パン屋は今日も賑やかです!
「たのもー」
忙しい時間帯も過ぎ、『フジベーカリー』から『カフェテリア・フジ』に変わるための準備の最中、可愛らしい道場破りの定例句が店内に響く。
「お帰りミーナちゃん、なんかのむー?」
陳列棚の空いたトレーを回収し、水拭きしていた相方が出迎える。
お帰りとはいうが、別に一緒に住んでいるわけではない。彼女、ミーナリア・エイボスの住まいは、住居兼店舗のこの建物の隣に立っている一軒家なのだから。
ミーナリアは今年で16か。彼女が生まれるときから知っているから、この店のパンで育ったといっても過言ではあるまい。実際、朝飯も昼飯もフジベーカリー産(幸い晩飯は自作らしい)なので間違いではないが。
食生活が偏っていると注意はしたが、エイボス家曰く『美味い物を食べて何が悪い』との事だ。言われて悪い気はしないが、年々身体がふくよかになってきているエイボス夫人が若干気がかりだ。全素材天然無添加高たんぱくで後ろ暗いことは無いのだが、高たんぱくなだけに高カロリーで摂取には栄養のバランス感覚が必要だ・・・しかし聞いてはくれないだろうな。
そんなエイボス家の愛娘、ミーナリアは明々朗々な性格をした可愛らしい少女だ。美人、というよりも可愛らしいという言葉が似合うのはその落ち着きの無い性分の所為でもあるが、その明るく人当たりのいい性格がこの周辺の商店街の皆や商工組合の若い男連中を惹きつけてやまない。
だがこの娘、顔はいいのだが思い込んだら一直線の猪武者な性格が外見を裏切っているというか、な。
「だいじょうぶです!あ、ラーズさん、いや、」
ちょこん、と頭を下げると、後ろで結ってある髪が前に垂れる。赤茶けた髪はきめが細かく光を弾き、肩から雪崩落ちる髪が輝きを伴って重力に引かれる様に俺は目を細めた。
「ししょ!弟子にしてください!!」
「断る」
これが無ければ、な。
「ううううう」
「残念だったねミーナちゃん、なにかのむ?」
「あ、カモミール茶ってまだありました?」
「あるよ~、ちょっと待っててっ」
「あっ、手伝いますよおねーさまー」
とたとた、と可愛らしい足音を立てて2人が厨房の中に入って行った。
ミーナリアは最近になって弟子入りを願うようになった。
微笑ましい事この上ないが、弟子にする気はない。この店は俺以外が回すには厳しい理由が多すぎるためだ。弟子、というからには師である俺の技術や知識を継承することがその存在理由なのだろうが、知識はまだしも技術は絶対的に不可能だ。誰がパンを焼くために高次元魔法陣術式と精霊魔法を多重展開するか。どうやって伝えろというのだ。そもそも知識だとしても、材料で幻獣種の素材があるのだから、知っていても作ることはできないだろう。わざわざ弟子を取って波風を立てる意味もないのでいつも断っているわけだが。
「ううううう、私って、ラーズさんに嫌われてるんですか?」
「ううん、だんなさまはミーナちゃんのこと大切にしてるよ?」
「でも・・・だって・・・」
「ほんとだよ~よしよし」
なぜか罪悪感がわいてくるのは止められない。厄介な。
と、来客が来た。
「おう、ラーズ、愚痴を聞いてくれ」
「騎士団は余程暇と見えるな、レイヴ」
この時間なら終わってすぐ来たのか。本当に大丈夫か?この国の騎士団は。
「まぁそう言ってくれるな。一応俺ンとこの人事部はそう忙しくは・・・無いんだが」
「ん、いつものでいいか」
「ああ、頼む」
ポットを火にかける。水にも細かいこだわりはあるが、出来れば使う豆の産地の水が好ましい。一番味に合うからだ。現地で飲むコーヒーと取り寄せてから呑むコーヒーで味が違うのはそのためだ。
「あ、レイヴおじさん」
と、厨房からミーナリアが顔を出す。
厨房でどんな会話をしていたのかは聞き取れなかったが、先ほどよりはいい顔をしている。
「おう、ミーナちゃんも来ていたか」
「はいっ、ええっと・・・」
「ん?どうした?」
ミーナリアはすこし気恥ずかしそうに言いよどんだ後、ぼそりと呟いた。
「今日もかっこいいですねっ」
「お、おう?」
呟いた後、恥ずかしくていたたまれなくなったのか厨房に引っ込んだミーナリア。
評されたレイヴは間抜け面で呆けているが、思い出したように笑うと頭を掻いて照れだした。
「ふふ、やっぱりミーナちゃんは可愛いな。俺に娘が居たらあんな感じなんだろうか」
「・・・」
「ああいう子に労われるのもいいもんだな。・・・ラーズ?」
別にどうと言う事はない。うむ。
「・・・今日は締めるか。うむ、そうしよう」
「ちょっと、ラーズさん?」
「だから出ろ、暇人。退店だ」
「おいっ!八つ当たりは止めろ!」
「知らん。早く出ろ」
「おいっ、ちょっ、まっ、うおっ!?」
「ほらね~、言ったとおりでしょ?」
「にゅふふ、はい、またがんばってみますっ」
ほう。
「ミーナちゃん助け、あイテッ」