魔王、世界を平定す
そろそろ昼食を摂りに王都に転移魔法しようと思ったその時――
ドンドンドンドン!
と、聖堂正面口の扉が叩かれた。
「開いてますよ? どうぞステラさん」
ニーナならノックももう少し穏やかだし、ベリアルであればノックなどせず押し入ってくるだろう。
扉が開くと、そこには立方体を二つ重ねて、長方体の四肢を伸ばした赤いブロックのような少女が立っていた。
「セイクリッド助けて四角くなっちゃったの」
立方体が喋った。怖い。
よくみると、記号的というか……ソレは16色程度の色味で再現された、モザイク画のような顔をしていた。
赤い髪に山羊の角のようなものが頭に描かれている。
六面体ダイスを重ねたような身体は平坦だが、ドレスは魔王ステラのものだ。
手足をバタバタさせて赤い立方体は滑るような足取りで、カーペットをまっすぐ進んで俺の前に立つ。
「ちょっとセイクリッド! 四角くなっちゃったじゃないの!」
「その口振りからして、魔王様ですよね?」
「そうよ! 魔王ステラとは、このあたしの事よ!」
以前、ミミックだったらどうとか言っていたが、本当に箱型になるやつがあるか。
「どういう経緯で箱人間になってしまわれたのですか?」
腕組みできないのか、直方体の腕を“前ならえ”のように突き出して箱人間は言う。
「せっかく覚えた擬態の魔法と呪いを組み合わせてみたの。セイクリッドが手も足もでなくなるような変化をさせようって!」
「なるほど。その呪いが中途半端だった上に、私に通じず反射したのですね。猫変化の呪いで、まだレベルが足りないと学習できなかったのですか?」
箱ステラは両腕を万歳させた。
「そんなのやってみなきゃわかんないじゃない! はい、今日はあたしね、ちゃんと教会を利用しに来てあげたの。ほら、呪い解いて!」
「しばらくそのまま反省してください」
箱ステラはその場で手足をばたつかせた。
「ちょ、ちょっとなによ! 職務怠慢ひどすぎじゃない?」
胸を張ってみせるものの、普段よりもさらにフルフラットな箱型ボディだ。
しかし、顔もなんというか……低解像度のモザイク画である。表情の変化すらわからない。
ドット絵というものが、教会図書館の古文書に記されていたが、思えばまさにそれにそっくりだ。
ドットステラは俺の胸を両手でポコポコ叩き始めた。
「ばかばかばかぁ! セイクリッドの意地悪!」
ポコポコポコポコ。
衝撃はそれほどでもないのだが、ドットステラの攻撃がヒットするごとに四角いタイル状の光が飛びちる。
そして――
ボウンッ! と、音を立てて、俺の神官服が四角い箱状になって脱げ落ちた。
服を着ようにも、箱である。立方体である。装備できる気がしない。
ステラがさらに声をあげた。
「ちょっとなんで服脱いでるのよもー!」
ポコポコポコ。
「あの、ステラさんおやめくだ……あっ」
次の瞬間、ボウンとさらに音を立てて、俺の身体も立方体化した。
これでようやくステラの手が止まる。
「え……あれ? セイクリッドあなた……四角いわね! ちょ! うけるー! 真四角なんですけどぉ」
腹を抱えて笑う四角い魔王を、角が無くなるまでこねくり回してやりたい気分だ。
どうやらこの呪いは、伝播するらしい。実にやっかいである。
ステラはドフラットな胸を張った。
「これでセイクリッドも同類ね。こうなった以上は、解呪するしかないんじゃないかしら」
「私は自分だけ解呪しますよ。さてと……おや、これは無理なようです」
魔王の考案した、まったく新しい呪いは解呪に解析が必要そうだ。俺は頭を抱えようとしたが、腕がまわらず万歳してしまった。
ステラが首を……というか頭ごと傾げる。
「なんで万歳してるの?」
「お手上げですねこれは」
自然に呪いの効果が解けるまでは、このままの格好でいるしかないらしい。
俺はステラの手で四角くされた服を手にとった。途端に、勝手に服が装着される。
