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@Program=S.V.R.  作者: 鴉羽柳煙
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Ep_τρία「@LoopEnd=Rondo Fine」

三度目の回帰(Loop)。刃を手にした人の複製(Clone)。星の観測者(Stargazer)達が邂逅せし時、輪廻の呪縛は終わる。此れは、明日へ向かう為の闘い……

「――――」



闇、一向(ひたすら)に闇、果ての無い闇、闇、やみ、ヤミ……



「――――」



無、完全無、一切無、純粋無、生まれ無き無、虚無、きょむ、キョム……



「――――」



生命の(セフィロト)は何処かへ消えて仕舞った。神の教えは消失し、四大元素の天使達も居ない。正に破滅、正に滅亡、正に亡失、正に、まさに、マサに……



「――――」



此れは終焉である。例えるなら神々の黄昏(ラグナロク)、、例えるなら最期(ラスト)審判(ジャッジメント)、例えるならバベルの塔(Tower of Babel)、例えるならパンドラの匣(Pandora's box)、例えるなら……



「――だが……(はじまり)には必ず(おわり)が在る様に……終には必ず、始が在る――」



“終焉(finale)”は“原初(overtune)”への“回帰(da capo)”か?



「――()うだ。死せりし者は(やが)て審判の日を迎え、蘇り……世界へと旅立つ。此れは終ではない。始だ!!」



光、眩い光、神の放つ威光、天使の(もたら)す癒しの光、光、ひかり、ヒカリ……



「…………!!」



始は光なり(Exordium est lux lucis.)。汝に光在れ(Vosimmo have lux lucis.)。


光、白光、閃光、陽光、燐光、無熱光、神光……視界を埋め尽くす光の渦。徐々に回復する感覚。体温、鼓動、呼吸、思考……



「……ワタシは……」



生くる可き大地に身体を横たえる。見ずからを流れる命の大河、其の根源なる生命の(セフィロト)を感じる。



「……生きている……!」



† † †



「…………」



眠い。今日に限って何故寝起きが悪いのか。まあ、未だ午前6時だと言えば当たり前っちゃあ当たり前なのですが。



「お早う、玉藻……」


()れ?御主人様、具合でも悪いんですか?」


「昨晩は早く寝たつもりだったんだがな……」



そんなこんなで相も変わらぬルーティンワークの開始だ。朝食、歯磨き、洗顔と済ませて、何時もの格好に着替える。



「ん、メールか?こんな時間に珍しい……」



携帯を開く。受信メールボックスを見ると、綾嶺からメールが来ていた。日付は今日……なのだが、着信した時間がおかしい。



「18:30……?」



バグでも発生したんだろうか。今は6:30だぞ。……と、今更になって思い出した。



真逆(まさか)、前のループの時の……」



メールを開く。題名は無く、文面には「HELP」と打ってあるだけだ。



「“HELP”……?」



“助けて”とは如何言う意味だろう。前のループの時に何かあったんだろうか……其処(そこ)まで考えたところで、着信メロディが鳴り響く。



「はい、紫苑玲慈ですが。」


『おお、玲慈殿でございますか。G(Georges)・F(Francois)・佐々木です。』



ジョルジュからか。……珍しいな……


「で、何用?」


『ええ、実は綾嶺様についてなのですが……』



ジョルジュに因ると、“朝起きた筈の綾嶺が部屋から出て来なくて、声を掛けたら「玲慈を呼べ」と言われた”らしい。



如何(いかが)致しましょう?』


彼奴(あいつ)が然う言ったら然うするだけだろ。今から行くよ。」


『であればお出迎えの準備をしておきましょう。では、(わたくし)めは此れで。』



然う言うなり、ジョルジュは通話を切った。相変わらず真面目だねぇ。



「さて、行きますか。“今日も”……」



……

…………

………………

…………

……



上野公園の外側、上野の森の端に綾嶺の豪邸はある。大正後期に建築されたというフランス王朝様式の豪邸は、外郭は荘厳な石造りだが、内装はシックな木造という、何ともハイブリッドな芸術作品である。部屋数200ちょいぐらいはあるんじゃないか?



