指切り?
にっこりと笑いながら近付いてくる亜由美。
「ねえ、ショウくん、忘れ物してない?」
…あっ!!
「ごめん、亜由美。弁当箱洗ったのに教室忘れちまった。取ってくる」
一瞬ポカンとしてからあはは、と笑い出す亜由美。
「そんなの明日でいいよ!忘れ物って、遥ちゃんの事よ!
何が有ったの?解決したの?」
ああ、それか!まあそっちも忘れてたけど…
「…と言う訳で、丸く収まったんだ」
亜由美を後ろに乗せて走りながら、遥と俺の一件を外して亜由美に説明した。
「なるほどね〜、あの芳野先輩でも遥ちゃんの事になると嫉妬に狂うのね」
「ああ、男ってのはやっぱ惚れた女の前じゃ弱いよな」
偉そうに、人事の様に言う俺。
「…じゃあ、ショウくんも好きな娘の前じゃ弱いの?」
なんか意味深な事を言ってくる亜由美。
「…そうだな、弱いかもしれないな。まだ解んないよ」
突然、亜由美が俺の耳元に口を近づけて囁いた。
「ねえ、ショウくんの好きな娘って誰?」
うわっ!びっくりした!
「ななな何をいきなり言うんだよお前は!」
「ねえ、私に隠してる事無〜い?」
色っぽく呟く亜由美。
一体、何を言わせたいんだコイツ…
「黙秘なの?じゃあ、私が言ってあげる」
!な、何を言うんだ…遥の事か?
「一年の西村さんに告白されたんでしょ?」
その事か…ふう。って、
「何で知ってるんだ!?」
俺の首に手を廻し、ぎゅっとくっ付いてくる亜由美。
…おい、肩から背中に掛けて感じるこのやーらかい感触は…!!
「んふふ〜、ひ・み・つ♪」
ちょっと、ちょっとちょっとぉ!
や、やばい…危険だぞコレは。特に体の一部が過敏に反応している!
「お、おい亜由美!あんまりくっ付くな!」
「何でぇ?私の胸がぎゅってしてるだけじゃない」
うふふぅと笑う亜由美。耳に亜由美の暖かい息が掛かる。
ワザとやってんのかコイツ!!
「だーっ!気が散って危ないだろうが!このまま俺と心中する気かぁっ!」
すいっと離れる亜由美。ふうう…
「それは流石にイヤだから勘弁して上げる。
そうそう、ショウくんお弁当どうだった?」
「あ、ああ、凄く美味かったぜ。特に唐揚げ」
「そう、良かった!で、メッセージはどうだった?」
…ああ、アレな。
「お前アレはちょっとふざけ過ぎだろう。アレを教室で開けてたら
ちょっとしたパニックになってたと思うぞ。
大体、ミス我が校のお前と遥で、遥は彼氏出来ちまったから
フリーのお前の人気がうなぎ上りな事を忘れるなよな。
俺を殺したいんなら効果的かもしれないが」
「…ふ〜ん、冗談だと思ったんだ…」
…え?
いきなりむぎゅっと首を絞める亜由美。
「ぐえっ!!止めろ止めろ苦しいって危ねぇって!!」
「ショウくんのバカ!
ところで、西村さんには何て答えたの?」
…なんでバカって言われたんだ、俺?
っと、西村への答えか、
「…えーと、それはな…」
遥と俺の事を抜いて、亜里沙との顛末を話した。
「と言う事は、西村さんはまだショウくんを諦めてない訳ね」
「まあ、でもきっと直ぐに他のカッコいい男に目が行くだろ。
大体、俺みたいなカッコ悪くて貧乏で成績も悪いモテないヤツに
あんな可愛いコが告白してくるなんて、三年分くらいの運を
一気に使い果たした気がして恐ぇよ」
あはははは!…と俺だけが笑う。
あれ?亜由美も「そうよね!」とか言って笑うと思ったのにな?
