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罪と塩  作者: 山彦八里
2章:狼の少年
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6話:はなむけ

 地中から掘り出した盗賊は片足が塩になって消し飛んでいたが、それ以外はおおむね無事だった。

 ひとまず殺さずに済んだことにロウは秘かに安堵の息を吐いた――自分の手で、と但し書きがつくだけの話だが。


「ラーガン、尋問をお願い。彼らの目的が知りたいわ」

「かしこまりました」


 このような辺境では盗賊業は成り立たない。

 だが、過去の食糧泥棒が盗賊達の糊口をしのぐ為であったのなら、ここに根を張ってからそれなりの時間が経っている筈だ。

 ただの盗賊団にしてはなにもかもが不合理だ。


 ラーガンが気絶した盗賊を肩に担ぎあげる。

 その拍子に、男の懐から一枚の硬貨が零れ落ちた。

 反射的にキャッチしたロウは、どこか見覚えのある硬貨を確認しようとして――


「待テ」


 その時、麦穂色の狼が短い静止の言葉が放ち、盗賊を担いだラーガンの前に立ちふさがった。

 憤怒を秘めた瞳は今すぐでも飛びかからんとする気勢を感じさせる。


「そいつはここで殺ス。そいつは父上の誇りを汚しタ」

「ベオルン様……」

「父上は村を守ったんダ!! ……守った、ハズ……なのに、なんデ……」


 血を吐くような言葉だった。10歳の子供の心からの嘆きだった。

 ロウもアリシアも何も言えず、沈黙するしかなかった。

 ただ、ラーガンだけが静かにかぶりを振った。


「ベオルン様、もうよいのです。貴女は十分に尽力された。だから、もう、よいのです」

「――ッ!!」


 ベオルンはやりきれなさを振り捨てるように何処かへと走りだした。

 数瞬して、どこからか狼の遠吠えが木霊する。

 長く伸びるその咆哮はただただ物悲しかった。




「……あ、そうだ」


 とぼとぼと村に戻る道すがら、ロウは気まずさを感じつつも先ほど拾った硬貨を取り出した。

 見た目は王国銀貨に似ているが、表面は全体的に濁っており、どことなくチープだ。


「アリシアさん、これは何かわかりますか?」

「……偽銀貨ね。珍しいわ」

「偽銀貨?」


 アリシアも疲れたような表情をしていたが、真剣な表情のロウをみて、頬を張って調子を戻すと問いに答えた。


「20年ほど前に造られた偽造通貨よ。銀貨とはいうけど、銀の比重は非常に低いし、本来の王国銀貨とは色も見た目も違うし、偽造防止措置もされていないわ」

「それ、騙す気あるんですか?」

「場末の酒場くらいなら騙せるでしょうね。生産元を押さえた上で、法執行官総員で大半を回収したと聞いているけど、残っている所には残っているものね」

「…………確認しますが、これは珍しいものなんですね?」

「珍しいと言えば珍しいけど、価値なんてないようなものだし、下手に使えば犯罪に……どうしたの、ロウ?」


 それだけ聞ければ、ロウは十分だった。


「ラーガンさん、今すぐそいつを起こしてください」

「ロウ様?」

「お願いします。でないと、僕は、自分を抑えきれません」


 切羽詰まった様子のロウを見て、ラーガンも事情を察したのか、適当な木に盗賊を寄り掛からせて気付けを行った。

 咳き込むようにして盗賊が目を覚ますと同時、ロウはその目前に偽銀貨を突きつけた。


「これをどうやって手にいれた?」

「い、いきなりなんだよ?」

「質問に答えろ」


 声と共に、盗賊の顔のすぐ横を抜けて、背後の木をロウの手が抉った。

 ぱらぱらと零れ落ちる塩の欠片に頓着せず、引き抜かれた手は、黄金の光を纏ったまま盗賊のこめかみを掴む。


「ひ、ひぃっ!?」


 片足を奪ったその光は恐怖そのもの。

 野太い悲鳴が響き、男の股ぐらがしとどに濡れる。


「次はない。答えろ……お願いだから、答えてください」

「も、貰ったんだ!! “目印”だって!!」

「誰に?」

「隻腕だ。隻腕で、紫色の髪の――」


 その時、突如として男の顔がぶくりと膨らんだ。


「ッ!? 離れて、ロウ!!」


 アリシアの声に、ロウは慌てて手を離す。

 次の瞬間、ぱんと水風船のように盗賊の顔面が弾けた。

 ごとりと首なし死体が倒れ、飛び散る肉片がびちゃりとロウの頬に張り付く。


「……口封じ? ロウ、これはどういうこと?」


 ロウは震える指で頬を拭うと、黙って偽銀貨を見せた。


「――模倣犯もこれを持っていました」



 ◇



 結局、生き残ったのは村側の関与者、幻聴の権能保持者ひとりだけだった。