「カーテン……閉まってるな。」



玄関上にある綾嶺の部屋のカーテンは全て閉まっている。此れは(いよいよ)現実味を帯びてきたな。如何やら、本当に何かあったらしい感じだ。



「お邪魔致す。」


「お待ちしておりました。」



大きな観音開きの扉を叩くと、ジョルジュに出迎えられた。見馴れた顔にも、幾許(いくばく)かの不安が見える。



「早速だが……」


「ええ、先ずはお入り下さい。」



ジョルジュに従い、中に入る。エントランス一階には一面に赤い絨毯が敷かれている。



「綾嶺の様子は?」


「一向に部屋から出る様子がございません。其処(そこ)で僭越ながら、聞き耳を立たせて頂きました。」


如何(どう)だった?」


「啜り泣く様な音が聞こえました。後、少々小刻みに震えておられるようです。」



流石は執事(バトラー)、聞き耳一つで其処まで判るか。只、其処まで判っていて尚、無理に踏み込まないのは、()の人の信念に因るところが多いのだろう。



「判った。行ってみる。」



然う言って目の前の階段を昇る。一階を見下ろせる通路を玄関側に進めば、綾嶺の部屋の入口がある。



「綾嶺!聞こえるか?」


「……玲慈……?」


「ああ、然うだ。御召集に応じ、駆け付けてやったぞ。」



ガチャリと鍵の開く音。ノブに手を掛け、扉を開く。



「玲慈……!!」


「おわっ!?」



抱き着かれた。()の気丈な綾嶺が、オレの胸で泣いている。……明日辺り、雪とか降るかもな……言い忘れていたが、何度も繰り返している今日は4月4日だ。



「だ、大丈夫か?綾嶺……」


「うっ……ひっぐ……」



駄目だな。泣き止みそうに無い。取り敢えず扉を閉め、綾嶺のベッドに腰掛ける。綾嶺はオレの膝の上に腰を置いて、腋の下から背中に両腕を回す形で抱き着いている。



「…………」


「…………」



沈黙と啜り泣く音。閉塞した空間の中、斯の二つが交互に現れる様は、(さなが)ら人の感情の起伏と善く似ている。感情の波が()(まま)表に出て来ている。

綾嶺はオレを強く抱き締めている。オレも左手で頭を撫でつつ、右腕を綾嶺の背中に回して抱き締めてやる。二人の(からだ)の触れ合う面積が増えたことでより安心したのか、其れとも(ようや)く精神を落ち着けることが出来たのか、啜り泣く音は徐々に小さくなっていった。



† † †



《タキオン》という名の粒子を御存じだろうか。斯の粒子について説明する為には、一般的な粒子と光について知って置く必要がある。

先ず、一般的な粒子について。因みに、此処で言う一般的な粒子とは、我々の肉体を含め、我々の周囲の、光を除くあらゆる物質を構成している最小単位であることを断って置く。

一般的な粒子は、其の基本的な性質として、“力を加える事に因って加速”し、“力を抜く事に因って減速”するという性質を備えている。数々の熱化学、熱力学理論は、一般的な粒子が持つ斯の性質に因って成り立っている。誤解を招きそうなので言って置くが、此処で言う“加速”、“減速”とは、粒子其のものの“運動量”の話である。

“力を加える事に因って加速”し“力を抜く事に因って減速”する一般的な粒子には、以下の様な性質も存在する。“()れだけ加速しても絶対に光速度には到達せず、逆に、無限大に減速する事ができる”という性質である。“無限大に減速する”という箇所に疑問を抱くかも知れない為、今のうちに説明して置こう。絶対零度迄物質の温度を下げれば、其の物質を構成する分子の運動量は0になるが、分子を構成している原子や、原子を構成する電子の運動量迄0になるとは限らない為、“無限大に減速する”と言えるのである。

