誓い-Christmas' Present Style-
「今年もボクのうちでクリスマスパーティーするからさ。また、ケンもおいでよ」
ユウにそう言われたのは、一昨日の十二月二十一日。
その形なき招待状は、初めて貰った中学二年生のときからもう五回を数えていた。
毎年毎年プレゼントには気を遣う。なんだかんだ言ってユウももう高校三年生だし。
もしかしたら。
もし笑われたら。
もし拒否されたら。
もし馬鹿にされたら。
もし溜息を吐かれたら。
もし酷い後悔をされたら。
もしいらないものだったら。
もしつまらないものだったら。
そういうことばかり思い浮かんで、クリスマスイヴ――つまりプレゼントをユウに渡す日を明日に控えても、それに関するアイデアは何一つ考えられなかった。
ユウはお菓子が好きだ。だがユウは市販のものよりおいしいお菓子を手作りする。
ユウの気持ちになれば尚更、好きなものと欲しいものが、超えられない壁に隔てられていると気づく。
このまま考えても、どうも思い浮かびそうにない。そもそも、考え事は俺に向いている作業じゃない。
ふと、ケータイの光が点滅していることに気づく。緑の光、メールを受信したサインだ。メールは、クラスメイトの相田からだった。
『明日暇だろ? みんなでカラオケ行こうぜ!』
生憎、暇じゃなかったりする。
『明日はユウと過ごすんだ』
『ヒューヒュー! 今年のイヴもユウちゃんとラブラブ過ごすの?』
幼稚なやつ。
『おまえがユウって呼ぶな。それはそれとして、ユウへのプレゼントに迷ってるんだ。なんかアイデアない?』
『爆発しろ』
『おい』
そんな具合で一時間ほどメールラリーが続いた。結局何も参考にならなかった。なんとも時間を無駄にした。
◆ ◆ ◆
翌朝。
結局プレゼントは決まらないまま、ユウの家へと向かう。徒歩四秒。よく「来る前にメールしてよ」と言われたが、ユウのケータイがメールを受信する前に俺が家に着くものだから、その制度は廃止になった。
ドアチャイムを鳴らすと、「はぁい」と優しい声。ユウのママ、美波さんだ。
「あらケンちゃんいらっしゃい。来てくれてうれしいわ」
「おはようございます。ユウは中ですか」
ああ、ユウなら――ユウのママが言い切る前に、ユウが玄関に走って来た。
「ケン、おはよ!」
「おはよう」
苦笑しながら返す。
「寒いでしょ? あがってあがって」
「お邪魔します」ユウに促されるまま、中へと入る。
ユウの家は相変わらずきれいで、何だか肺が洗われるような感覚になる。
「なにもないけど、ゆっくりしててね」
そう言いながらユウママはキッチンへ向かう。
「あ! ごめん、ケンちゃん。友子と二人で買い物に行ってくれないかしら」
「あ、わかりました」
「もー、たった今ゆっくりしててって言ったのに!」
「ごめんなさいね。それじゃ、お願いできるかしら?」
そう言いつつ、ユウママはユウにメモを渡す。
「それじゃ、これよろしくね」
ユウは素直に頷くと、
「ケン、行こ」
俺のほうを向いてそう言った。
一体何人分料理を作るつもりなのかと訊きたくなるような買い物の量。さすがにユウに持たせるわけにはいかず、俺が荷物を全部抱えていくことにした。
「ケン、ボクも持つってば」
「いいって。もうすぐ着くし」
ユウは優しいな。まったく、プレゼントを用意していないことも手伝ってか、急に後ろめたくなってしまった。
「ケン……」
左を歩くユウが、俺の名前を呼んだ。
「どうしたの」
「あのね、ボク今最高に欲しいものがあるんだ……」
「なにが欲しいのさ」
そう言って、ユウの方を向く。頬が染まっているのは、夕陽が射しているからだろうか。
「……後で言う……」
ああ、これは。
ユウが照れ隠しに言う言葉だ。
◆ ◆ ◆
「あら、おかえりなさい。ずいぶん遅かったのねぇ。寄り道でもしてきたのかしら」
「止めてよ、そういうこと言うの。ケンが困ってるじゃん」
「ふふふ、そうね。それじゃ早速作っちゃおうか。ケンちゃんは……」
母の言葉を、娘が紡ぐ。
「そこでテレビでも観てて」
言われてやたら広いリビングに向かう。超大手企業に勤めるお父さんは、単身赴任らしい。
だからこそ、毎年こうして訪ねる俺を温かく迎えてくれるのかもしれない。
テレビからはお笑い芸人が集まって、クリスマスライブだので生放送している。乾いた笑いが客席から伸び、渡島よし子とかいう女芸人は土下座のような格好をしている。
キッチンに目をやれば母娘がテキパキと料理を作っている。
三十分も待たずに、テーブルには豪華な料理の数々が並んだ。
「冷めないうちに召し上がれ」
ユウママがそう言って勧めてくれた。
どれからいただこうかと眺めていると、ユウが器にシチューをよそってくれた。
「ケン、これ食べてみて」
促されて一口分スプーンに掬う。口に含むと幸せな味が広がった。
「おいしいでしょ」
ユウの得意気な顔。そして俺の答えをじっと待っていた。
「おいしいよ。すごくおいしい」
「でしょでしょ。ボクが作ったんだよ」
やっぱり母娘だなと思う。ユウママから直々に習ったのか、一緒に作るうちに学習したのか。
「ケンちゃん」
ユウママに呼ばれ、そっちを向く。
「これ、ケンちゃんにプレゼント。はい、どうぞ」
――そうだ、プレゼントのことをすっかり忘れていた。
ありがとうございますと小さく返事をして、次の誰かの声を待つ。
その声は、ユウが漏らした。
「母さん、父さんに電話したほうが」
「そうね、ちょっと電話して来るわ」
ユウママは改まってにやけると、「ごゆっくり」と続けた。
そしてユウママがリビングから出るのを見届けてから、ユウが口を開いた。俯きながら。
「ケン、さっきの最高に欲しいものなんだけど」
「うん」
「あの、その」
「はっきり言えよ」
そしてしばらく間を開けてから、かすれそうな声で言った。
「苗字」
と、確かに聞こえた。
そうか、そういうことか。
「ユウが欲しいなら、いくらでもあげるよ」
そう言って髪を撫でる。
大丈夫、俺とユウならうまくやれる。
「ありがと。ほんとに嬉しい……。あ、お母さんにも言わなきゃ」
ユウが顔を上げる前に、「大丈夫よ」と背後から声が聞こえた。
振り返ると、ユウママが立っていた。
「お母さん、いつからそこにいたの」
ユウの焦った声。もっとも、俺も同感だが。
「いいじゃないの、細かいことは」
にこやかにそう言うと、
「今日はただのクリスマスイヴじゃないわ。恋人たちの記念日よ」
そして、俺とユウにグラスを握らせた。
もうユウも苦笑いしている。俺もこの人に慣れなきゃな。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
静かにグラスに口づけをさせた。
fin