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パン屋は今日も滞りなく更けてゆきます!

今日もパンは滞りなく売れた。


今は昼も過ぎ、日は大分傾いてきている時間帯。忙しさは今は店内に無い。この店で扱うパンは出来たてが美味しいのが多いためか、出来上がりの時間帯に当たりを付けて客が押し寄せる。それを過ぎればのどかな物だ。




「ラーズさぁん、コフィ、おかわり」


薄い色気を撒き散らした"お嬢さん〟がお代わりを可愛く強請る。俺からすれば、お嬢さんだが。


フジベーカリーは掻き入れ時を過ぎればカフェに変わる。これは俺の趣味だから俺が一人で回すことが多い。相方リリーは大抵店内で呆けていることが多いが今日は友人と買い物に行っている。


「ん」


サウジオ山脈にほど近い高原の国ヴァラキが栽培している豆を砕く。名は『レプティンギリ・サウジオラ(ヴァラキの民の古語で「サウジオから生まれし黄金の豆」)』。焙煎はやや深めに取るのが此処に来る客の好みだが、元々この豆は酸味が少なく、ほのかな柑橘系の香りが特徴でとっつきやすい味だ。焙煎を深めに取ることで若干香りを強くして入るが、それでもエグみは少ない。


豆を挽くのはパナセス大陸の『鍛冶王国』レヴィトール連邦共和国を率いる一角『パナセス商工ギルド』ギルド長のドワーフに特注で作らせたコーヒーミル。材質は知らないが、此処数百年壊れたことはない。

ミルから砕いた豆の香りが発つ。店内に漂うパンの香りと相まって落ち着きを誘う空間を作り出してくれる。


挽いた豆を濡れた布で濾す。金属網の方でも悪くは無いが、目の前の彼女はネルドリップが好みだ。


「若干、焼きは深めた物だ。感想を頼む」


「ふふっ、ラーズさんが淹れてくれたんですよ?美味しいに決まってます」


流し目で笑みを浮かべる彼女に目を奪われる男は多い。名をウリエラ・チャーキというらしいが、流れの高級コールガールであること以外はなぞの女性、と聞く。本人にだが。


彼女、ウリエラは2,3日に一度はこの時間帯に来て長く居座る。暇なのか?


「リリーちゃんはお出かけ?」


「ああ」


「じゃぁちゃーんす、ですよね」


そういってカップの高さを下げつつそれに口をつける。それによって若干上目使いに俺を見る形になる。


「・・・」


「・・・」


ウリエラはこういった掛け合いを好む。仕掛ける相手を選んではいるだろうが、彼女のような優れた容姿で他人をからかうと痛い目に見ることも少なくないだろうに。


「そういうことは控えろ」


「えー」


「何かあってからでは遅い」


「心配してくれてるんですか?」


カップを両手で包み、可愛らしく小首をかしげる。だがその顔は本当に驚いているようにも見えた。


「・・・客は大事にする性分だ」


「ふふっ」


嬉しそうに笑うと、残ったコーヒーを小さく煽る。一息ついてテーブルに置いたカップの中は綺麗に空だった。


「おいしかった」


「そうか」


・・・まさかそれが感想ではないだろうな?


「ラーズさん」


「ん?」


「私だって、ちゃんと選びます」


真っ直ぐ、視線を俺に合わすウリエラ。いくつもの顔があるな、彼女には。


「・・・そうか」


「ふふっ」


彼女が作る甘い空間が嫌いではない。これも業か。

ウリエラは胸元の仕舞ってある財布に手を伸ばす。


「今日はもう帰りますね」


「ああ。最後の一杯は"験し〟だ。金はいい」


「嫌です。私が払いたいので払います」


「・・・ウリエラ?」


「とっても美味しかったんで、払いたいんです!じゃぁ次来た時にでも何かサービスしてくださいっ」


「・・・ああ、わかった」


ウリエラは自身が飲んだ三杯分のペセル硬貨をカウンターに置くと、「じゃぁまた来ますね~」といって席を立つ。


店の扉の前で立ち止まり、彼女は振り向いて俺とまた視線を合わせた。


「ちょっと、本気だったりして」


「何がだ?」


「いえっ、なんでもないで~す」


可愛く舌を出して言葉を濁す。その仕草が実に似合っていて、俺は苦笑いをしつつ小さくため息を吐いた。






「ウリエラ」








彼女が扉に手を掛けたところで呼び止める。振り向いたウリエラは何処か不安げで、その視線には僅かな期待が混じっているのが見て取れた。


「はい」







「味。具体的な観想を聞いていない」




実際、舌の肥えたウリエラの感想はためになることが多いからな。





「・・・・ばか」


「ん?」


一応、ウリエラの口の中だけで言っているので聞こえるはずは無いから聞き返す。


「なんでもないですっ!感想ですよねぇ・・・すこし苦味はありました。けど・・・」


「ん」


「甘さが際立って、こっちのほうが好きかも」


そういって笑った彼女の顔は、俺の記憶に強く残るほど綺麗だった。

















ウリエラが店を出るのを見送り、それから彼女が使っていたカップを片付ける。


とりあえず今日の掛け合いは俺の勝ちと認識しておこう。


『ちょっと、本気だったりして』


そう言った時の彼女の目は、確かに本気だった、な。




「ふむ」






俺は一息つき、顎に手を置くと、一言。











「なんだ、居たのかレイヴ」


「きっさまっ!うらやまっ、表出ろラーズっ!!」











ふむ、今日も滞りなく一日は進む。

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