 ひとりだけ口封じされなかったことから予想されていたことだが、男は模倣犯と面識はなく、ただ金銭を対価に盗賊達を匿い、食料を横流ししていただけだった。

 とはいえ、罪は罪。男を馬車の後部牢に収容し、アリシア達は村を発った。犯人は最寄りの街で引き渡され、更なる尋問がなされることになる。

 そして今、馬車の前部居住区、アリシア達がいつも搭乗している場所はロウとアリシア、それにベオルン他、狼人族の子供でごった返していた。


 村を出てすぐは子供達もはじめて見る窓の外の景色に目を輝かせていたが、ひたすら草原の続く変わらない様子に飽きたのか、馬車内の限られた空間でめいめい好き勝手に遊んでいる。

 今も他の子に押し退けられたベオルンがアリシアの胸にダイブし、この世の不条理を目撃したかのような愕然とした視線をアリシアの胸部装甲に向けている。なんとも微笑ましい光景だ。


 アリシアは子供達を引き取ることに決めた。次の街で配下に引き渡し、育成を指示するという。

 本人は「足の速い“伝令員”(メッセンジャー)が欲しかったの」と宣っているが、ロウは深くは突っ込まなかった。そういう気分でもなかった。

 伝令員としては、ひとまずベオルンが見習いとして働くらしい。元より、旅と狩猟に優れる狼人族ならば、すぐに慣れることだろう。

 十分な給金が出るようで、他の子供達が自立するまでの助けにはなるだろう。


(……伝令員なんて、もう十分いる癖に)


 なんだかんだでアリシアはお人よしだ。

 今も子供たちが“法典”に触れないようにガードしているために他の部分が守れず、好き勝手に髪を引っ張られているが怒る様子はない。

 というより、むしろリラックスしている風だ。口封じされた盗賊が後を引き、村を出た時は険しい顔をしていたのが、傍目からわかるほどに緩んでいる。

 お人よしというより子供好きなのかもしれない。


 そうして精神の安定を兼ねて、なすがままにされているアリシアを眺めていると、つと碧眼が此方を向いた。

 少女の目は何故か半眼になっていた。


「そういえば、ロウ。貴方、私を呼び捨てにしたわね」

「あ、その……すみません」

「貴方は表向き私の従者なのだから、人前では気をつけなさい」

「はい……」


 何故かベオルン他子供達が揃って生温かい目で見ていた。


「鈍感ダ」

「ん、なにが?」

「そういうところがダヨ、兄ちゃん」

「よくわからないけど、気を付けるよ……兄ちゃん?」


 聞き慣れない呼称にロウが首を傾げる。

 すると、ベオルンも何がおかしいのかと同じように小首を傾げた。


「ロウは兄ちゃんで、アリシアは姉ちゃん、ラーガンは爺ちゃん」

「どうしてそうなったの?」

「え? ボク達は姉ちゃんの群れに加わったんだよナ?」

「ああ、そういう理解なのね。いいわ、好きに呼びなさい」


 家族にあまりいい思いはないのだろう。群れ扱いにアリシアは僅かに難色を示したが、訂正する気はないようだった。


「ウン!! これからよろしく、兄ちゃん、姉ちゃん!!」


 肩の力の抜けた明るく、溌剌とした笑顔。これがベオルンの本来の笑顔なのだろう。

 村を離れてようやく狼少女は笑えるようになったのだ。

 その笑みに、ロウも頬に張り付いていた不快感が洗われる気がした。



(……盗賊、偽銀貨、そして、模倣犯)


 それでも心中は穏やかではいられなかった。アリシアもおそらくはそうだろう。

 頼んで預からせて貰った偽銀貨を握り締めながらロウは三つの単語を繰り返し唱える。


 疑問がある。


 模倣犯は何故ピンポイントで自分の“天罰・塩の柱”(ネツィブ・メラー)に辿り着いたのか。

 天罰の保持者は大陸中を見回してもごくごく少数だ。

 たまたまロウが目に入ったから、などということは確率的に厳しいものがある。

 だが、そこから導き出せる推論は思わず顔を顰めてしまうものだ。すなわち――


(――模倣犯は単独でない可能性がある)


 各地の盗賊を伝令員のように用いて、奪うに値する権能を探させているのではないか。

 そうであるならば、稼ぎにならない辺境の地に盗賊が潜んでいたことにも説明が付く。


(あるいは――)


 その先を想像することをロウは放棄した。情報が少な過ぎる。今はまだ邪推でしかない。

 だが、もしも――もしも、模倣犯の背後に更に何者かがいるのなら、それを罰する為に自分はこのチカラを与えられたのかもしれない。

 ロウはそう思った。




 狼の少年――改め、狼の少女、完


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