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教えて!? ヨハネちゃん!

 転移魔法を使うと大神樹の近くに跳ぶことができる。ここ“最後の教会”の場合は、教会の建物前に出るため、アコやカノンを連れて転移魔法を使う際は、二人が気絶している時に限られた。


 勇者には是非とも、実力で魔王城前までたどり着いてもらいたいと大神官は切に願うのである。


 さて、となるとだ。


 もし、教皇自身が転移魔法で跳んできたのなら、教会の外に彼女が跳んでくるはずなのだが、教皇聖下は教会の中に姿を現した。


 青い瞳を細める銀髪の教皇に俺は確認する。


「ところで聖下。まさか生身ではありませんよね? 玉体をお運びあそばされるなどもっての他です」


「よくできてるでしょうぅ? あ! えーと村娘ちゃんにはわからないかもだけど、実はこの身体はね……ゴーレムなの。聖なる祝福を施された銀と鋼のミラクルボディは、上級魔族も一撃粉砕♪ 見敵必殺♪ 一日一善♪」


 神官見習いのカノンが喜びそうなフレーズをリズムに乗せて並べ立てた。


 どうやらヨハネは転移魔法で跳んできたのではなく、ぴーちゃんと同じ要領で大神樹を使って転送されたらしい。


 教皇本人はきっと、教皇庁にいるのだろう。


「って、驚かせちゃってごめんね」


「そ、そそそ、そうなんですかぁ。すごいなぁ。上級魔族も一撃なんだぁ」


 へいへい魔王ビビッてる。安心してほしい。もし教皇にる気があったなら、すでに実行に移している。そういう性格なのだ。



 つまり、交戦の意志はないというわけだ。もちろんステラが村娘Aだなどとは、教皇も思っているわけがない。


 ここに大神官おれを送り込む書類に、最後の承認サインを書き込んだのも教皇こいつである。


 ステラがゆっくりと半歩ずつ、すり足気味で後退していく。


「そ、それじゃあ、あたしは家の手伝いがあるから。掃除に洗濯にお買い物に、妹の面倒も看てあげなきゃだし」


 一瞬、教皇の姿がブレたかと思うと、ビュンと風を切るような音とともに、ステラの目の前に立っていた教皇が彼女の背後に回り込んだ。


 そっと後ろからステラを抱きしめて教皇ゴーレムは耳元で囁く。


「怖がらなくても大丈夫。もっとお話訊かせてちょうだい」


 青ざめる魔王が俺に救いを求めた視線を送ってきた。


 俺にかけられた呪封魔法は時間で解除されたが、ヨハネゴーレムを送り返しても、戻ってくるのが目に見えている。


 しょうがない。使いたくはなかったが、アノ手を使うか。


「いくらゴーレムとはいえ、いきなり抱擁されては一般人の彼女には刺激が強すぎますよ……姉上(・・


 ヨハネは青い瞳をまん丸くさせて、ステラを包むようにしていた両腕を広げると、俺に向かって突進&正面から抱擁してきた。


「あ~ん! 久しぶりにヨハネのことを姉と呼んでくれたわね。偉いわぁ。いっぱい頭を撫で撫でしてあげるわねぇボクぅ」


 子犬でも可愛がるような甘い口振りで、俺は姉ゴーレムに「おーよしよし」とされるがままだ。頭を撫でたり顔に頬ずりしたりと、溺愛ぶりが痛々しい。


 さあ、今のうちに逃げるんだ魔王。ヨハネおれに夢中なうちに。


 ステラがムッとした顔で、俺とヨハネを見据えた。


「ちょ! ずるいんですけど。セイクリッドをそんな風にできるなんて、教皇聖下ずるいんですけどぉ!」


 なに言いだしてんの、この魔王?


 さらにステラは俺に確認するように訊いた。


「というか、セイクリッドって……弟だったわけ?」


「私は長男ですよ」


 さらりと返すと俺をヨハネゴーレムが「よいしょ」と抱き上げ、お姫様抱っこしてステラに向き直った。


「あたしの後に生まれたんだから、長男でも弟という事実は変わらないわよ? もぅ、いっつもこうなのよねぇ。セイくん公務の時以外は、もっと昔みたいに甘えていいのに」


「ただいま紛れもなく公務中です。抱き上げるのはご遠慮願います聖下」


 ステラの口元がニンマリと緩む。


「セイクリッドってお姉ちゃんに甘えてたんだぁ。意外かも」


 呼応する教皇聖下は、うんうんと首を縦に振った。


「そうなのよぉ~! ちっちゃい頃なんて、夜中に一人でおトイレにもいけないものだから、姉上! 姉上! って。ちゃーんとできたらいつも褒めてあげてたのにねー。最近はすっかり生意気ばっかり言うようになっちゃって、ヨハネ……実は傷ついてたんだから! 姉ソウルが傷ついていたんだから!」


