇の説法に大興奮していたっけ。
あどけない幼女に教皇が訊く。
「お名前はなんていうのかしらぁ?」
「ニーナはニーナっていいます!」
「セイくんのこと好き?」
「セイくん? えっとえっと……セイおにーちゃ?」
確認する幼女にヨハネは「そうそう」と頷いた。
太陽のような明るい笑みでニーナは返す。
「セイおにーちゃだーいすき!」
教皇の「お茶のお代わりいいかしら」という命令が俺に飛んできたのは、その直後の事だった。