さて、次は光について説明しよう。光とは、狭義には可視光線を指すが、広義ではγ線・X線から電波に至る全ての波長の電磁波の事を指し示す。光の速さ、則ち光速度は、毎秒299792.458kmという凄まじいものである。尚、光は波動であり粒子では無い為、粒子の様に運動量を変化させる事は出来ない事を念頭に置いて欲しい。

では、上記の事項を踏まえた上で、冒頭の《タキオン》について説明しよう。《タキオン》を端的に言うならば、“一般的な粒子とは対称的な性質を持つ粒子”である。一般的な粒子が“力を加える事に因って加速”し“力を抜く事に因って減速”する様に、《タキオン》は“力を抜く事に因って加速”し“力を加える事に因って減速”する粒子なのだ。更に言うと、一般的な粒子が“何れだけ加速しても光速度には到達せず”、逆に“無限大に減速する事が出来る”のに対し、《タキオン》は“何れだけ減速しても光速度には到達せず”、逆に“無限大に加速する事が出来る”粒子なのである。以下の様に考えると判り易い。


[−]――[0]――[+]

↑    ↑    ↑

タキオン 光 一般的な粒子


数直線の0を光としたとき、一般的な粒子の性質は+と考える事が出来、《タキオン》の性質は−と考える事が出来る。

《タキオン》は理論上の仮想的な粒子だが、此れが実際に存在する場合、何の様な現象が発生し、何の様な利用法があるのか。《タキオン》は、“過去への時間旅行”を可能とする粒子なのである。



……

…………

………………

…………

……



暖かい。大切な人の温もりだ。斯うしているだけで酷く落ち着く。今が世界滅亡の一秒前で、斯の世にワタシと彼の二人しか残っていないのなら、此れ以上の幸福(しあわせ)は、求める事自体が愚かな過ちなのだろう。



「オーイ、もしも〜し。」



だが、今は世界滅亡の一秒前ですら無く、麗らかな陽が空から差し込む、穏やかな春の一日……



「なあ、起きたんだろ。そろそろ放して欲しいんだが……さあ、二度寝はもう終りだ。もうじき朝じゃ無くなるぞ?」


「何だよ。今善い(ところ)なのに。」



腰を玲慈の膝からベッドに移し、彼の横に腰掛ける。



「“善い処”……って何が“善い処”だ。此方人等(こちとら)、2時間もお前の二度寝に付き合ったんだぞ。其処の処、理解して欲しい。」



時計を見る。時針が9を指し示している。



「まあ、善いじゃないか。」


「全く、呼び出され損かよ。」


「?……ああ、然う言えばワタシが呼び出したんだったな。」


「何だ、忘れてたのか?」


「少し、な…っ……」



今朝見た夢の内容が、より空虚感が強調されてフラッシュバックしそうになったので、無理矢理意識の隅に押し込んで耐える。



「大丈夫か?」


「……ああ、何とか。」



突然頭を抱えて俯いたので、余計な心配を掛けたらしい。改めて息を整える。



「実はな……」



† † †



――血だ――



視界を埋め尽くす紅蓮。深く濁った赤。斯の鮮血は誰に因るものか。



――ボクの血だ――



血溜まりに身を(うず)めている。無数の斬撃の跡。我が躱は人の形をした肉塊と化している。



――何が起きた?――



消えた。街から人々が消えた。誰も居ない都市。



――彼れは何だった?――



人影。刃を持った人影。同じ顔。同じ躱。全く同じ×10。



――彼れはボクに何をした?――



彼れは刃を突き立てた。彼れは我を殺した。屠殺した。抹殺した。



――ボクは如何なった?――



我は死んだ。我は殺された。我は死んだ。死んだ。殺された。死んだ。死んだ。死んだ。殺された。殺された。死んだ。殺された。死んだ。しんだ。ころされた。しんだ。しんだ。シンダ。コロサレタシンダ。シン…………



