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第一話 それとも、おにいちゃん?

殺風景な空気が漂う、病室の中。俺はおじさんの手を握っていた。


「死なないで下さい!おじさん…おじさん!」


俺は手を強く握った。


「…を…む。」


「え?おじさん?」


今度は口を大きく開き、おじさんはもう一度、俺に言った。


『娘を…頼むよ…娘と一緒に暮らしてあげてくれ…』



俺の名前は押代(おしよ)由雄(よしお)。上から読んでも下から読んでも、『オシヨヨシオ』だ。


それで今、俺は…


由雄「遅刻だぁー!」


部屋の中で叫びながら制服に着替えている。


いつも母に起こされていたからな、まだ一人暮らしには慣れていないみたいだ。


由雄「行ってきます。」


誰もいない自分の家に声を出すと…


?「おはよう、由雄おにいちゃん。」


可愛い声が聞こえる。この声は…


由雄「おはよう、可奈(かな)ちゃん。」


俺は声の主である女の子に返事をした。


この子は隣の家のおじさんの娘の可奈ちゃん。俺と5歳も離れていて年の割には当時の俺とは比べようもない程、礼儀正しい子だ。


?「やぁ、由雄くん。昨日の肉じゃがは美味しかったかな?」


由雄「おはようございます、おじさん。昨日も美味しく頂きました。毎日ありがとうございます。」


この人が可奈ちゃんのお父さんの陽一さん。あと『昨日の肉じゃが』というのは、昨晩におすそわけしてもらったもので、俺の両親が頼んだらしいのだが、こうやって俺に親切にしてくれる優しい人だ。


陽一「こちらこそ、あの時娘を助けて頂いているし…」


そう、俺は登校中に車に轢かれそうになった小学生の子を間一髪で助けた。その子が可奈ちゃんだったというわけだ。


ところで俺は何かを忘れているような…


可奈「あっ、おにいちゃん。8時10分だよ!」


由雄「しまった、遅刻だぁ!それじゃ、俺急ぎますね!」


俺はおじさんを後にして学校へ向かって走る。


可奈「待って、おにいちゃん。」


可奈ちゃんが俺を呼び止める。


俺は可奈ちゃんが何か言いたいのがわかった。


由雄「一緒に走ろうか?」


可奈「うん!」



実際、俺は可奈ちゃんみたいな妹がいたらいいなと思っていた。


でも、それが…


こんな形で実現するなんて…



帰り道を歩いていると、何か事故があったらしく買い物帰りの主婦たちが噂をしていた。


由雄「なんだろう、嫌な予感がする。」


気は進まなかったが、その主婦たちから事故のあった場所を聞いた。


由雄「ここは…あの時の…」


そこは俺が可奈ちゃんを助けた十字路だった。


事故は起きたばかりらしく、周りにはまだたくさんの人がいた。


まもなくすると救急車がやってきて、救急隊が車に撥ねられた人を運び出す。その様子を見ようと周りの人を掻き分けると…


由雄「おじさん!?」


俺は運び出される人を見て叫んでしまった。


陽一「…くん?由雄くん?」


おじさんの声に気がつくと病室だった。おじさんは全身に包帯が巻かれていて、俺は我を忘れて必死に叫んでいたのだろうか、喉がカラカラに渇いていた。


由雄「お、おじさん?良かった…」


休憩室の自動販売機からジュースを取り出す。時計を見ると7時を過ぎていた。


由雄「可奈ちゃんに電話…するべきなのかな…」


俺にはこんな事を話す程の勇気など持っているはずもなく、携帯電話をぎゅっと握り締める事しかできなかった。


しばらくジュースを飲んでいると…


看護士「303…の櫻井(さくらい)さんの容態が…。」


え…303号室って、『櫻井』はおじさんの…


部屋に向かって走った。



医者「とりあえず意識は取り戻しましたが…内出血が多く、残念ですが…」


医者は申し訳無さそうに顔を下に向けたまま話す。


由雄「…嘘だ。どうしても駄目なんですか!?助けられないんですか…」


可奈ちゃんはどうなるんだ?可奈ちゃんにはお母さんがいないから、もうおじさんしかいない。


由雄「もう…おじさんしかいないんですよ!」


どうしようもない叫びを医者にぶつけてしまった。医者だって一生懸命だったはずなのに。


陽一「由雄…くん。」


おじさんが声を出した時、俺と医者は驚いた。医者が言うにはもう喋るほどの体力は無いと言うからだ。


由雄「死なないで下さい!おじさん…おじさん!」


俺は手を強く握った。


陽一「僕と…娘には家族が…いなくて…他に頼める人が…いないんだ…」


途切れ途切れに話す、その様子は喋るのが苦しそうに見えた。


『娘を…頼むよ…娘と一緒に暮らしてあげてくれ…』


それがおじさんの最後の言葉だった。



葬式は少ない人数で行われた。おじさんに親しい人たちは「可奈ちゃんはどうするの?」と聞いてきたが、おじさんの言葉に従い、俺の家で暮らすと俺は答えた。


そして、今は荷物を俺の家に運ぶ手伝いをしている。


可奈「おにいちゃん、お父さんはもう…いないんだよね…」


由雄「うん…」


可奈「うっ、うっ…うぇぇっん、うっ…」


荷物を運び終えて、急に可奈ちゃんは泣いてしまった。ずっと我慢していたのだろう。


俺はしばらく可奈ちゃんの隣に居てあげた。


今日から保護者になるのだから…

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