宵の口
だいぶ薄暗くなってきた宵の口。
「ようやく変態さんの住処から脱出できます」
リビングに戻ってくるなり、制服姿の夜瑠が愚痴る。
どうしてこんなに遅い時間になってしまったかというと、借りたジャージも洗濯しないといけませんね、と夜瑠が言ってきたからだ。
再び口論になることが予想されたため、もう二つ返事で俺は了承し、たった今洗濯が終わったところだった。わざわざ洗濯が終わるまで待つ必要はない気がしたが、余程俺が信じられないのか、完了するまで帰る気は夜瑠にはなかった。
「……ああ、そうだな」
疲労や鈍痛からか、俺にはもう言い返す気力がない。
「覇気がありませんね。そんなにわたしの大切なところを見たかったですか。変態さんですね。気持ち悪です」
完全に否定できない分、反論しづらい。
しかし疲れていようが、何か言い返す必要があるだろう。俺の尊厳とかのために。
「……そ、そんなわけないだろ。おまえみたいなつるぺた女の裸なんて」
「わたし、着痩せするタイプなので、そんな嫌味通用しませんよ」
声にわずかな怒りがはらむ。
通用してるじゃねぇか。
「……では、これでもう二度と会うことはありませんね。さようなら」
軽く一礼した夜瑠。
「……もしかしたら、警察署で会うかもな」
俺は咄嗟に自虐的な皮肉を言っていた。
「いえ、それはないと思いますよ。警察に事情を聞かれても、変態さんの名前は出しませんし、きちんと誤解だったと伝えますから」
「……一体、どういう風の吹き回しだ」
歩く悪態つきの夜瑠さんの言葉とは思えない。
「今の言葉は絶対に守ります。警察沙汰になると本当に厄介だと思いますので、これですべての借りを返したということで、いいですよね? いえ、むしろ、わたしが貸しているくらいになっているかもしれませんね」
「相変わらず、口が達者だな」
「そうですか? では、最後に……わたしは寛容です。借りなど返していただかなくても結構です。さようなら、変態さん。次は来世で会いましょう」
ドアを開け、夜瑠は出て行った。
リビングからも、そしてこの家からも。
随分久しぶりに騒がしかった我が家は、火が消えたようにシーンと静まり返り、残された俺は独り小さく息を吐く。
「……五十棲夜瑠、か……」
――結局最後まで、夜瑠は俺の名前を呼ばなかったな。
本当に最後にしていいのか? 俺……




