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外伝  得たもの、失ったもの①

外伝で一つの話を作れそうですが・・・・ぽつりと圧縮ぅ

「ふう」


「そんなに嫌なんですか?」


男のため息に、その部下らしい男が哀れみの混じった苦笑いを浮かべて返す。そこは王都アンサレスの中央に聳え立つ巨大な王城、その傍にある王都防衛隊本部庁舎の一角、人事フロアだ。一人は小奇麗になった一番大きな執務机の椅子で、もう一人は『引継ぎの手引き』という冊子を大量に抱える部下"だった〟男。

本日何度目ですか、というかつての部下の問いに男は無視を決め込んだ。


「レイヴィス」


本部庁舎では珍しい白い式典騎士正装に身を包んだ男が、溜息を重ねる男、レイヴィスに声をかけた。



「そろそろ時間だ」


「・・・はぁ」


催促する男に対し、レイヴィスはやはり溜息で返したのであった。

















「アキュラ聖騎士団団長、サジ・ラーガ・ヴァン・シュヴァイク。ただいま出頭しました」


「・・・レイヴィス・ウォルハイム二等武官、出頭しました」


防衛隊本部庁舎の一角にある第一作戦会議室にて行われる内々の任命式。その一室に入室する際の礼儀としての名乗りを済ませ、レイヴィスとサジは会議室内で整列している列に入る。レイヴィスは本部組の列に、サジは七聖騎士団の列に。


レイヴィスは100人は収容できそうな会議室を見渡し、会議室最奥の壇上の傍に備え付けてある待機用の椅子に座る人物を見て目を見張った。

回りには聞こえないように、自分と同じように隣に起立している男に小声で語りかけた。


(おい、グレン。なんで軍務大臣がいるんだ)


語りかけられた男、グレンは眉をすこし上に動かすと同じように小声で返す。


(しらん。だが、関係の有りそうな話なら知っている)


(・・・なんだ?)


(ああ。俺の第六防衛隊が先月ガサ入れした貴族の屋敷の話だが)


(まて、何故遊撃隊のお前たちが警備部のまねをしているんだ?)


(最後まで聞け。国内外での"人〟の動きを追って、結果的にそこも押さえただけだ。で、だ。そこで部下が気になるものを発見したと)


(気になるもの?)


(国内外での"人〟の動きに、第一防衛隊の一部が加担していることを示唆する書類だ)


・・・第一防衛隊は本部付けの部隊。つまり、


(・・・それはまさか、防衛隊総長が奴隷売買に手を貸していたということか!?)


この国で奴隷貿易は違法である。奴隷を扱うことも違法である。組織的に行った場合は一族が処断されるほどの重罪である。


(声をすこし落とせ。後オブラートに包め。守秘義務が)


(此処まで話して守秘義務もあるか。あぁ、総長の醜聞がらみで内々に更迭、さらには上部人事総入れ替え、ってトコか)


(それだけならいいが、な)


(まだ何かあるのか?)


(だから最後まで聞けといっただろう。総長の醜聞だけなら"あの〟軍務大臣は出てこないだろうに。代わりの総長な、近衛からくるかも知れん)


「んな馬鹿な!」


まずこの国の軍部人事ならありえない登用につい言を荒げてしまうレイヴィス。慌てて回りを見渡すと、件の軍務大臣がこちらを睨んでいるのと目が合った。


「失礼しました!」


レイヴィスは慌てて右手を心臓に合わせるように掲げるこの国の略式敬礼をしつつ態度を正した。あの人に睨まれるのはまずい、と。


軍務大臣―――ベルファウスト・フォン・メックリンガーはふん、と息をはき捨てると視線をレイヴィスから外した。


(・・・背中に汗が)


(阿呆が。殺気が俺にまで来たぞ。巻き添えで『鬼神』に殺されるのはごめんだからな)


ベルファウスト・フォン・メックリンガー公爵。別名、『鬼神ベルリンガー』嘗ての戦乱で多大な戦果を挙げ、小国とはいえ二つの軍隊を独力で壊滅に追い込んだといわれるアンサレスの武神。齢は120を迎えているはずだが、その内在魔力が肉体を五十ほどまで若返らせている。本物の、化け物。


(・・・まさか近衛から来るとは思わないだろう)


近衛隊、そして近衛竜騎士団はいわば影である。存在は国民にも知れ渡っているが、その人員構成、戦闘技術、運用法は秘匿され、世に出ることは無い。王族の身辺警護という特質上どうしても近衛隊員の身元が明らかになることは好ましくないからだ。

逆に王都防衛隊は光である。国民の期待と羨望を受け、国外にその力を知らしめる意味も有るからだ。そして、地方の守備兵隊、国内のすべての騎兵隊、騎士団の統括司令官たる防衛隊本部総長は国の軍部の顔でもある。


近衛には近衛の矜持があり、王都防衛隊には王都防衛隊の面子がある。国外に対する影響や指揮系統の面から言っても、近衛の人間が鳴り物入りで王都防衛隊の長に付くなど、一般的な軍人の常識からすれば『ありえない』のひとことである。


(・・・まさか、軍務大臣が次期総長、ということはないよな?)