……

…………

………………

…………

……



「ああぁぁぁぁぁ!!」



ガバッと跳ね起きる。額から汗が飛び散る。



「はぁ……はぁ……はぁ……」



もうウンザリである。何度目だろうか。こんな悪夢はもう好い加減にして欲しい。



「……彼れ?」



躱は至って正常だ。熱も無い。元気其のものである。何故其れを不可思議に感じるのだろうか。



「ん〜……」



頭を掻き乍、暫く考える。



「っ!!」



突如、一瞬のフラッシュバック。視界に紅い、血の色が焼き付いた。



「むぅ……厭な夢を見たのは変わらず、か……」



取り敢えず着替える事にする。何時もの流れ作業を順繰りに行い、7:00、何とか朝食に漕ぎ着けた。



「戴き申し上げ(そうろう)。」



何時に無く(うやうや)しい拝礼を済ませ、食事に手を付ける。……然う言えば今日は何曜日だったか。



「月曜、か?」



テレビを点ける。



『お早うございます。今日は4月4日月曜日。赤坂サカス前の川内さん、空の様子は如何ですか?』



画面が切り替わり、女性キャスターが現れる。



『はい、此方赤坂サカス前の空ですが、雲一つ無い青空です。えー、今朝はですね……』



月曜日というのは判った。だが……



「ワシは何故、米を炊いたのじゃろうか……」



月曜日は普段、パン食で済ませる筈なのだが……何故だろう、気が付かない内に米を炊いて仕舞っている。手に持った茶碗には、御飯が(うずたか)く積まれている。



「むぅ……」



日々の習慣は乱すまいとしてきただけに、斯の様に気が付かぬ内に間違える事は滅多に無い。……今日は厄日だろうか。



「取り敢えず……食うだけ食って学校へ行くとするか。」



食事を終え、食器類を片付けた後、制服に着替える。我が校の制服は濃い緑色のブレザーだ。



「では、行くかのう。」



教科書類の入った鞄を肩に掛け、玄関を出る。ふと見上げた空は、本当に晴れやかだった。



† † †



「「はぁ……」」



溜息がハモるという憂き目にすら気が行かない程、オレ達は精神的に疲弊していた。現在記憶にあるだけで、4月4日は三回もループしている。(しか)も、其れを理解しているのが今の所オレ達だけというのもストレスの一因になっている。二回目のループと同じく、此処ギアカフェで作戦会議なのだが、斯の調子で話が進むことは先ずあるまい。



「オゥ、ドウシタノ、オフタリサン。」



怪しい店長が何時もの調子で絡んで来る。……正直に言おう。此奴は存在自体がストレスだ。



「如何したの、って言われても……ねぇ?」


「うん……」


「オゥ、ダメダメ! ソンナニκατα’θλιψη(カタスリプシ)シテチャ、Κανε’ναЕ(カネナス) σκεφτει’τε(スケフテイテ) την(ティン) καλη’(カリ) ιδε’α(イデア)ヨ?」


「……何だって?」


「“If you're disappointed, a good idea wouldn't be thought of.”…だとさ。」



刹那の沈黙。



「……ああ、成る程。まあ然うかも知れないな。」


「確かに言い得て妙だ。少しは前向きに考えるとするか……」



斯の変な店長は、時折まともな事を言う。只、片言の日本語とギリシャ語を()い交ぜにして語る為に、オレ以外の誰にも理解して貰えないのが欠点だ。



「序でだ。店長、ΜπλεΒουνοを二杯。」


「ハァイ、カシコマリマシタァ。」



さて、今後如何するか…………



「然う言えば、綾嶺は前のループで何を見たんだ?……殺された時の事は聞いたが。」


「……ああ、確かに言ってなかったな。」



綾嶺に因ると、西園寺からの電話を切った直後に街中からあらゆる人間が自分一人を残して消えた、らしい。……然う言えば確かに然うだったかも知れない。



「其れはオレも見ているな。彼の時は秋葉原に行っていたが。」


「秋葉原に行ってたのか。成る程、なら神社にいなくて当たり前か。」



因みに、秋葉原に行った理由は、電子機器関連の掘り出し物の中に、今回の異変解決に役立つものがあるかも知れないと思って行ったんだが、色々物色しながら歩いていたら何時の間にかループしていた、という訳だ。



