大好き!
病室に居る全員が口を閉じ、少しの間沈黙が流れた。
と、ノックの後にドアを開けて医者が入ってきた。
医者はおばさんと学校の先生二人に挨拶をし、俺の怪我の具合を診てくれた。
そして、今朝時点での容態説明を始めた。
「うん、とりあえず頭部の精密検査結果待ちだが多分大丈夫だろう。
腕は昨晩も話したとおり完治には一ヶ月掛かるが後遺症はないと思う。
足の打撲は酷い事は酷いがただの打撲なので心配は要らない。」
俺を含むその場の全員がほっと胸を撫で下ろす。
ただ、頭の怪我が気になるので念の為今週一杯入院してもらう、と言われてしまった。
医者の説明を聞いた由香里先生は、
「まあ、今日は本当に大人しくしてなさい。
亜由美は後でお父さんと奥さんがまた来るだろうから、その時に一緒に来るなら
今日はまあ、学校は安みって事にしておく。
若宮さんのお母さんは、保護者の代わりに付き添って下さるんですね?」
と聞いてきた。
「はい、ショウくんの付き添いは私がやりますのでお任せください」
「それでは、お願いします。
じゃあ、亜由美とりあえず帰ろうか。家まで送っていくから」
え!と驚く亜由美。
「私、パパ達が来るまでショウくんに付いています」
「いや、それは若宮さんがやってくれるそうだから大丈夫。
とりあえずキミも一度帰りたまえ」
亜由美は何か言いたそうに口をもごもごさせたが、
由香里先生の目を見て諦めたように「…はい」と俯いた。
「じゃあ、行きましょうか浅井先生。それでは若宮さん、お願いします」
「はい、お任せください」
何度も俺を振り返る亜由美を引っ張って由香里先生は病室を出て行った。
「さて、おばさんショウくんの着替え持ってくるわね。
遙、あなたも今日は学校休んで良いからちょっとショウくんに付いててあげて」
窓の外を見つめたままだった遙がようやく俺に目を向ける。
「…はい」短く答える遙。よく見ると目が真っ赤だ。
「じゃあ、お願いね。ショウくん、何か欲しい物有る?」
「いえ、大丈夫です」
「そう、何か有ったら遠慮なく言ってね」
おばさんは病室を出る時、俺にウインクをして出て行った。
鈍い俺でもこれは解る。おばさんが気を利かせてくれたんだな。よし、チャンスだ!
「遙、話があるんだ」
真っ赤な目をした遥が俺を見る。
「…なに?」
そんなに離れていないで、こっちに来いよ」
遥がひょこひょことベッドの脇に来て、椅子に座る。
「…なに?」
改めて見るとひどい顔してる。
いつもは艶やかな黒髪はボサボサ、
大きくてくるくると良く動くちょっとブラウンが掛かった瞳は真っ赤に充血し、
適度に焼けている健康的な肌も心なしか荒れているようだ。
ピンク色の少し厚めなアヒル唇もちょっと荒れている。
「なに人の顔じろじろ見てんのよ…」
アヒル口をさらにそれっぽく突き出しながら文句を言う遥。
「ぷっ!」
俺は我慢できずについ噴出してしまった。
かあーっと赤くなる遥。
「な、なに笑ってんのよバカショウ!
大体、亜由美を誤解させるような事言ってその気にさせて、
それでこんな事になったんだからほんとに自業自得なんだからね!」
マシンガンの様にまくし立てる遥。うん、コイツはやっぱこうでなくちゃな。
「ああ、悪かった。でも、俺ってけっこうモテるんだよな」
ニヤニヤしながら言う俺。
「なななな何言ってんのよバカじゃないのあんた!
たまたまあんたを好きな女の子が三人バッティングしたからって、
あんたがモテるってワケじゃないんだからね!!勘違いしなさんなっ!!」
目をバッテンにし、顔中を口にしながら叫ぶ遥。
ん?三人?