 死 に た い。


 逃げ腰だった魔王の方から、ヨハネに近づいた。


「も、もっと! もっと教えて教皇聖下!」


「今は教皇のお仕事じゃなくて、プライベートだしヨハネちゃんって呼んでね!」


「はい! ヨハネちゃん!」


 はい! じゃないだろ。無駄に良い返事をしてくれるものだ。


 ここにきてようやく、教皇ヨハネがゴーレムボディーで“最後の教会”にやってきた目的を俺は理解し始めた。


 俺をダシにしてこいつ……この姉……暇つぶしをしようというのだ。魔王相手に。


「ともかく下ろしてくださいませんか聖下」


「あ! かわいくなーい! もっと甘えてればいいのにね」


 ぶーたれるヨハネにステラまで乗っかってくる。


「せっかくお姉ちゃんが来てくれたのに、そういう他人行儀な態度はどうかと思うわよセイクリッド。大人でしょ? 社会人でしょ? わきまえて」


 先ほどまで青ざめた顔でブルっていたのが嘘のようだ。上から目線で魔王は得意げに胸(チート済み)を張る。


 ヨハネは俺をしぶしぶ下ろして、魔王にそっと握手の手を伸ばした。


「これからも弟のことよろしくね。お名前、教えてくれるかしら?」


「え、えっと……す、ステファニーです」


「よろしくステちゃん」


 さらりとした偽名のあと、特に齟齬の起こらない略称に収まる奇跡を見た。


 ヨハネが俺に向き直る。


「ほらセイくん。ステちゃんに紅茶の一つも淹れてあげなさい。これは教皇命令なんだから!」


 言われなくともステちゃんは、ほぼ毎日教会に紅茶を飲みに来てますよ。


 と、ステラが瞳を輝かせた。


「えー!? いいんですかー!? 紅茶なんてご馳走になっちゃってー!」


 猫かぶってやがる。なんて連中だ。姉という生物はみな、こうなのか?


 教皇ゴーレムはにこやかにステラに返す。


「遠慮しちゃだめよステちゃん。セイくんってすぐにつけあがるから。もっと奉仕させてコキ使ってあげてね」


「はーい! ヨハネちゃん!」


 今はどうやら姉という嵐の中、耐えるより他ないようだ。




 私室にて三人でテーブルを囲んだ。俺としては大変不本意である。


 ぴーちゃんの時もそうだったが、ゴーレムといえど飲食は可能らしい。


 俺の淹れた紅茶の香りだけで、ヨハネは銘柄をあてみせた。


「普段飲むお茶にしては、良い茶葉じゃないの?」


「これくらいしかお金を掛けるものがありませんからね。それより、飲んだらとっととお帰りください」


「ステちゃんと、いーっぱいお話したいから……あ! お茶菓子は無いのかしら?」


「申し訳ありません。あいにく、そういったものは切らしておりまして」


 と、俺が言ったそばから、勝手知ったる我が家の隠し場所――戸棚を開けてステラが「あ! こんなところに王都の有名菓子職人が手がけたマドレーヌが!?」って、おいこの裏切りもの。


 裏切りの魔王よ。教皇にこれ以上肩入れするんじゃあない。


 ヨハネが白い歯をこぼして笑った。


「よくお菓子の隠し場所がわかったわね! けど、でかしたわ! ステちゃん偉い偉い」


「えへへぇ……勘が冴えてたみたい」


 褒められてすっかり魔王は懐柔されてしまった。教皇が魔王に告げる。


「じゃあ、ヨハネはセイくんの昔のこと教えてあげるから、ステちゃんは最近のセイくんの情報を教えてちょうだいね。交換っこよ」


 赤いツインテールを激しく縦に振って魔王は「もう全部赤裸々に教えます白状します」と、完全に犬と化してしまった。


 ああ……このままではヨハネの口から、あることないこと俺の過去がねつ造まみれに、面白おかしく語られてしまいかねない。


 さらにステラからも、大神官の普段の勤勉な仕事ぶりを、あれやこれや誇張を加えて話されてしまいそうだ。


 誰か……この窮地を救ってくれる者はいないのだろうか。


「それじゃあステちゃん、えっと……そうそう! セイくんの初恋の話でも……」


 いきなり急所狙い。


 教皇こいつ狂ってやがるのか。


 絶望に閉ざされかけた俺に――




『セイクリッドいるよねー? 今日もばっちり死んできたよ!』


『もはや言い訳はしないであります』




 救いの手を伸ばしてくれたのは、毎度絶妙のタイミングで死んでくる勇者と神官見習いだった。


 初めて俺は勇者が勇者らしいなと感じた。救世主は遅れてやってくるものらしい。


 少々頼りなくもあるが、どうにかこの二人を味方につけることさえできれば、窮地を脱することができるかもしれない。

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