今更だが、初対面とは思えない
「シャワーの水圧が低かったですね」
ぶかぶかのジャージ姿に着替えた夜瑠はリビングに入るなり、ダメ出ししてきた。
「文句が多いぞ、中学生。少しはかん……」
感謝しろ、というつもりだったが、俺は咄嗟に口を噤んだ。
「かん……?」
「えっと、少しはかん……寛容になれ」
よし。俺は心の中で小さく頷く。
感動。感激。感嘆。そんな感謝と似通った言葉がいくつか浮かんだが、どうにか違和感なく、違う意味の言葉が出てきた。
さすがに中学生の少女が本気で気にしているかもしれない事柄に触れ、傷を抉るような真似はできない。案外、こういう少女の方が、そういう時立ち直るのに時間がかかったり、最悪立ち直れないかもしれないからだ。
無論、気遣っている理由は、俺のせいで夜瑠が精神的に病んで、あとで親御さんに訴えられたらシャレにならないからである。断じて心配はしていない。たぶん。
「寛容ですか? 女子中学生に嫌味を連発している変態さんに、そんなことを言われるなんて思いもしませんでした」
動きにくそうに歩いてきた夜瑠は、イスに腰掛けながら言う。
「会って数時間しか経っていないんだから、思いもよらない一面があっても不思議ではないだろ」
「そうですね。変態さんには、まだわたしが知らない、数々の異常な性癖が隠されていそうですね」
「ねぇよ」
あってたまるか、そんなもの。
「そうなんですか? たしかにロリコンと男色系だけでも、なかなかぶっちぎっているとは思いますが」
「だから、どっちも違うって言っているだろ」
「バレた秘密をいつまでも隠し通そうとするなんて、往生際が悪いですね」
「……勝手に思ってろよ」
いちいち誤解を解くのが面倒だ。というか、夜瑠は本当にはそう思っていなさそうなので、俺は反論するのをやめた。
「分かりました。わたしが今日の変質者騒ぎの当事者だということが警察にバレた時には、変態さんは自分がロリコンだということを否定しなかった、そう証言しておきますね」
「それはマジでやめろ」
シャレにならない。
「変態さんは、愚かにも自分の名を名乗りました。恐らく警察に対する宣戦布告ではないでしょうか? 俺を捕まえて見ろ、間抜けな公僕どもめ。言って変態さんは、変態さんたるゆえんを存分に発揮した変態的な高笑いをしていましたとさ」
「事情聴取の時の練習か。だったら嘘つくなよ。警察の捜査を攪乱したとして罪に問われるかもだぞ」
「証拠がないので大丈夫です」
「警察を甘く見過ぎだろ。さっきビビッて逃げ出したくせに」
「……はい? 何のことですか?」
夜瑠の声音が微妙に変わった。
やはり何か後ろめたいことでも隠しているのだろうか。
警察を怖がる……万引きでもしたことがあるのか。こいつ。
「何か失礼なことを考えていますね。やめてください。訴えますよ」
俺の訝しげな眼差しから察したのだろう、夜瑠は淡々と宣言してくる。
この場合名誉棄損で訴える考えなのだろうが、口に出していない悪口では、勝訴を掴み取るとか以前に、誰にも相手にしてもらえない気がする。
「裁判って、金もかかって色々面倒だから、やめといた方が賢明だぞ」
「……妙に実感がこもっていますね。まさか、過去に本当に訴えられた経験があるんですか?」
「ねぇよ。随分前に両親が離婚裁判起こしたから、そのことを思い出しただけだ」
「裁判まで行くとか、普通じゃないですね。さすが変態さんのご両親です」
「俺の悪口は許すが、親の悪口は許さないぞ……っていうのが出来のいい子供のセリフなんだろうが……俺まで一緒になって悪態つきそうだから、親への口撃は遠慮してくれ」
とうの昔に両親への関心も皆無なので、悪口を言う気にもなれなかったが、夜瑠と話していると、忘れていた怒りや悲しみが蘇ってきそうだった。
「……そうですか。では、変態さんの悪口だけ言って時間を潰すとしましょう」
素直に言うことを聞いてくれたことはありがたい。
ありがたいが、何かムカつく。
そんな時間潰し聞いたことねぇーよ。