「上半身裸からは卒業できたようです」
「へー。そんな格好になっても服が着られるんだぁ」
お ま え も だ ぞ。
まったく呪いで遊ぶのは大概にしてほしいものである。
と、その時――
『ただいまー! セイクリッド!』
『我が家のような安心感でありますな!』
地獄極楽お気楽コンビが、今日も全滅してやってきた。
このタイミングでやってきた。
放っておくと魂が大神樹に還ってしまう。蘇生魔法しないわけにもいかないので、とりあえず蘇生魔法を施した。
普段は光の粒子が集まるだけだが、箱神官が蘇生魔法を使うと、その光も四角い銀紙の紙吹雪のようだった。
魔法まで四角くなるとは、魔王脅威のテクノロジーと言わざるを得ない。
二人の少女が復活したと同時に、俺とステラを見てギョッとなる。
「わ、わあああ! 四角人間だああ!」
カノンは眼鏡をとって拭いてみせた。
「そんなの目の錯覚でありま……あああああああああああああ!」
大丈夫だぞカノン。最初からお前の眼鏡は曇ってなどいなかったのだ。
ドン引き気味な二人に、突然、ステラが襲いかかった。
「四角くないヤツはいねげがー!」
口調、怪しくなってますよ魔王様。
ステラがアコを追い回す。カノンも一緒に逃げていたのだが、聖堂内をぐるぐるとステラがアコのみをロックオンして追っかけ回した。
「ちょ! 赤い四角い人やめて!」
「…………」
終始無言かよ。黙々と追い回すドットステラは狂気すら感じさせた。
次第にアコの足がおぼつかなくなり、ステラが回り込んで正面からポコポコ叩く。
「痛っ! ちょ! やめて……あっ!」
問答無用の攻撃にアコのマントが四角くなった。それでもステラはやめない。
ポコポコポコ。
「うわ! なに! なんなの!?」
ボウンっと音を立ててアコの上着も四角くなった。ブラごと。
ぷるんと胸が溢れ出たところに、容赦の無い執拗なステラの四角いパンチが連打される。
ポコポコポコ。
最後の一撃でアコも上半身肌色の四角人間に姿を変えた。ちょうど胸のあたりに勇者の証である聖なる刻印が浮かんでいる。
が、自慢の水蜜桃は消え去り真っ平らだ。箱ステラが反り返るように胸を張って笑う。
「あーっはっはっはっはっはっは! なんかすっきりした!」
この声と自身に起こった“変化”に、アコは赤い四角い人がステラだと理解したらしい。
「もしかしてステラさんなの!?」
「そうよ! これでアコも仲間ね」
胸ぺったんこ四角人間――増殖。なぜかアコは「そっかー! これはしてやられたね!」と、口で悔しがりつつも、じわりじわりとカノンに迫っていた。
眼鏡の少女が「ひい!」と声を上げる。
「さあカノンもボクらの仲間にしてあげるよぉ」
ステラがさっとカノンの後ろに回り込んだ。
「個人的な恨みも妬みもないけど……ううん、むしろみんな四角くなれば世界は平和になるのよ! 巨乳も貧乳もない平等な理想郷のために、協力しなさい!」
あーはい。そういうことですか。
どうやら魔王は世界平乳化計画を思いついたらしい。
「い、いやであります自分にはまだ成長の可能性もあるのであります~!」
涙目で叫ぶカノンにステラの怒りが有頂天だ。
「あ、あたしにはノーチャンスっていうの!?」
100%被害妄想じゃないか。
赤いカーペットの上で、前門のアコ、後門のステラという状態でカノンが俺に哀願した。
「ど、どうか自分だけでも転移魔法で王都に送ってほしいであります!?」
「カノンさん。私の見た目的に、どちらの味方か判断がつきませんか?」
角張った俺の顔にカノンは悲鳴で返した。
「あんまりでありますよおおおおおおおお!」
同時にステラとアコのポコポコパンチが、カノンを前後からサンドイッチした。
合掌。
四角くなったカノンは落ち着いたものだ。
「はぁ……なってしまうと諦めもつくでありますな」