「だったら、今回は別れないで二人でいよう。何か変わるかも知れん。」


「然うだな。」


「ハイ、ΜπλεΒουνοニハイヨ。」



丁度善いタイミングで店長がコーヒーをテーブルに置く。……一応言って置くが、斯の店長、男性である。



「さて、コーヒーが終わる頃には時間だろう。……店長、お代だ。」


「アリガトサン!」



目を遣った窓の外は、薄らと赤みがかっていた。



† † †



「では、また明日会おう。さようなら!」



薄らと赤い陽が教室に差し込む。今日の授業は全て終わり、此れから放課後だ。帰る者は荷支度を整え、部活動のある者は足早に教室から出ていく。何一つ変わらぬ何時もの風景……



「何をボーッとしているのだ、沙織。」


「然うですよ。今日は如何(いかが)されます?」



最初に話し掛けてきた変に固めの口調の薄い黄色という珍しい髪色の少年は、小生の同級生で生粋の厨二病である葛城宗輔(かつらぎしゅうすけ)と言う。其の隣に佇んでいる、見事な黒髪を腰迄届くロングヘアーにしている清楚な少女は、隣の葛城と同じく小生の同級生である明日葉鈴鹿(あしたばすずか)だ。



「さて如何するかのぅ。……予め言って置くが、パソコン部への勧誘は無意味じゃぞ?」


「うふふ、其れ位判っていますわ。」



斯の鈴鹿、こんなにもお嬢様然としているにも拘わらず、重度のオタク、特にネットワーク関連のオタクなのだ。知識量だけなら同系統の他のオタクを遥かに凌駕するのではないか?兎も角、事ある度に小生を其の道に引き摺り込もうとする為、結構油断ならない。



「では如何するのだ?斯の俺、麒麟堂鳴神(きりんどうなるかみ)様の研究室なら何時でも案内するぞ。」


「其れは面倒じゃ。其れとも、また変なものでも作ったのか?」


「“変なもの”呼ばわりするな!(いず)れは斯の世界を変えるようなものだって創り出すのだから!」



残念だが、其れと此れとは別の話だ。



「やれやれ、如何したもんかのぅ……」



と、少し考えようとした……

直後、耳鳴りと頭痛。



「!?」



“――殺した――”



何だ、此れは?



“――奴はボクを殺した――”



斯の想念は誰のものだ?



“――ボクは殺された――”



直後、視界が紅に染まる。血の色。生々しい迄に紅い。



“――ボクは奴らに殺された――”



此れは一体何なんだ。吐き気がする。



“――殺された――”



頭が……痛い……全身が痺れる……此れは……刃物で刺された時の感覚……?



「……ぉぃ……沙織!」



鳴神、もとい宗輔の声で現実に引き戻される。頭を抱えて屈み込んでいたらしい。



「大丈夫ですか?一度保健室に行かれた方が……」


「厭、別に大丈夫じゃよ。問題ない問題ない。」


「本当に大丈夫か?無茶はするものではないぞ?」


「気にするでない。問題無いと言っておる。」


「……然うか。」



記憶の底に追いやる。躱は特に問題はない。



「もう面倒じゃから、街をうろうろするとしよう。問題ないじゃろ?」


「はい、問題ありません。」


「むう、お前が其の調子では仕方がないか。」



取り敢えず街に出る事にする。ふと見た時計は、4:45を示していた。



……

…………

………………

…………

……



然う言う訳で上野の街に繰り出してきた訳なのだが……



「何と言うか……やる事が思い付かん。」


「右に同じく。」


「あっ……掲示板に新しい記事が……」



鈴鹿は何処に行こうと斯の調子を崩さない。少し小さめ、軽くて持ち運び便利、更に言えば無線搭載型なので、環境が整っていなくてもインターネットを利用する事ができるという高性能なノートPCをバックに入れて、常に肌身離さず持っているのだ。電源コードもセットで持っているので、実際、鈴鹿にしてみればコンセントさえあれば何処に行っても満足なのだ。



