戸惑い…?
「ショウくん、ご飯全然食べてないじゃない」
看護婦さんが溜息を付く。
はっと我に帰る俺。
「すみません、頭が痛くて…」
俺の頭には包帯がぐるぐる巻きにされている。
「あら、大丈夫?痛み止めの注射しておく?」
心配そうな顔で聞いてくれるが、
「いいえ、我慢します。みんなが来た時に寝てるのもなんだし」
「そう…無理しちゃダメよ。我慢できなくなったら直ぐに言ってね」
「はい、ありがとうございます」
そう、さっきから痛み止めが切れたのか頭の傷が疼き出した。
俺はまた、昨夜の事件の回想に入っていった…
後ろから亜由美が俺にぎゅっと抱き付く。
「なななななな……!!」
絶句するお父様。そりゃそうだろな。
ぶんっ!!
「おわっ!?」
突然お父様が横に吹っ飛び、キッチンの床に転がる。
「ショウ!!どういう事なのよっ!!」
お父様を力任せに投げ捨てた遥がダッシュで俺に飛びつき、
襟首を捻り上げながら叫ぶ。
遥の顔と俺の顔は数センチの至近距離。
遥の大声で耳がキーンとなってしまう。
と、遥の瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れ出した。
「待ってたのに…!」
「…え?」
「あんたの言葉、待ってたのにっ!!」
遥は叫ぶと同時に俺の頬を引っ叩いた。
びったーーん!!
物凄い衝撃と共に俺の視界に星が舞う。
「ショウくん!大丈夫!? 止めて!遥ちゃん!私のショウくんを打たないで!!」
遥の顔が夜叉の様な表情になる。
俺に抱き付いている亜由美の身にはショーツしか付いてない。
豊かな胸は俺の背中にむぎゅっと押し付けられ、
真っ赤になって泣いている可愛らしい顔は俺の顔の右にぴったりとくっ付いている。
ダメだ。今何を言おうとも、ただの言い訳にしか聞こえないだろう。
「亜由美を返せえええ!!」
突然響いた声に驚き、そちらを見た瞬間。
ガツン!と鈍い音が俺の脳内に響き、目の前に火花が散った。
口と鼻の中に熱い感触が広がり、目の前が真っ赤になる。
あ、マグライトで殴られたんだな、と妙に冷静に分析しつつ、
俺の意識は闇に沈んでいった…
ふと目を開くと、
そこには見知らぬ天井。
「お兄ちゃん!大丈夫!?」
可愛い声が聞こえる。と同時に物凄い頭痛が俺を襲う。
「うっ!」痛みをこらえながら声のした方を向くと、
そこには半泣きになった沙里とベッドに突っ伏して眠っている加奈の姿が有った。
「沙里、か…ここは、どこだい?」
「良かった…ここは病院だよ。どこか痛くない?」
「ああ、頭がかなり、な」
俺が答えると「ちょっと待っててね!」
と答え、急いで駆け出していく沙里。
一体何が有ったんだろう…今日は何日だ?今、何時なんだ…?
「ショウくん、気が付いたのね!」
ドアが開き、看護婦さんと一緒におばさんが入ってきた。
「よかった…一時は意識不明になってたから、もう…」
そこまでいうとおばさんは両手で顔を覆い、泣き出してしまった。
「おばさん、泣かないで…」
俺も困ってしまう。
「ショウくん、気分はどう?頭はどんな風に痛いの?」
看護婦さんが聞いてくる。
「あ、心臓の音と一緒にズキズキと割れるみたいに痛いです」
「そう。今、痛み止めの注射を用意するからちょっと待っててね」
看護婦さんが病室を出て行く。
すると、看護婦さんと入れ替わる様に顔をちょっと背けて
俺と目を合わさない様にした遥が病室に入って来た。
「遥…」
「頭は、大丈夫なの?」
…なんだか、気でも狂っちまったかのような聞き方にちょっと苦笑いしてしまう俺。
「ああ、なんとかな。ところで、俺はやっぱ亜由美のお父さんに殴られたのか?」
「ええ、黒い大きな懐中電灯でね。物凄く血が出てホントに驚いたんだから…」
目を逸らしたまま答える遥。
その時、看護婦さんが注射を持って帰ってきた。
「さあ、痛み止めの注射をしますよ。睡眠効果も有るからすぐに眠くなると思うわ」
看護婦さんの言葉を聴き、おばさんが涙で真っ赤になった目を俺に向ける。
「ショウくん、じゃあ明日の朝また来るわ。
担任の浅井先生と、遥や亜由美ちゃんの担任の河合先生も来られるそうだから安心して」
う〜む、何を安心すれば良いのだろうか…?
「あと亜由美ちゃんとお父さんも来ると思うけど、怒らないでね…」
おばさんが目を伏せて呟く様に言う。
「とにかく、明日ちゃんと話しましょう。じゃあ、私たちは帰るから。お休み、ショウくん」
「ありがとうございました。お休みなさい」
おばさんは眠ったままの香奈を抱き上げて病室を出て行った。
沙里と遥もそれに続く。
遥が病室を出るとき、ふっと俺の方を向いて、
「あたし、待ってたんだから…」
と言い、涙を流しながらたっと出て行く。
「待ってた、って何を…?」
食事に行くのは明日の夜ハズだし、今夜遥となにか約束してた覚えは無いんだけどな…
注射が効いてきたのか、俺は遥の言葉に対する疑問を考えながら眠ってしまった。