薄情者
「変態さんのくせに、名前で呼んでもらおうなんておこがましいです」
せっかく本名を名乗ったのに、夜瑠はそう言って、俺の決意的なモノを一蹴する。
「よ、よく言うよ。ストーカー女のくせに」
「誰がストーカーですか。こんなに可愛い女の子を捕まえて」
「ストーカーが男だという決まりはない。圧倒的に男の方が多いのが現状だろうがな」
「なるほど。たしかに現状だと、男である変態さんの方が、圧倒的に犯罪者に間違えられる可能性が高そうですね」
言って、夜瑠はチラッと横に目をやる。
つられて俺も夜瑠と同じ方向を見ると……
「なんだか、変態って言葉が聞こえなかったかしら?」
「ええ、私も聞きました」
「やっぱり? もしかして、通報した方が良いのかしら」
「そうね。何かあってからじゃ手遅れだものね」
二人の奥様方が、俺たちの方を見ながらこそこそと会話していた。
最初に夜瑠に出会った通りや公園とは違い、周囲に人がいてもおかしくない場所であることを忘れていた。
「あ、あの、別に怪しい者ではないですよ。俺たちは普通に知り合いで」
奥様の一人がケータイを取り出したので、俺は思わず説得力皆無の釈明をしてしまう。
とはいえ、そそくさと逃げ出すよりはマシだろう。余計怪しまれるに違いないので。
「……この人の言ってること、本当?」
疑わしげな眼差しを俺に向けた後、夜瑠に訊ねるおば……奥様。
「いえ、この方とは先程お会いしたばかりです」
「「え?」」
驚愕する奥様方。
「ちょっ、五十棲……」
俺は慌てて夜瑠に詰め寄る。
「どうしたんですか? 本当のことを言っただけですよ」
何を焦っているのか分からない、といった様子で夜瑠は首を傾げる。真面目くさった無表情だが、どう考えてもワザとだ。
しかし俺が何か言うより先に、すぐ隣では急いでケータイを操作するおばさんの姿が。しかも二人とも。
「ちょっと待――」
その瞬間、俺は思わず口をつぐむ。
俺の無駄に良い耳に、電話の発信中を告げる微小なコール音が届いたからだ。
え? このおばさん、マジで通報してるし!
なんて、驚いている場合ではなかった。その間にも、通話が開始されたプツっという音がして――
「もしもし、警察ですか?」
切羽詰まったおばさんの声。
夜瑠が俺を無視して走り出した。
「ちょ、え……?」
これにはさすがに言葉を失う俺。
本当に警察に電話するとは想定していなかったらしく、動揺してしまった結果だろう。
中学生なら仕方ない……なんて思えるはずもなく。
あのガキ、ふざけるなよ!
夜瑠を追いかけるため、俺も駆け出す。
後方からは、ガチで警察と会話しているおばさんの声が小さく聞こえる。恐らく自宅の近くなのだろう、現在地の住所を的確に伝えていて――
俺は速度を上げた。
これ以上聞きたくない。現実逃避したい。
……くそ! やっぱり他人と関わるとろくなことがない。