「……本当に暇じゃな。」


「……本当に暇だな。」


「……へぇ……後で呟いて置きましょう……」



暇を持て余していると、二つぐらい後ろの席から何やら聞こえてくる。



「……さて……コーヒー…終わり…が……実際問題…如何する……だ……」


「……基本的…二人で行動する……前回の………で私が…され…言問通りに……」



大学生位の男女一組が何やら密談している。何の話だろう。更に聞き耳を立てる。



「……さっきも言った通り、ループがタキオンに因るものだとするなら、前回のメールの件には何とか理論付けが出来るだろう……」


「……然う言えば、彼のメールだけが成功したんだったな。私が“HELP”と打ったメールだけが……」



タキオン?……ループ?……益々興味は沸いて来る。



「……然し、解せないな……」


「……何について?……」


「……前回お前を殺した存在だよ。全く同じ人物が十人も刀を持って襲い掛かってきたという幻想的な事象についてさ……」


「っ!!?」



ホワイトアウトする視界。其れと共に何かがフラッシュバック。突き刺される刃の感覚、抜けていく血潮の感覚、冷めていく体温の感覚、全てが一斉に襲い来る。



「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


「おい、沙織。本当に大丈夫なんだろうな?」


「気にするなと言った筈じゃ。単なる……眩暈……じゃ……」


「?……如何されました?」



熱だ。躱中が怠い。前にもあった……厭、なかったような……斯の浮遊感。



「おい、本っ当に大丈夫か?流石の俺も心配になって来たぞ……」


「大丈夫じゃって。斯の程度の体温の変動は、感情の起伏でも起き得る事。別に歩いて帰れん程酷くは無いわい……」


「其処まで言うのでしたら大丈夫なのでしょうけど……強がりはいけませんよ?」



意識を集中し、浮遊感を振り払う。ふと後ろの席を見ると、彼の二人が立ち上がっている。



「のぅ、お主ら。そろそろ出たいのじゃが……」


「会計は如何するのだ?」


「では、支払いは私が。」


「では頼む。なるべく早くの。終わったらワシらに付いて来てくれ。……行くぞ、鳴神。」


「む、其の名で呼ばれたなら逆らう訳には行かないな。鈴鹿、俺からも宜しく頼む。」


「はい、最速で終わらせて参ります。」



足早に外に出る。彼の二人はまだそんなに遠くには行っていない。後ろ姿を遠目に見つつ尾行する。



「沙織、彼奴(あやつ)らは何者だ?お前が目を付けるのだ。其れなりの何かがあるのだろう?」


「回答は『付いて行けば判る筈』じゃ。」


「またあやふやな回答だな。」


「只、ワシの勘が『何かがある』と告げておる。ワシとしては放って置けなくてのぅ。」


「……お待たせしました……」



声の方に視線だけを向けると、鈴鹿がいた。少し息が上がっている。



「走ったようだな。」


「はい……」


「お、ワシの家じゃ。」



二人は小生の家を通り過ぎ、河童橋の道具街に入った。小生達も其れを追う。



「此処を直進、か……言問通りだな。」


「彼の、先程気付いたのですが……」


「ん、何にじゃ?」


「余りにも人気が無さ過ぎじゃありませんか?」



確かに。前方の二人と小生達の歩く音以外、何の音も聞こえては来ない。風すら吹かず、鳥は鳴くのを諦めたかのようだ。河童橋道具街と言えば、店舗の開いている昼間なら絶えず人が訪れるような繁華街であり、幾ら夕暮れ間際とは言え、こんなにも人気の無い河童橋は、明らかに異質だ。