「どうした、亜由美。黙っちゃって?笑う所だぞ?」
「…んーん、何でも無い…」
突然黙ってしまった亜由美。な、なんだこの重い空気は…
「そ、そろそろお前の家だな。今日は弁当ありがとうな」
黙っている亜由美。あの角を曲がれば亜由美の家だ。
「…ねえ、ショウくん。今夜バイトだよね?」
「ああ、そうだけど」
「今日、ちょっと家に帰りたくないの。バイトが終るまでで良いから、
ショウくんの部屋に居させてくれないかな?」
亜由美の様子が変だな…
「ああ、別に構わないが、散らかってるぞ?
それに、一応おばさんには言っておいた方が良いんじゃないか?」
少し間を置いて、
「そうだね、じゃあちょっと家に寄ってくれる?」
と答える亜由美。
俺は角を曲がり、亜由美の家の玄関のちょっと手前で自転車を停めた。
「ちょっと待っててね」
亜由美はカバンを持つとタタっと駆けて行く。
五分ほどすると私服に着替えた亜由美がポシェットを持って戻って来た。
「お待たせ!ショウくん。じゃあ、お願いね!」
…よかった、いつもの亜由美に戻っている。
俺は亜由美を乗せると、再び自転車を漕いで自分の部屋へと向かった。
自転車をドアの横に停め、カギを開けて部屋に入る。
「散らかってるのは勘弁してくれよ」
「わーい、お邪魔しまーす!」
なんだかはしゃいでいる亜由美。
最近、遥が合鍵で入ってくるからアレな本とかビデオは
秘密の場所に隠して有るからその件については安心だ。
「結構良い部屋ね!こっちの部屋は何?」
「ああ、そこは前住んでた家から持ってきた荷物が入った物置になってる。
まあ、なんとか一人位寝られるスペースは有るけどな」
「開けても良い?」
「別に構わないよ」
ガラッと引き戸を開ける亜由美。
「…凄いね、一杯になってる。でも、コレはショウくんの大切な宝物なんだよね」
「…ん、まあガラクタなんだけどな」
「って、ショウくん!部屋の中におっきなバイクが置いてあるんだけどっ!!」
「ああ、親父の形見なんだ」
そこには、親父が生前乗っていたバイク、スズキ・GSX750Sカタナが静かに眠っていた。
親父は、本当は前に乗っていた1100のカタナを持っていたかったんだが、
家族みんなで出掛けるのに大きい車が欲しいから、と1100カタナを売って
頭金にしてハイエースワゴンを買った。
その後、お袋がへぞくりで親父に買ってあげたのがこの750カタナだ。
排気量以外は1100も750もほぼ一緒のこのバイクだが、値段は一ケタ違う。
だが、親父は大喜びして買ってもらった750カタナを大切にしていた。
限定解除という凄まじい難関を突破しなければ乗れないので今は置物と化しているが、
いつか必ず俺はこの750カタナに乗ってやる…
いかん、いつの間にか熱くなって亜由美に語ってしまっていた。
こんな話、女の子にはつまらないよな。
「んん、そんな事ないよ!とっても楽しかったし、なんか凄く感動しちゃった」
亜由美の瞳に涙が溜まっている。
「ねえ、免許取ってこのカタナに乗れる様になったら、一番先に私を後ろに乗せてね!」
「…悪い、亜由美。一番乗りは先客が居るんだ」
「解った!遥ちゃんね?」
ちょっと頬を膨らませる亜由美。
「ご名答。二番目じゃダメかな?」
「じゃあ、私を乗せて軽井沢まで連れてって!」
亜由美はビッと軽井沢の方向を指しながら声を上げた。
「ああ、良いぜ!っつっても、何年先になるか解らないけどな」
「うー。じゃあ、その前にもっと小さなバイクで良いから!」
なんでそんなに軽井沢に拘るんだ?まあ、良いか。
「じゃあ中免取ったら行こうか!」
「うん!行くー!」
亜由美が小指を差し出す。
「指切りして!」
ゆーびきりげんまーん、嘘ついたーらはーり千本のーます!
「おっと、バイト行かなきゃ!じゃあ適当にしててくれな」
「はーい、いってらっしゃい!」
俺は亜由美の声に送り出されてバイトへと向かった。