(大臣は元近衛だしな。もしかしたらあるかも知れんな)


ベルファウスト軍務大臣は嘗て近衛隊隊長だった。それは先の戦争で前線に居た者なら有る程度は知っていることだった。



「静粛にせよ」


軍務大臣付き武官が場を鎮める。レイヴィス達以外でも動揺は有ったようで、会議場の中は僅かに騒がしかったからだ。


「では大臣」


「うむ」


ベルファウスト軍務大臣が壇上に上がる。

体格はそれほど大きいというわけではないのに、その身から漏れ出る存在感が会議室を圧倒する。


「此度、任を解かれたものは心して聞くように」


レイヴィスはその言葉に僅かに眉間の皺を深くする。この中に何人任を解かれた者がいるのか、そしてどういう人事が下るのか。

場合によっては退官も視野に入れて、とレイヴィスは意識を壇上に向けた。


「・・・公爵家の糞餓鬼が起した騒動の尻拭いをすることは構わぬ」


「なっ!?」


場が騒然と成る。軍部の体裁を省みず、しかも公爵家を公的な場での非難。その場に集まった人間の殆どが唖然とした表情で壇上の人物の次の言葉に気を尖らせた。


「が、ただ首を挿げ替えるだけでワシは満足できぬ」


軍務大臣がそこで言葉を区切る。しかし誰も一言も発しない。発せ無いのではなく発しない。軍務大臣の次の言葉を、その意図を聞くために。


「ジークライエン陛下の発案を下に、ワシが脚色を加えた形で、」



誰かの唾を飲む音が聞こえた。



「国軍の再編を行う」



馬鹿な、と誰かが小さく呟いたのがレイヴィスの耳に入った。


(国軍の再編、貴族の根が深くまで這った王都防衛隊でそれが可能なのか?)


レイヴィスが見渡せば、知っている限りの貴族派の武官、将校の一部が今にも罵声を浴びせんばかりに軍務大臣を睨んでいる。


(阿呆だな。陛下の発案、と大臣は言った。それに異を唱えることがどういうことか。まぁ、今回の事件の残った根を炙り出すには、悪くないが)


本部総長の今回の醜聞が、本部総長派、レドミラル公爵家に組する者たちとそうでない人物を分けるいい機会として利用されたのだった。


かねてより、旧貴族派と呼ばれる身内で軍部の要職を固めようとする一派を疎ましく思っていたジークライエン国王、ベルファウスト軍務大臣と一部公爵家は、軍部から旧貴族派をはじき出す機会をうかがっていた。

ある程度の醜聞を集め、いざ強攻策に乗り出そうとした時に本部総長の『奴隷貿易関与』の情報が入って来た。ベルファウスト軍務大臣は、今回の軍部粛清と共に自身が暖めてきた改革を進めようと決心したのだった。しかしそれにはまだ"核〟が育ちきっていない。そのための補助も確保した。こちらも暖めていた、補助を。



「では再編後の国軍を率いる者を紹介しよう」


今度は場に居るものが皆、困惑の色を目に宿した。


(・・・あんたじゃないのか?)


レイヴィスもまた、思いもよらない言葉に思索に耽りかけた、が


「入れ」


軍務大臣に促され、壇上の裏手の部屋から入ってきた人物を見てレイヴィスは息をすることも忘れた。



それは、女性だった。



腰まで届く、艶やかな黒髪。背はアンサレス王国の女性の平均にしてはやや低い。体つきは細く華奢に見えるがその歩みから見える立ち振る舞いに、彼女が相応の武人であることがその場に居る者たちは理解できた。しかしそれよりも、ベルファウスト軍務大臣に並ぶほどの超絶たる存在感が、彼女を只者で無いと彼らに"理解させた。〟


一部、思考が固まっているものを除いて。




女性は壇上の軍務大臣の傍まで来ると、胸に手を当てる略式敬礼を取り、名乗りを上げた。








「昨日まで近衛竜騎士団で副団長をやっていました、麗華・笹村・ウィラ・メックリンガー高等武官です。以後お見知りおきを」






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