「おい、何か聞こえるぞ。」


「此れは……金属音、でしょうか?」


「…………」



全身に緊張が迸る。間違いない。斯の音には、“聞き覚えがある”。



「お、おい!」


「沙織さん!?」



気が付けば走り出していた。道具街を一気に駆け抜け、言問通りに出る。



「っ!!」



彼の人影。見覚えのある顔。彼れは……



「馨華!?」



伽羅橋馨華。彼女が鋭い日本刀を片手に此方を見遣っている。然も……



「な、二人?!」



……馨華の影からもう一人現れる。顔や体格、全てが同じ。伽羅橋馨華が“二人”存在している。



「はぁ……追い付いた……」


「えっ……!?」



背後に気配。馨華が更に二人、追い付いた宗輔と鈴鹿の後ろから現れた。



「な、何が起こって……」


「同じ人が……何人も……」



右側から四人、左側から四人……併せて十人の馨華が姿を現した。



「おい!奴ら、刀を持ってるぞ!」


「眼が、殺気立ってますね……」


「くっ……」



鈴鹿の言う通り、全ての馨華の眼が、獲物を狙う獣のように、此方を窺っている。周囲が異様な殺気に包まれている。



「……如何する……?」



此れは明らかに命の危機だ。だが、何故か前にもあったような感じがする。



「ええぃ、俺はこんな所で死ぬわけにはいかないのだ!」


「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」


「っ!!!」



一人が小生に向かって斬り掛かる。終わりを予感したが……



「止まった!?」


「………!?」



白刃取り。頭を狙った一撃を小生の手が止めた。無意識の所業ではあるが、手応えを感じる。



「ならば……!」


「!!!」


白刃取りの姿勢から、刀の軌道を逸らして躱す。其の反動を利用し、人体急所である肝臓を、取った刀の束で撃つ……!



「済まぬ……」


「………」



倒れた一人から刀を奪い、構える。其れに呼応するように、残りの九人は刀を握る手に力を入れる。



「さ、沙織、お前……」


「気にしてはいられん。其れとも此処で野垂れ死ぬつもりか?」


「……厭、其れでこそお前だ……」



二人目が襲い掛かって来る。手にした刀で相手の一撃を弾き返す。



「っ、やるのぅ……」


「………」



随分と力の入った一撃だったようだ。反動で後ろに後退(あとずさ)る。構わず向かって来る相手に対し……



肉斬骨断(にくをきらせてほねをたつ)、痛みなど死には及ばん!!」


「!!!?」



突進からの突きを肩に当て、肩に刀が突き刺さる。其れと刺し違える形で、相手の心臓目掛けて一撃……!



「厭、矢張り痛いもんは痛いもんじゃのう……くぅ……」



大量の返り血が躱を紅く染める。自分の刀を相手から引き抜き、肩に刺さった刀は抜いて投げ捨てる。



「まずいのぅ……怪我し過ぎか……」



薄れる意識を奮い立たせる。直後……



「全く……何が如何なってんだが……」


「お前達、今のうちだ!」



大きな黒い影が二、三人の馨華を薙ぎ払う。バイクだ。彼の二人組の男女が乗っている。



「助かった!」


「有難うございます!」


(かたじけ)ない……」



「やれやれ……綾嶺、此奴らか?」


「ああ、然うだ。」



鈴鹿と宗輔に肩を支えられながら、彼らの後ろに退避する。直後、小生の意識は途絶えた。



† † †



「……ったく、面倒にも程があるってもんだが……」



既に死んでるのが二人、さっき轢き殺したのが三人……残りは五人か。こんなにも妙ちくりんな展開、斯のオレですら生まれて初めてだぜ?