「三人?え〜と、亜由美と、亜里沙と…あと一人は誰でしょう?」
その瞬間、遥の顔が瞬間湯沸し器の様に更にカーーっと真っ赤になった。
これはマジ見ものだった。人間の顔ってこんなに一瞬で色変化するものだったのか。
「わわわわわわわわわ…………!!!!」
頭と両手をぶんぶか振り回しながら「わ」を繰り返す遥。
俺は遥の顔をぱっと両手で抑えた。
「………!!」
自分でもどうして良いのか解らなくなってるらしく口をパクパクさせてキョドる遥。
俺はすうっと深呼吸してから、遥の目を見詰めながらはっきりと言った。
「遥、俺、お前の事好きなんだ。
芳野先輩と付き合ってるって解ってても、
お前が一番、好きなんだ」
「はひょえっ!おうっ!?」
奇声を上げて目を白黒くるくるする遥。
しかし、手をばたばたするのは止めて、顔に生気が戻ってきた。
すーはーすーはーと呼吸をしている遥を見ながら、俺は黙っていた。
しばらくして、すーっと息を吸った遥がきっと俺の目を見つめて怒鳴りだした。
「バ、バカショウ!亜由美のことはどうすんのよ!
あの娘、本気であんたに恋してるのよ!」
「それはこれから良く考えるさ。亜由美は今、かなり不安定な状態だから
あんまり無下にすると何するか解らないしな。
亜里沙は大丈夫。あの子は芯の強い子だから。
それに、別にお前に今すぐ付き合ってくれって言ってる訳じゃない。
お前だって芳野先輩の事が有るだろうし。
ただ、俺の気持ちをお前に伝えときたかったんだ。
遥、俺はお前が大好きだ。以上!」
遥は真っ赤になって下を向いてしまった。
もしかして、遥も俺のこと好きだと思ったのは俺の勘違いだったのか…?
そんな不安に俺が苛まれだした時、ボソッと遥が呟いた。
「…あたしも、ショウの事が大好きなんだから…」
…うしっ!!
俺は心の中でガッツポーズをした。
その時、ふんっ!と気合を入れた遙がバッと顔を上げた。
「昨日、博隆とお別れしてきたわ。自分の気持ちに気付いちゃったから、
このままずるずると付き合ってるのはいけないと思ったの。
だから、私、今、フリーなんだから…だから…その…」
俺は遥が何を言ってほしいのか、正確に理解した。
「遥、俺と付き合ってくれないか?」
俺たちは十秒ほど見詰め合っていた。
「ぃぃょ…」
遥が小さく答えた。
「だけどっ!!絶対浮気なんか許さないし私を一番にしてくれなきゃダメだからねっ!!」
目をバッテンにして叫ぶ遥。
「りょーかい、俺の遥ちゃん」
俺の言葉にまたまた赤くなって黙る遙。
そして、突然立ち上がりドアを開け左右をじっと確認している。
…なにやってるんだ?
よし!と一声上げて俺の隣にドドドと戻ってきて、すとんと椅子に座った。
そして、俺に顔を近づけながらふっと目を瞑る。
なるほど…俺は笑って、そっと遥の唇に自分の唇を重ねた。
バーン!!
「お兄ちゃん!大丈夫!?」
「ショウ兄ちゃん遊びに来たよ〜♪」
突然ドアが開きカナサリが元気良く飛び込んできた。
「!!」
「な!」
驚いた俺は唇を離してカナサリに振り向く。
「…あれ?なんでハル姉そんなに離れてるの?」
香奈が不思議そうに聞く。
え?と思い遥を見ると、いつの間にか窓際に立っている。
一体、どんだけ高速で移動したんだよ…
「べ、別に!!っていうか、ノックぐらいしなさいよね!!」
真っ赤になって怒鳴る遥。
「何騒いでるの遥?もう、あなたたちは来なくてい言っていったのに…
ごめんねショウくん、この子達今日学校は創立記念日で休みなのよ」
おばさんが謝りながら入ってくる。
俺と遥は顔を見合わせ、あははと笑い出した。