残念なお姫様
「…思い出した。思い出したけど…」
細かな細工の美しい、大きな鏡の前で呆然と立ち尽くす。
今日は私の、リリア・ルーゼンベルクの14歳の誕生日だ。
昨日は楽しみすぎてなかなか寝付けなかったが、今日はささやかながらも誕生祝いのパーティーが催されるため、いつもより少しばかり早起きをした。
侍女が起こしに来る前に寝癖くらいは直しておこうと、姿見の前に立ったところで唐突に思い出した。
あ、なんかわかんないけど異世界転生してる。
今現在、私はルーゼンベルク家の長女である。貴族ではないが、王家とも取引のある老舗の商家だ。つまり私はお嬢様なのである。蝶よ花よと大事に育てられ、近所でも美しいと評判のお嬢さんなのだ。
しかし、私には前世として全く別の世界の人物として生きた記憶が蘇ってしまった。高度な文明、平和な町並み、友人関係から異性の趣味嗜好まで。
私、男だったよね?
確かに男だった。もうごりごりの男だった。小学校入学とともに柔道を習い、生まれつきの体格のよさからめきめきと力をつけ、それでも敵わない母と姉にしごかれ、驕ることなく精進した結果…礼儀正しいゴリラの完成である。
クラスメイトからは「ゴリ岡」と呼ばれ、部活の仲間からは「シルバーバック」と呼ばれる日々。幼馴染みの佳奈ちゃんに長年片思いするも、あまりに華奢でほわほわした彼女にどう接していいかわからず、結局高校生になって彼女がイケメンと付き合い出すまで何もできなかったヘタレゴリラだった。
こうして転生しているということは、ゴリ岡としての私は死んだのだろう。高校生活の記憶はちらほらあるが、卒業したという記憶は出てこなかった。若いのに、惜しいゴリラを亡くしましたね…とか言われたんだろうか。細かいところが曖昧で、家族の名前もうろ覚えだ。佳奈ちゃんは覚えてるのに!
まあ、思い出してしまったとはいえ、今はこうしてリリアとして生きているわけで、これからも生きていくわけだけれども…かなりショッキングなことが一つ。
「顔がゴリラに戻ってる…!?」
なにが起きたの!?ゴリ岡じゃん!ゴリラじゃん!ゴリゴリのゴリラじゃん!
思わずその場にへたり込む。お気に入りの絹のネグリジェがもうギャグにしか見えない。ゴリラがネグリジェ着てる。その下は女性ものの下着つけてんだぜ。
昨日までは美少女だったのに。一晩でゴリラ。とんだライ◯ップだぜ…。
「お嬢様、もう起きていらっしゃいますか?」
侍女のナンシーが小さく声を掛けながら部屋に入ってくる。寝巻き姿で床に座り込んだまま鏡の前で呆然としたゴリラに気がつき、慌てて駆け寄ってくる。
「どうなさいました!?どこか痛むのですか?」
「か、顔が…ちょっと…」
ゴリラなんですー。とは言えない。確かこの世界にゴリラはいないはずだ。そう、私は唯一無二のゴリラなのだ。
「お顔…ですか?」
ナンシーがまじまじとゴリラを見詰めてくる。今まで気が付かなかったけど、ナンシーかわいいなあ。親友の好きだったアイドルグループの右端の子に似てる。
名前わからんけど。
「…とくにお変わり無いようですが…いつも通り、お美しくていらっしゃいます。」
…は?今何か幻聴が。
鏡をもう一度見てみる。うん、金髪ゴリラ野郎だ。
「ああ!今日で14歳ですもの。昨日より大人びていらっしゃいますわ!」
ナンシーは何かを笑顔でフォローしはじめた。違う、違うんだよナンシー。私、昨日よりきれいよね?だって14歳だもの!ってことじゃないんだよ。微笑ましそうに訂正するんじゃない。
だって、私昨日は近所でも評判のお嬢様だったんだよ?なのに一夜明けてメスゴリラだよ?なんで驚かないの?
「さ、リリアお嬢様、あちらの長椅子へ。体が冷えてしまいますわ。今すぐ
朝の紅茶をお持ちしますから、お掛けになってお待ちくださいませ。」
ナンシーはそう言うと、音もなく退室した。長椅子に体を預けて考える。ナンシー、実はど近眼とか。わからんー。
ふと、顔を上げたその時。チェストの上の額縁が目に入った。そうだ!12歳のお祝いに肖像画を描いてもらったじゃないか!
長椅子から飛び上がり、チェストに駆け寄る。結構お気に入りの絵なんだよね。可愛く描けてて。新調してもらったドレスのスカートがふんわりしててバレリーナみたいで。
「へー。ゴリラってバレエできるんだー。ってこんにゃろう!」
ゴリラじゃん!お澄まし顔のゴリラじゃん!ゴリラの12歳って、人間でいうと何歳くらいなんですかー?ってやかましいわ!!
「どういうこと…?昨日までは確かに美少女だったのに…!」
美少女だったのだ。ここいらではお目にかかれないほどの。蜂蜜を溶かし込んだような金の髪、ラピスラズリの知性溢れる瞳、幼さの残る色づいた頬と相反するような肉感的な唇、堀の深い顔立ちに、横に広がる大きな鼻は気品すら感じられ…あれ?これゴリラじゃね?
なんだか背中が冷や汗でびしょびしょだ。も、もしかして、もしかしてよ、この世界って…!
「性別反転だけじゃ飽きたらず、美醜反転までもか!こじらせてんな異世界!!」
私の戦いは、こうして幕を開けたのだった。
ゴリ岡は森岡くんです。