「取り敢えず、綾嶺は下がってろ。」


「判った。」



後ろに逃がした三人組の一人が落とした刀を拾う。



「さて、さっきの奴と同じだと思うなよ?」


「………!」



一斉に突進。五つの軌跡がオレを捉える。



「考えが甘いな。後踏み込みも。」


「!?」



一歩だけ後ろに退いて躱す。五つの刃は絡み合って、一瞬の隙が生まれる。



「其の一瞬が命取り、だ。」


「!!?」



絡み合った五つの刃を一気に叩く。二人が刀を落とし、三人は後ろに退く。間髪入れず突進。



「そら……!」


「!?」



先ず一人。



「もう一丁……!」


「!!」



更に一人。



「後三人、か……」



残った三人が刀を構える。一人は中段の構え、一人は下段の構え、一人は薙ぎの構え。一斉に斬り掛かる。



「やれやれ、動きが見え見えだ。」


「?!!」



一人の放った袈裟斬りを切っ先で逸らし、薙ぎに来たもう一人に当てる。背後からの一の太刀を弾き、袈裟斬りをした一人を振り向き様に斬る。間髪入れず、同じ要領で背後に居る最後の一人を始末。



「…………………」


「終わり、だな。」



誰もいない街は再び静寂に包まれた。辺りには十の死体と鮮血の海。其の中に佇む漆黒の鴉……何だ、随分と滑稽じゃないか。



「玲慈……」


「命狙われてるなら仕方ないだろ。」


「…………うん…………」



刀を投げ捨て、バイクの方に歩き出そうとした其の瞬間……



「何だ!?」


「くっ……!?」



周囲が光で満たされていく。眩しいが自然の光じゃない。何とも電子的な光だ。



「くっ、此れは……!?」



視界が無熱光で埋め尽くされる刹那、大河の逆流に押し流されるような、(あるい)は、逆風に吹き飛ばされるような感覚を覚えた。其の直後、現実感が乖離する感じと共に、オレの意識は断絶した。

はい、如何も。鴉羽霞柳です。


玲「骨董屋鴉羽堂店主、紫苑玲慈だ……はぁ……」


随分とお疲れのようですね。


玲「当たり前だ。あんなに動いたのは久々だぜ。」


向こう側では日々躍動してる癖に。


玲「其の話は無しだ。後、読者の皆様に言うことがあるんじゃ無いのか?」


がっつり遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。何と斯の私、綾嶺に心配されたにも関わらず、年初め早々に風邪でダウンしてしまいました。


綾「正確には此方側の私じゃ無いがな。ほらみろ、私の言う通りになっただろうに。」


玲「事情が知りたい奴は、活動報告を見れば判るぞ。」


さて、後言うことは……


沙「一寸(ちょっと)待ったぁぁぁ!!」


おや、沙織さん。


沙「はぁ……はぁ……何とか間に合った……」


玲「肩の特殊メイク其の儘で来たのかよ……」


沙「皆の衆、後書きでは初めてじゃのう。ワシが萩神津沙織じゃ。」


綾「はぎこうづ、で善いのか?」


沙「うむ、善い。」


沙織さんの自己紹介は次回行います。斯うご期待。


玲「……期待する程の事なのか……」


では、次回予告。


四度目の夕焼け。回帰(Loop)は起きず、遂に陽はビルの狭間に沈みきった。輪廻の呪縛から逃れた星の観測者(Stargazer)達は、久方振りの星空を視る……次回、Ep_τέσσερα『@Rest=Serenade』……小夜曲(Serenade)の流れる、暫しの休止(Rest)が訪れる……



では、また次回。




















沙織ちゃんのミニ医学講座


沙「人体急所は全身に存在しておってのぅ、特に有名なものは金的と目じゃろうな。今回ワシが突いたのは肝臓じゃが、他にも珍しいのがあっての、頭部なら首の後ろである頚椎、腕部なら名前其の儘な上腕骨隙間、といった具合じゃ。皆は斯う言った部位の怪我には気をつけるのじゃぞ。では、またな!」

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