少女の名は夜瑠
体調を崩してしまった少女をなるべく楽な状態で寝かせた後、濡らしたハンカチで額の汗を拭ったり、下敷きで扇いだりして介抱していると、乱れていた呼吸が徐々に落ち着いてきて、
「……ん」
「目が覚めたか」
「……」
状況が理解できていないのか、少女はゆっくりと起き上がり、辺りを見渡す。
「ここは公園だ。おまえは暑さのせいで体調を崩し、俺がここまで運んできた」
ようやく俺の方を見た少女。なぜかゆっくりと視線が下がり――
「……やはり、変態さんでしたか」
解かれたリボンと外れた第一ボタンを見て、少女は呟く。
「本当にそう思うならお前はバカだ」
無論、やましい気持ちがあってやったわけではなく、少しでも身体を楽な状態にするために行った、適切な処置の結果だ。
「そうですか。では、わたしはバカではないということになりますね」
「分かってるなら、くだらないこと言うなよ。誰かに聞かれたら誤解を招くだろ」
「わたしは別に構いません。あなたが逮捕されようが」
「ったく、口が減らないな」
恩人に対する態度とはとても思えない。
「……あの、またお茶をいただけますか?」
少女が少し言い辛そうに呟く。
「ほらよ。しっかり飲んどけ」
「……はい」
返事をしたものの、少女は口をつけようとしない。
「どうかしたのか?」
「いえ……私が寝ていた間に、唾液とか混入させてませんよね?」
「させるか! なんでそんな意味分からないことすると思ったんだよ」
「……変態さんなら、そのくらい強欲に攻めてきてもおかしくないと思いました」
何に対して攻めているのかが、まったく分からない。
「安心しろ。俺はそんな特殊な性癖持ち合わせていない。というか、全部やるからもうさっさと飲めよ。喉渇いてんだろ」
「はい」
ようやく少女は、大人しく言うことを聞いてお茶を飲む。俺が言うのも何だが、やはり相当な捻くれ者のようだ。
「……わたしが体調を崩した原因は大いにあなたにあります。ですから、お礼は言いません。むしろ助けて当然だったと思います」
言うことを聞いたと思ったら、次はこれである。
こんなに見た目とギャップのある中学生は果たして他にいるだろうか?
せっかく可愛い容姿をしているのだから、もう少し性格をどうにか……いや、俺には関係ないことだ。それをわざわざ言う必要はないだろう。
「じゃあ、俺は帰るからな。もう少し休んだら、おまえも家に帰れよ」
「まだ話は終わってませんよ」
立ち去ろうとする俺を、少女は引き止める。
「なんだ、まだなんかあるのか?」
「お礼は言う必要はないと思いますけど……でも、借りだとは思ってますから」
「あ、そう。じゃあいつか返せよ」
もう会うことはないだろうが。
「……五十棲夜瑠」
少女が目を逸らしつつボソリと呟く。
それが少女の名前なのだろう。「よる」、何となくお似合いの名前だと思った。
俺はわずかに微笑を浮かべ、口を開く。
「――山田太郎だ」
コンッ!
まだお茶が残っているペットボトルが額に直撃した。