一瞬とはいえ、アコとステラに脱がされて「セイクリッド殿見ないで欲しいであります見たら殺すであります」と、さらりと殺害予告までした神官見習いも、もはや過去の話。
四角くなって胸囲に差がなくなった所に――
聖堂の正面口をそっと開いてベリアルが姿を現した。
「魔王さ……ステラ様はこちらに来ていないかセイクリ……ッ!?」
無言で三匹の四角がベリアルを取り囲んだ。
特に、ステラとカノンの身のこなしは野生の獣のように素早い。
気づいた時にはポコポコパンチでベリアルの鎧は四角く剥がされていた。
自分でも何を言っているのかわからないが、そうなってしまう呪いなのだ。
「き、きさまら新手の教会の手の者か!?」
いいえ魔王の仕業です。教会への冤罪に断固抗議したい。心の中で。
ポコポコポコポコポコ。
ぶるんっ! と、薄い褐色の水蜜桃が揺れたのも、ほんの一瞬である。
すぐさま三人がかりのポコポコパンチで、ベリアルの胸も無事平定された。
ステラが息を切らせる。
「はぁ……はぁ……これで肩こりに悩まされることはなくなったわよベリアル」
四角くなると認識も変わるのか、驚いていたベリアルも攻撃をしてきたのがステラだとわかったようだ。
「す、ステラ様……わたしの肩こりを心配して、自らもそのようなお姿に……」
感動するな上級魔族。全部ステラのエゴの産物だ。
さすがにこれで打ち止めだろうと思ったところに――
「おにーちゃ! ベリアルおねーちゃとステラおねーちゃが……わあああ! みんな四角いのです」
四角くなったことで三頭身ほどになったのが影響したのか、角張っていながらも愛らしくデフォルメされたステラたちと遭遇して、幼女は幸せそうな声を上げた。
が、彼女の背中には赤い鞄が背負われている。
かぱっと鞄が開いて水晶が飛び出した。
「何をなさっているのかしら? みなさんずいぶんと四角くなられて」
これに群がる四角い四人の獣たち。
ポコポコポコポコポコポコポコポコ。
あっという間にニーナの赤い鞄も四角くなり……いや、もとから四角っぽい形ではあったが、そこから照射されて浮かぶ、ぴーちゃんの姿までも四角い三頭身となってしまった。
ぴーちゃんがぽつりと呟く。
「わたくしの多角形情報が一気に激減してしまいましたわ。おかげで他に処理能力を回せそうですけれど」
メイド姿まで四角くなったが、ぴーちゃん的には特に問題なしのようである。
が、ここで物理的に四角い四人――ステラ、アコ、カノン、ベリアルの手が止まった。
さすがにニーナには手が出せないようだ。
一方ニーナはというと、両腕をばんざいさせた。
「ニーナも! ニーナも四角くなりたい!」
ステラが返す。
「だめなのニーナ。四角くするにはポコポコして……服が四角くなっちゃって、その間……は、裸になるでしょ? そうするとセイクリッドが……」
じっと四人の視線が俺を射貫いた。
「なんです四人してその疑惑の眼差しは」
全員、俺を警戒しているようだ。
ニーナが「あうぅ……なんだかわかんないけど、ニーナはちっちゃいから四角くなれないのかなぁ」と、落ちこんでしまった。
と、その時――
ボウンボウンボウンボウンと、ステラから順番に呪いが解けて四人の格差社会が復活した。
どうやらステラの呪いが時間経過で解けると同時に、伝播した呪いも一掃されたらしい。
元に戻ったステラはニーナをそっと抱きしめた。
「ごめんねニーナ。今度、魔王城でいっぱい四角くしてあげるからね!」
「うん! おねーちゃだーいすき!」
あ、嬉しいのか。四角くなるのが。子供に大人気だな四角くなるのって。
ニーナの鞄から投影された、ぴーちゃんだけは四角い姿のままだった。
俺が確認する。
「あの、ぴーちゃんさん、姿が元に戻っていないようですが?」
「こちらの姿で再現することで、動作を軽くできるとわかれば採用しない手はありませんわ」
期せずして、ぴーちゃんのスペックアップに寄与したようだが、魔王の世界平定計画はこれにて頓挫したのであった。